軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

足止めの聖女と辺境での野宿(転編)

聞こえてきた鈴と獣の息づかいに、道の脇にあるちょっとした広場に 天幕(テント) を設置し、ラナに手伝ってもらいながら夕餉の支度をしていたジルは、目深に被ったフード付きの外套越しに視線を巡らせた。

「普通の 山羊(やぎ) ですわね。服装からして地元の子供でしょうか?」

見れば傍らに一頭のラマ。背後に十頭ばかりの茶色い毛の山羊を引き連れた、十二~十三歳ほどの色黒で痩せぎすの少年が黄昏時の山道を歩いている。

そんな牧歌的な光景を目で追いながら、石で組んだ 竈(かまど) にかけた土瓶を、直接『火』属性魔術で調整しながら焚いているのだった。

この辺りにはろくに薪になる木もない上に、結構な風があるせいで火種があっという間に燃え尽きてしまうため、まどろっこしい手間を省いてこの面子の中で唯一『火』系統の魔術を使えるジルが、直接火種の代わりをしている最中である(無論一般的な魔術師ならば、このような継続的な魔術の行使はできない。例えるなら〝吸い込んだ息を三十分以上全力で吹き出せ”という無茶な要求に応えているようなものであるからだ)。

やっていることは生活魔術の『 種火(エムバァ) 』の延長のようだが、実のところは瞬間的に爆散させる攻撃魔術『 火球(ファイアーボール) 』よりもよほど高度で繊細な魔術運用である。

こういった光景はラナは慣れているし、もともと魔術( 妖精族(エルフ) 的には呪術)は門外漢で、精霊魔術の火の精霊との相性もなく忌避しているプリュイやノワもピンと来てないようだが、地味に見えて実際大した魔術を行使しているのだった。

もっとも異様に慣れた手際の理由は――。

「【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】の庵では、毎日レジーナのお風呂を沸かすための温水器代わりにされて鍛えられましたからね……」

ふっ――と、そこはかとなくやるせないほほ笑みながら理由を口にしたジルを前に、レジーナの身内であるルークは居たたまれなさから思わず視線を逸らせてしまったものである。

閑話休題(それはともかく) 。ほんの十メルトほど先を通り過ぎてゆく山羊飼いの少年を眺めながら、

「――ああ、そんな感じですにゃ。この先に遊牧民の集落があったので、そこの子供じゃないですかにゃ」

他の皆と一緒に枯れ木を集めていたシャトンが、ジルの視線の先を追ってそう相槌を打つ。

なお、集落を前にして五人が野宿の準備をしている理由は、見るからに高位貴族の御曹司といった見た目のルークと、 獣人族(ゾアン) であるラナとシャトン。滅多に見られない 妖精族(エルフ) のプリュイと、同じくらい閉鎖的な 黒妖精族(ダークエルフ) であるノワ。そしてなにより、どう言い繕ってもただ者でない天上の美貌と気品を持った《聖王女》ジルという目立つ組み合わせなため、極力人目を避けた場所で野営をしながらの旅路となったからである(それと聖都からの追手を撒くという理由もある)。

不便に思われるかも知れないが、人見知りの傾向のあるラナや、 人間族(ヒューム) の感情が生み出す澱みに敏感なプリュイとノワにとっては、かえって 勿怪(もっけ) の幸い……といった風情で、聖都にいたころよりも逆にのびのびと羽を伸ばしているようであった。

「チンケな集落でしたけど、薬とか砂糖とかが結構売れたですにゃ」

その集落でひとり行商人として商売をしてきたシャトンが、ほくほく顔で銅貨や銀貨の入った革袋を懐から取り出して、そう言い添える。

薬と言っても道中に生えていた薬草の 類(たぐい) を、ジルとプリュイとノワとが道すがら手すさびで作ったものなので、元手はないに等しい。

もっともそこは癒しの使い手の頂点たる聖王女と、自然の化身にも等しい 妖精族(エルフ) と 黒妖精族(ダークエルフ) の手すさび。効果のほどは折り紙付きである。

(妙にジル様に薬草の調合を勧めると思ってたけど、濡れ手に粟を狙ってたのかー)

と合点がいった表情から、無言のままジト目でシャトンを見据えるラナ。

その視線の意味を汲み取ったのだろう。シャトンはいつもの眠たそうなとろんとした目と口調のまま、「にゃははははは」と笑って誤魔化し、

「 にゃあにゃあ(まあまあ) 、それは邪推ですにゃ。聖王女様と 妖精族(エルフ) に 黒妖精族(ダークエルフ) の共同作業による薬にゃ。そこいらの気休めや効果の怪しいイカサマ薬とは大違いにゃ。それをプレミア価格ではにゃくて一般的な 卸(おろし) の値段で売るにゃんて、出血大サービスだと思うにゃ。なんなら四人で売上金を分けてもいいにゃよ?」

そうジルとプリュイとノワに話を振った。

対して即座に首を横に振る三人。

「いりませんわ。そんなやっつけ仕事で報酬を受け取ったと知れたら、師匠が地獄の果てまでもやってきて、罵詈雑言の嵐に見舞われるのは確実ですから」

土瓶で沸かせている果実茶――乾燥した果物をベースとして、ハーブとスパイスをブレンドしたもの――の出来栄えを確認しながらジルがそう答えると、プリュイとノワも興味なさげに首を振る。

「 人間族(ヒューム) の硬貨などもらっても仕方ない」

「 黒妖精族(ダークエルフ) なら子供でも作れる程度の生薬なので、代価を求めるまでもありません」

「そ~なんですか。いやぁ申し訳ないにゃ。――というわけで、売り上げはあたしがもらっておくしかにゃいですにゃ」

予想していたと言わんばかりのはち切れそうな笑顔で、態度だけは殊勝に頭の後ろのあたりを掻くシャトン。

((……わざとらしい))

釈然としない眼差しをシャトンに向けるルークとラナのふたりだが、遠慮会釈のないコッペリアと違って面と向かって口に出すような真似はしない。

そんな三人のやり取りを眺めながら、プリュイがふとこの場にいないコッペリアとエレンを思ってジルに話しかけた。

「そういえばコッペリア……と、エレンたち(エレン&ブルーノ)はいつ頃合流するのだ?」

果実茶の味見をして、ちょっと物足りないと思ったジルは、ユニスでも著名な 修道院謹製葡萄酒(トラピストワイン) を加えながら(酒の製造販売は許可制なので、トラピストワインやビールは教会の大事な収入源である)、太陽の沈む方角――ユニス法国聖都テラメエリタの方に視線を送りながら、微妙な表情で小首を傾げた。

「多分、そろそろボロを出してバレた頃合い……かと。合流に関してはフィーアを置いてきましたので、 魔術経路(パス) を使っておっつけ飛んでくるのではないでしょうか?」

ちなみに目立つという理由でルークの愛龍であるゼクスは別行動で、目的地であるオーランシュ辺境伯領付近へと先行しているはずである。

なお、その頃のユニス法国聖都テラメエリタ《 聖天使城(サンタンジェロ) 》最上階にある『聖女の間』において、一つの騒ぎが起きていた。

「貴様、ジルではないな! 声音(こわね) は真似できても、気品とはち切れんばかりの巨乳特有の響きが足りぬわ!!」

「フハハハハハッ! よくわかったねテオドロス君。バレては仕方ない。――では、さらばだ諸君。また会おうーっ!!」

高らかに言い放つと、偽聖女を演じていたコッペリアはマントを翻し、

「ぎゃああああああああああああ、死ぬ! 死ぬ!」

エレンを小脇に抱えて《 聖天使城(サンタンジェロ) 》最上階の窓をぶち破って、躊躇なく飛び降りるのだった。

真っ逆さまに石畳の地面目掛けて落下しながら、エレンがコッペリアの胸倉を掴んでいきり立つ。

「あんたっ、ちゃんとロープとかで着地の備えは考えてるんでしょうね!?」

「ハッハッハ、大丈夫ですよエレン先輩。この程度の衝撃ならワタシは平気ですから」

「自分だけ安全地帯!? こんちくしょーっ!!」

脳天逆落としの姿勢のままふたりが地面に衝突する寸前、翼を広げた〈 天狼(シリウス) 〉形態になったフィーアが、エレンを優しく怪我のないように咥え、ついでにコッペリアをお座なりに爪の先に引っかけて回収するのだった。

「にゃはははははは、それなら代価にそこの山羊飼いの小僧に言ってミルクでも譲ってもらうにゃ。それで 乳粥(パヤサ) でも作って晩御飯のレパートリーにするにゃ」

さすがにばつが悪いのか、シャトンがそうまくし立ててそそくさと身を翻すと、軽快な足取りで山羊たちの先頭に立って歩いている少年を追いかけて行った。

「 乳粥(パヤサ) ってなんですか?」

ルークの問いかけに、ジルが沸騰した土瓶を竈から外し『 収納(クローズ) 』しながら、代わりに取り出した鍋をかけ、合わせてオタマや必要な材料を取り出しつつ答える。

「帝国風に言うなら 牛乳粥(リオレ) ですわね。まあ今回使うのは山羊乳ですけれど」

牛乳粥(リオレ) も 乳粥(パヤサ) も地域によって呼び名が変わるだけで、基本的な作り方は同じで、米と牛乳、スパイスやドライフルーツ、塩、砂糖を加えて煮たもので、帝国では甘味を強くしてデザートとして供され、この辺りでは主食として食べられる程度の違いしかない。

「なるほど」

つまりライスプディングか、と納得するルーク。

「ただ山羊乳は、ちょっと……いささか、癖があるので人によって選り好みする食材ですわね。あと乳酸菌が多いので生で飲むとお腹を壊すこともあります。もっとも牛乳よりも濃厚で、それでいて吸収しやすいので、牛乳と違って煮沸すれば赤ちゃんでも飲めますけど」

「「「「ほほ~~う」」」」

ジルの説明に一様に 頓悟(とんご) するルーク、ラナ、プリュイ、ノワの四人。

と、 長閑(のどか) に夕食の支度をしていた一同の耳に、次の瞬間、思いがけずに切羽詰まった子供の絶叫と、恐慌状態に陥った山羊たちの叫び声が響き渡ってきた。

「うわああああああああああああっ!?!」

「「「「「メエーッ! メエ、メエッ!!」」」」」

全員が弾かれたように悲鳴の聞こえた方を見れば、夕闇の空に溶け込むようにして、牛でも軽々と運べそうな巨大なコンドルの胴体に、邪悪な形相をした顔のような胴体を持ったフライングヘッドと呼ばれる魔鳥が、音もなく列の先頭に舞い降りてきて、リーダーらしい一回り大きな山羊に襲い掛かっているところであった。

咄嗟に手にした木の棒を振り回して、フライングヘッドを追い払おうとする山羊飼いの少年だが、邪魔な羽虫を追い払う感覚で、フライングヘッドは翼の一振りで少年を弾き飛ばし、ついでとばかり倒れた少年の肉と内臓をついばもうと、痩せた胴体目掛けてくちばしを伸ばす。

「――うにゃ!」

一番近くにいたシャトンが、速やかに操糸術の糸を伸ばすも、野生の勘と鳥の視力によって見破られたのか、フライングヘッドが片翼を扇いで突風を生み出し、シャトンの糸の軌道を逸らした。

「……むう、相性が悪いですにゃ」

これはあの子供は喰われますにゃ。と、冷静にシャトンが判断したところで、誰よりも素早く飛び出した白い影が、風を切って少年とフライングヘッドの間に割って入り、強烈な回し蹴りをコンドルの頭部へと叩き込むのだった。

「くええええええええーーーっ!?!」

顔面を蹴られて体勢を崩したフライングヘッドの胴体部分へ、さらに追撃のドロップキックが砲弾のように直撃し、たまらずによろよろと少年との距離を置くフライングヘッド。

「…………」

そうして憎々し気に狩りの邪魔をした闖入者を、頭と胴体の四つの目で睨むフライングヘッド。その視線を涼しい顔で受け流し、その場で軽いステップを踏みながら、 そ(・) れ(・) は「かかって来い」とばかり、手(?)をクイクイと招き寄せるのだった。

「「「「「 ダイコン(キンタ) ッ!?!」」」」」

誰よりも先に動いていた大根を前に、あっけにとられたジルを除いた五人の声が高地に 木霊(こだま) する。

「――よっ、と」

そのジルはと言えば、 大根(キンタ) を投擲した姿勢で小さくガッツポーズをきめるのだった。