軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 骨肉の争いと一石の波紋

いまさらであるが、リビティウム皇国は三十余りの独立した諸国と、皇国の名のもとに臣従している貴族の直轄領からなる連邦制の国家である。

だが『皇国』を名乗ってはいるものの、肝心の皇帝は空位であり、建国後三十年以上を経たいまだに不在であった。当然不満の声はあったものの、『時期尚早』『適切な人材が見当たらない』というカーディナルローゼ超帝国《 神帝(ドミュナス) 》にして、初代聖女 スカーレット・スノウ(緋雪) の鶴の一声によって保留、もしくは猶予期間が延長されている……というのが現在までの状況であった。

そのため皇国の運営に関しては、 三大強国(トリニティ) と呼ばれるシレント央国(皇国公爵領)、オーランシュ王国(皇国辺境伯領)、ユニス法国(聖女教団総本山)によって、政治、軍事、宗教とそれぞれの長所を生かしてバランスよく成り立っていたのだが、ここにきてその危うい均衡の秤が大きく傾こうとしていた。

すなわちオーランシュ王国の後継者争いに端を発し、リビティウム皇国国内はもちろんのこと、グラウィオール帝国をも巻き込んでの大戦の勃発である。

◇ ◆ ◇

山がちなリビティウム皇国にあっては珍しい、平坦な草原に陣を張ったビートン伯爵旗下の七千名余りは、総大将であるライムンド・イサーク・ビートン伯爵直轄に一千名余りを残し、残り六千名を四軍に分けて、得意の車懸かりの陣を編成していた。

「かつては戦場において〝双頭の 鷲(わし) 〟と恐れられた、オーランシュ軍とわが軍とが相争うとはな。百年に及ぶ友誼と血盟も、女人同士の嫉妬の前には砂のように脆いものよ」

対峙するオーランシュ王国の陣容を前にして、現当主であるライムンドが苦笑いを浮かべた。

「閣下、〝オーランシュ軍〟ではございません。連中はその名を詐称する賊軍でございます」

気炎を上げる副官の言葉に、「うむ、そうであるな」と頷きながらも、心の中で苦笑いを深くするライムンドであった。

どんなに言葉を飾っても、つまるところは腹違いの兄弟同士の跡目争いであり、さらに踏み込んだ事情を知る者にとっては、一夫多妻の妻同士の鍔迫り合いで火の手が上がり、そこに適当な名目を付けての泥沼の争いに過ぎないという……はなはだしく阿呆らしい此度の実状である。

「とはいえご長男である我が 従兄(いとこ) 殿は世捨て人であり、シレントにおられる次男は軽薄に過ぎる。目前で対する正室の 御子(おこ) である三男ジェラルド殿は素直と言えば通りがいいが、つまるところ母であるシモネッタ殿の操り人形」

本人は意識していないが、すらすらと罵倒に近い辛辣な繰り言が出てくるところに、相当な鬱憤が溜まっているのだろう。と、周囲の部下たちは無言で頷きながらライムンドの文句を聞き流す。

「我が城に残る四男は狡猾で小心者、六男は末っ子らしい甘ちゃん(いずれもライムンドの従弟でもある)。話に聞く五男は勇猛果敢だが空気が読めず……となると、我が見るところいずれも大国オーランシュを継げる器にない。継いだところで、たちまち他国に蹂躙されるか自滅するのが関の山だろう。せめてあと十年シモン殿に 永(なが) らえていただき、ご子息たちのどなたかが成熟して、必要な器量を身に着けていただきたかったものだが……」

いまさら愚痴っても仕方がないと思いつつも、領都に逃げ込んできた伯母にあたるオーランシュ辺境伯第三夫人であるパッツィーと、自分の命運がかかった戦だというのに頑として戦場に出ることを拒んだ三人の従兄弟たちを思って、ライムンドはため息をついた。

せめて長兄のドナート・ジーノ殿だけでも陣頭に立って、味方を鼓舞してくれれば、今回の実績とオーランシュ家長男という名目によって、次期後継者候補として頭一つ飛びぬけた存在となったのは間違いない。それがわかっているだけにライムンドは歯がゆかった。

この期に及んで「家督にも権力にも興味はありません」と腑抜けたことを抜かすドナートを、

「誰のために俺と、俺の家臣たちが命を懸けていると言うのだ!」

怒鳴りつけて(実際にやった)、引き摺ってでも戦場へ連れて行こうとしたライムンドだが、伯母に当たるパッツィーと、溺愛していた長女の孫可愛さに耄碌したとしか思えぬ、先代のビートン伯爵に宥められ、結局のところ当事者不在での代理戦争となったのだから、いい面の皮である。

なお、当然ながらライムンドを筆頭としたビートン伯爵軍は、負ける戦いをするつもりはさらさらなかった。というか勝利せずとも引き分け以上に持ち込むための車懸かりの陣である。

賊軍の出鼻を挫き、その間に領内の収穫を急いで籠城戦に持ち込むための時間稼ぎがライムンドの目論見であり、長期戦に持ち込めば求心力のないジェラルド(より正確には後ろ盾であるシモネッタ)陣営は内部崩壊を起こし、こちらは周辺諸国や同盟諸侯を味方につけられるだろう――というのが大方の読みであった。

いずれにしても秋の刈り入れを待たずに、民兵を動員して戦を仕掛けてきた 賊軍(ド素人) などに負けるはずがない、というのがビートン伯爵軍の一致した見解である。

「……問題は、なぜこんな中途半端な場所に敵が陣を張ったかだが?」

周辺の地形を検めて地図と自分の目とで確かめ、首を捻るライムンド。

直線で隣接するビートン伯爵領を攻めるにしては、ずいぶんと迂回して南側――【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】(旧【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】と呼びならわすべきかも知れないが)が間近に迫る場所を侵攻ルートに選び、開戦の地とした理由を考えあぐねて、誰にともなく疑問を口に出した。

「斥候からの報告では敵軍は約一万。数の優位を生かすために、山岳戦ではなく開けた場所での正面戦闘を狙ったのでは?」

すかさず腹心の幕僚たちが各々の所感を述べる。

「然り。賊軍の陣形は鶴翼。正攻法と言えば聞こえは良いですが、連携と練度不足を糊塗するための苦肉の策が目に見えるようですな」

「数は多いが、大方必死にかき集めた農民兵や 破落戸(ゴロツキ) まがいの傭兵が主体なのでしょう。あくまでジェラルド殿……ジェラルドの名で動員できた兵ですから。心ある大多数の家臣団は傍観を決め込んでいるとのことですし」

彼らの良識的な――当然、ライムンドも重々承知している――事実の羅列に、さすがにこの期に及んで奇手はないか、と判断したライムンドだが、次の瞬間、その目をカっと見開く羽目になった。

「あれは―― 飛竜(ワイバーン) っ⁉ 竜騎士だとぉ!?!」

敵軍の後方から飛び上がった特徴的なシルエットを前にして、期せずしてビートン伯爵軍全体にどよめきが湧き起った。

「それも六騎、二個小隊規模だと! ありえん。 飛竜(ワイバーン) の生息域はもっと南方のはず――まさか、まさか連中、グラウィオール帝国軍を引き入れたのか⁉」

愕然とするライムンド。

確かに帝国と隣接しているオーランシュであれば、比較的容易に物流と兵員の移動は可能であるし、実質的な敵の元凶であるシモネッタの実家であるインユリア侯国は、もともと帝国領の飛び地であるので、帝国とも関係が強固であるのは理解している。理解はしているが、そもそもオーランシュの仮想敵国はグラウィオール帝国であり、その北進を阻む盾であり剣であるのがかの国の存在意義と言っても過言ではないのだ。

それがまさか自分から内憂のために外患を誘致するとは、本末転倒どころの騒ぎではなかった。常識的な判断ができる貴族、軍人なら真っ先に除外する(頭がおかしい)奇手を、素人の強みで実践してしまった賊軍を前にして、 覿面(てきめん) に浮足立つ味方の動揺を肌で感じて、すかさずライムンドは声を張り上げた。

「静まれーっ‼ 急ぎ 鷲獅子(グリフォン) 部隊を迎撃に回せ! 絶対に制空権を取らせるな」

即座に虎の子の 鷲獅子(グリフォン) 部隊を投入することを決断する。

「し、しかし我が軍の 鷲獅子(グリフォン) は 鷲馬(ヒッポグリフ) ( 鷲獅子(グリフォン) と雌馬とのミックス)を含めても五頭だけで、数的不利が否めませんが……」

一般的に速度と遠距離攻撃は 飛竜(ワイバーン) に、小回りと近接戦闘は 鷲獅子(グリフォン) に軍配が上がるとされている。いずれにせよ個体戦力は互角といったところだろう。

そうなると数と質( 鷲馬(ヒッポグリフ) は主に伝令に使われる)の勝負であり、誰が見ても旗色は悪いが、そもそも 飛竜(ワイバーン) の養殖に成功している帝国(当然、最重要国家機密である)と、険しい山岳地帯に生息している野生の 鷲獅子(グリフォン) の卵を命がけで持ってきて、孵化させるしかない皇国では土台勝負になるわけがない。

仮にこの場をしのげたとしても、ビートン伯爵が所持する 鷲獅子(グリフォン) はこの場にいる三頭だけで(残り二頭は 鷲馬(ヒッポグリフ) )、比較的容易に 飛竜(ワイバーン) を補充できる帝国と違って、これっきりあとがない。

万が一三頭とも失われたら、再び 鷲獅子(グリフォン) を手に入れられるかは不明なのだ。部下が躊躇するのも当然だろう。だが少なくともライムンドは傑物とは言えずとも、愚鈍でも 怯懦(きょうだ) でもなかった。

「構わん! 出し惜しみしては全滅の憂き目にあおうぞ。だが、無理に倒そうとしなくてもいい。時間を稼ぐように 鷲獅子(グリフォン) 部隊に伝令を出せ!」

「わ、わかりました!」

ライムンドの気迫に打たれた様子で、部下が走り去っていく。

「各部隊、時間との勝負だ。急ぎ出陣するぞ‼」

続くライムンドの檄に呼応して、本陣の騎士たちが声高らかに右手を上げたまさにその瞬間、時ならぬ混乱の気配が【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】に面する部隊から波及してきた。

「何事だ――っ!?」

ライムンドの 誰何(すいか) に応じるかのように、汗と泥まみれの騎士が転がるように本陣へ駆け込んできた。

「伝令! 伝令にございます! 第二部隊所属騎兵隊長モラレスと申します。戦中にてご無礼のほどはご容赦を! 現在、第二部隊は突如として【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】より現われた黒づくめの伏兵によって奇襲を受け、これと応戦中でございます。敵は百名程度の寡兵ですが、すべて弓兵でなかなかの精鋭揃い、また予想外の事態に歩兵が混乱をきたして混戦状態となっております」

「【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】から伏兵だとぉ!?! バカなっ、かの地はいまだに不可侵領域であって、兵の立ち入りは不可能なはず――」

絶句したライムンドだが、刹那、脳裏に最悪のシナリオが去来する。

(不可侵なのは他国の軍のみだが、【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】を統治する〈聖王女〉様はグラウィオール帝国の帝孫と 昵懇(じっこん) の仲。すべて承知の上で手を貸したというのか!!?)

疑心暗鬼になりかけたライムンドの動揺を狙ったかのように、

「敵軍全軍を以ってこちらに向かって前進を開始しました! このままでは包囲されますっ!」

「――ちぃ! 行軍に乱れがない。傭兵のフリをしているが間違いなく、偽装した帝国の正規兵だな」

一目で敵軍の練度を見て取ったライムンドが舌打ちした。

「いかがなされます⁉」

「この上はこちらも全軍を紡錘陣に組み直して、敵軍の包囲を食い破るしかあるまい。なんとしても領都に戻ってこのことを皇国全土へ警告せねばならぬ。このままでは シモネッタ(馬鹿な女) の軽はずみな判断で、皇国が帝国に 蚕食(さんしょく) されるぞ!」

おおかた シモネッタ(あの女) は 我が子(ジェラルド) の地盤の不利を補うために、また自分自身の虚栄のためにグラウィオール帝国と手を組んだのであろうが、いかに現皇帝マーベル帝が穏健派であろうとも、獅子が目の前に餌を投げられて食いつかないわけはない。

庇を貸した段階で、相手が母屋を取りにくるのは必定であろうに、そんなことすら考えられないのだから、このままではオーランシュは食い物にされる未来しか見えない――が、自分たちだけで自滅するならともかく、巻き込まれる身としてはたまったものではなかった。

「進めっ! 進めっ‼ このような無駄な戦いで命を落とすなど愚の骨頂! 何としても生き延びるのだ‼‼」

声を嗄らしてライムンドは味方に決死の指示を飛ばす。

それに応えて、死に物狂いで突貫を敢行するビートン伯爵軍。

対する自称オーランシュ軍(実質的にはグラウィオール帝国軍)は、余裕の態度で着々と包囲殲滅陣を完成させるのだった。

この日、七千のビートン伯爵軍は五割が戦死もしくは作戦中行方不明となり、虎の子の 鷲獅子(グリフォン) 部隊も壊滅し、現当主であるライムンド・イサーク・ビートン伯爵も虜囚の辱めを受けることを恥辱として――「 あの女狐(シモネッタ) に頭を下げるくらいなら死んだ方がましだ!」と豪語して、言葉の通り――討ち死に。三割が捕虜となったが、

「たかが知れた身代金など不要。目が汚れるので、汚らしい捕虜などさっさと始末しておしまい」

という(自称)オーランシュ王太后シモネッタの独断を受けて、全員が処刑されたという。

残り二割が這う這うの体でビートン伯爵領へ帰還したものの、余勢を駆ったオーランシュ軍の追撃を受けて、わずか三日でビートン伯爵領の半分がオーランシュの手に落ちたのであった。

◇ ◆ ◇

ずいぶんと長い間獣車に乗っていた気がした――。

出立前に侍女頭であるゾエが、不穏な情勢がどうのこうのと理由を口にしていたような気もするが、いつもと同じく聞き流していた彼女には詳しい事情はわからず、わかろうとも思わなかった。

だが、まあ問題はない。周囲が求める『ブタクサ姫』の在り方は〝愚鈍で怠惰なおよそ姫君とは思えない道化〟なのだから。

演じる場所が変わっても何の問題もないはずだった。

不意に止まった獣車から、ゾエの指示に従って――というか着ている甲冑を操作されて、文字通り操り人形として――降りた彼女だが、目の前にそびえていたのは、ホテルというにはいささかみすぼらしい、一見して廃屋と言っても過言ではないカントリー・ハウスである。

さすがに怪訝に思って冑の中で視線を傍らに侍るゾエに向けると、ニヤリと彼女が粘つくような笑みを目元に浮かべた。

「見てくれは悪いですが、内部はきちんと整備されているのでご安心ください」

一礼をして、顔を上げたところで顔全体に抑えきれない笑みを広げるゾエ。

「そして、ここで貴女様は運命に出会うのです。あの御方であれば、貴女様のその醜い姿も、無能な聖女教団の奴らも完治しないと匙を投げた足も、たちどころに治して下さるでしょう」

なにを言っているのだ……? これは本当にゾエなのか? というのが正直な彼女の感想であった。

そんな彼女の内心を見透かしたかのように、ゾエは高らかに歌うように断じる。

「混迷の続くオーランシュ。それもすべて三人の女たちの愚かな嫉妬と、無能な息子たちが跡を継ごうと右往左往していることが原因でございます。ですが、別に跡継ぎは息子と決まっているわけではございませんでしょう? 血筋的には誰よりも尊い姫君がここにいる。どうして誰もそのことに気が付かないのでしょうねぇ……?」

同意を求められても、正直、ゾエが何を言っているのか彼女には理解できなかった。だが、それでも本能的に 良(・) く(・) な(・) い(・) こ(・) と(・) がこの先に待っているのはわかった。

「怯えることはありません。あの御方によって貴女様は救われ、そしてすべてを手に入れるのですよ、シルティアーナ姫様」

にこやかに 嗤(わら) うゾエから逃げたくて逃げたくてたまらない彼女だったが、傷ついた足はピクリとも動かないのであった。