軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジルの謝罪とレジーナへの土産

「勝手に気持ちを押し付けて、その上で天秤にかけるようなことを強制して悪かった。俺もルーカスも反省している。だから気にしないでくれ。それを伝えたくて来ただけなんだ」

そう真摯な姿勢で頭を下げるセラヴィ。

普段の斜に構えた姿勢とは打って変わった真面目なその態度とのギャップに、私は思わず立ち止まってまじまじとセラヴィを見詰め直していました。

「い、いえ、私こそ、なんというか……その、セラヴィの気持ちに気づかずごめんなさい……というか……」

うわ~~っ、照れますわね。こんな台詞をまさか私が当事者になって口にするなんて!

続く言葉が思い浮かばず、自分でもわかるくらい火照った頬を抱えて、思わず押し黙ってしまいました。

「うぉ~~い、そこのふたり。男同士で戯れている間に、漁夫の利で抜け駆けした愚民にクララ様が口説かれているんですが、そんなんでいいんですか?」

その間もわき目もふらずに剣戟を交わしていたルークと 侯爵(マーキス) に向かって、コッペリアが人聞きの悪いことを大声で吹聴します。

「「――なにっ!?!」」

その一言で一瞬にして我に返ったふたり。

「「どういうこと(ことですか)(だ)⁉」」

結構離れていたはずが、神速とか縮地法といっても過言ではない速度で、一瞬にしてこちらへ駆け寄ってきて、そのまま血相を変えてふたり揃って私とセラヴィへ詰め寄るのでした。

その勢いに、思わず私はそそくさと身を翻します。

「まあ待て。 コッペリア(こいつ) の戯言をいちいち真に受けるな」

辟易した態度で抜き身の剣を構えたままのルークと 侯爵(マーキス) とを掣肘するセラヴィ。

「その姿勢で言われても、まっっったく説得力がないんだけど‼」

『その姿勢』というのは多分、咄嗟に私がセラヴィの背中に隠れて、形としてかばってもらうような構図になっていることでしょう。

「? どうしたんですか、ジル様。あからさまにルーカス殿下から距離を取って」

エレンの素朴な疑問を耳にして、ルークがあからさまに衝撃を受けています。

「笑止。こいつら雁首揃えてやってきたものの、結局何の役にも立たなかったので、さすがのクララ様も愛想が尽きたんですよ、わかります」

コッペリアの独断と偏見まみれの断定を受けて、ルークの手から双剣が地面に転がり落ちました。

「そ……そうなのですか……ジル?」

「……い、いえ、決してそのようなことは――」

「では、なぜ頑なに僕と視線をあわせないようにしているのです⁈」

そんなもの後ろめたいからに決まっていますわ。

「いや、マジでなんかあったの? あんた心当たりはない、コッペリア」

エレンの問いかけにオーバーリアクションで両手を広げて肩をすくめるコッペリア。

「まったくありません。――ですから恋が冷めたのですよ。いや~、人間相手の不甲斐なさに失望して、冷める時には一瞬ですね」

刹那、世界の終焉を目の当たりにしたかのように、ルークの瞳から光が消えました。

「…………死のう」

「わわわっ、待って待ってください。剣を首にあてないで!」

「お、お、落ち着いてくださいルーカス様。ジル様に限ってそんなことは絶対ありませんよ!」

落ちていた長剣を拾って、躊躇いなく自分の頸部を切断しようとするルークを、慌てて私とエレンとが止めに入ります。

「止めないでください、ジル。僕は自分自身の不甲斐なさにほとほと嫌気がさしたのです。それに君のいない人生に何の未練もありませんから……」

「命の扱いが軽すぎますわーっ。あとコッペリア、適当なことを言ってルークを焚きつけないでくださいませ! だいたい私がルークを避けている理由は、さっき言ったでしょう⁉」

「???」

「指輪と『 永遠の女神(ウェヌス・アエテルナエ) 』ですわ! ルークからいただいた指輪と、グラウィオール帝国皇帝陛下から下賜された衣装を、ドサクサ紛れに失くしてしまったので、バツが悪くて合わせる顔がないって言いましたわよね」

「――ああ、そういえば……。どーでもいい 情報(こと) なので、ゴミ箱に入れて削除していましたが」

いったんゴミ箱に入れた情報を復元したらしく、ポンと合点がいった顔で手を叩くコッペリア。

一方、ルークは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、居たたまれなさから視線を逸らす私をまじまじと見つめています。

大切な思い出の品と天下のグラウィオール帝国皇帝陛下から頂戴した『 永遠の女神(ウェヌス・アエテルナエ) 』を失くすという迂闊どころか、国辱ものの失態です。ルークのことですから笑って済ませてくれるでしょうが、それでも平静ではいられないでしょう。

水面下での一抹の怒りや嘆き、呆れ……それを恐れてながらも、私は覚悟を決めてルークの表情を覗ってみました。

「なんだ、そんなことか……」

全身の力が抜け落ちたかのように、深い深い安堵のため息を吐くルークの姿だけがありました。

「なんだい、そんなつまんないことを気にしていたのかい、バカ弟子!」

と、ルークの独白に覆いかぶさるようにして、マーヤを引き連れて近づいてきたレジーナが言い放ちます。

「で、ですが帝国皇帝陛下から御下賜された衣装ですわよ。事実関係が知れたら国際問題にも……」

「はん! 痩せても枯れてもグラウィオール帝国だよ。皇帝はもとより、たかだか布切れ一枚でギャーギャー騒ぐようなケツの穴の小さい 王侯貴族(やつら) がいたら、あたしがきっちり片を付けてやろうじゃないかい」

傲然と言い放つレジーナ。確かに 太祖女帝陛下(このかた) に「文句あるかい⁉」と問われて反論できる人物など帝国にはいないでしょうね。

「だいたい細かく考えすぎなんだよ、あんたは! 女なんだから男から貢がれて当然。甲斐性がないほうが悪い。相手も惚れた女にプレゼントできて、男の醍醐味を味わえるってもんだろう――くらいに割り切って考えなっ」

「それはそれでハッチャケ過ぎなような……」

どこの悪女か、サークルの姫ですか⁉

「――ともあれ『 永遠の女神(ウェヌス・アエテルナエ) 』はともかく、せっかくのルークとの思い出の品である指輪を失くしてしまったのは、言い訳の仕様もない失態ですわ。お詫びのしようもございません。ごめんなさい、ルーク」

改めてお詫びをすると、半分溶けていたルークがいつもの凛々しい顔になり、体の中心に芯が通ったかのように背筋を伸ばして、片膝を突いた姿勢で 厳(おごそ) かに……かつ優しく私の左手を取ると、

「ジル。貴女が無事であるなら他には何も望みません。それに指輪のことは気にしないで――いえ、今度はお小遣いではなく、自分の力でジルに似合う指輪をプレゼントしますので、どうかその時に受け取ってくださいませんか?」

視線を薬指から私の瞳を覗き込むように動かして、そうはっきりと口にしたのでした。

「ジル様、ジル様。給料三カ月分の話ですよ! 帝族の所得の三カ月分とか、想像もつかないですけど」

「クララ様、思いっきり吹っ掛けてやりましょう。聞いたところでは帝国の宝物庫には、使い道を間違うと一発で帝都を吹っ飛ばすような古代遺産の宝飾類が死蔵されているとか。ぜひとも巻き上げましょう!」

あわあわする私の左右から、エレンとコッペリアが好き勝手なことを吹き込んで、なおさらテンパる私がいました。

い、いけませんわ。この雰囲気はいけませんわ。いつもこの流れで流されて後で後悔するのですから……。

必死にこの場を打破する方策について視線を逸らした私の目に、鼻白んだ表情で「けっ」と舌打ちしているレジーナの仏頂面が映ります。

「あ、そうですわ――!」

そこで大事なことを思い出した私は、

「師匠、師匠に渡さなければいけないものがありましたので、いまお渡ししますね」

そう話を変えて、「ちょっと失礼します」とルークの手を離して、 師匠(レジーナ) の傍へと向かいました。

とはいえ異空間で亜空間へ『 収納(クローズ) 』してあった物品が果たして現実に残っているのか、はなはだ疑問ではありましたけれど、探ってみれば目当ての物品は普通に保管されていました。

「すでにご存じかと思いますが、『喪神の負の遺産』の内部でたまたまお目通りがかないました、グラウィオール帝国第四十四代皇帝〈美愛帝〉ヴァルファングⅦ世陛下から、師匠……いえ、第四十五代〈太祖女帝〉オリアーナ・アイネアス・ミルン・フェリチタ陛下への贈り物と」

高原に咲く鈴蘭と白銀の髪をした父娘が描かれたキャンバスを、万感の思いとともに私はレジーナへと差し出します。

私の言葉の意味を理解したセラヴィが愕然とした顔でキャンバスとレジーナとを見比べ、当然レジーナの正体を知っているルークも、思いもよらずに出てきたヴァルファングⅦ世陛下の御名に驚いた表情を浮かべてました。

侯爵(マーキス) とバルトロメイはすでに承知の上なのか動じた風もなく、コッペリアも「慧眼のワタシは当然見抜いていました。さすがはワタシ」と自画自賛をして、エレンは言っている意味が理解できないのか、頭の上にクエスチョンマークを大量に浮かべています。

そんな周囲の反応を横目に見ながら、私は続く言葉を紡ぎだします。

「そして陛下からの伝言を。『父は 永久(とこしえ) に君を愛している。なるべくゆっくりと天上へ来るように』と」

刹那、一陣の風が私とレジーナの間を通り過ぎていきました。

――愛しい子よ。君の行く手に光があふれんことを切に願う。

ふとその風の中に、私は小さな声が聞こえたような気がしました。

――ありがとう。君こそが我が光であり温もりであった。

――周囲の期待に応えられぬ不甲斐ない自分に対する絶望と無力感の闇の中、我が手を引いてくれたたったひとつの小さな愛しい手。

遠く潮騒のように聞こえる穏やかなその声が、何度もありがとうを繰り返します。

――ありがとう。我が愛しい子よ。ありがとう。ありがとう……。

――いつでも我は見守っている。ありがとう、オリアーナ。

最後にふと風の彼方にあの御方の姿が幻のように見えた気がしました。

ふと見れば、いつの間にかキャンバスを受け取っていたレジーナが、私と同じ幻が消えたあたりを見詰めています。

その口元に穏やかな笑みが浮かんでいるのに気が付いて、私は思わず目を丸くしてしまいました。

「――なんだい、尻から息を入れられたカエルみたいな間抜け面をして?!」

途端に不機嫌そうないつもの顔に戻ったレジーナ。

「あ、いえ、何でもございません」

レジーナでも笑うことってあるのね~、と驚いて思わず凝視してしまったと正直に口に出したら、とんでもない折檻をされることは目に見えていますので、私は曖昧にぼかしました。