軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

予言の成就と予想外の乱入

漆黒の闇に覆われた【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】に、場違いな少女の調子っぱずれの唄が響いていた。

「うんにょろにょろ~! ぽこぺん、ぽこぺん、だーれがつっついた、ぽこぺん♪」

気の抜ける掛け声を張りあげて〈 半精霊(ハーフスピリット) 〉であるアンナリーナが、何もない空中を突くと、まるで障子に穴が開くかのようにポツンポツンと虹色(というか人間の視覚では捉えきれない色彩)の穴が点々と開く。

それを眺めながら、 使い魔(ファミリア) であるマーヤの背中に当然のように鎮座していたレジーナと、巨大な 槍斧(ハルバート) を肩に担いだ、軽く見積もっても身長が優に二メルト半はある巨漢のバルトロメイを横目に、

「アンナ、今回はデカ物が通るので、だいたい直径三メルトほどで頼む」

稀人侯爵が要望を出し、「ほ~~い」と軽い返事をしたアンナリーナが半透明の翅を震わせ、空中を泳ぐようにホバリングしながらきっちりと三メルトの直径を形作った。

「ぽこぺん、ぽこぺん、アーンナがつっついた、ぽこぺんぺん♪」

最後に円の中心部に両手を組み合わせた指先を、アンナリーナが全身の力を込めて思いっきり刺し込むと、そこへ三メルトの空間が渦巻くように折り畳まれ、その場に異空間に通じる穴が開いたのだった。

「「「「お~~~おっ!!」」」」

〝妖精の道”ともまた違う――例えるなら〝妖精の道”が、この世界と紙一重で隣接しているのに対して――この〝精霊の道”は明らかに『高次元の世界』という雰囲気を、魔術に関してはほぼ素人なエレンでもひしひしと感じ取ったほどである。

当然、専門家であるセラヴィやコッペリアの関心は高く、そのまま穴の傍まで駆け寄って、上下左右から矯めつ眇めつなめるように眺めまわしたほどである。

「厚みはゼロで背後からは何もないようにしか見えないな」

興奮気味に〝精霊の道”と、それを事もなげに開いたアンナリーナが稀人侯爵に頭を撫でられて、子供のように無防備な笑みを浮かべているのを見比べるセラヴィ。

一方――

「うむむ、やっぱり最後はカンチョーがモノを言うんですね。やはりワタシの理論は間違っていなかった!」

「感心するところ、そこっ!?」

新たなカンチョー戦士の誕生に喝采を放つコッペリアに、エレンのツッコミが入っていた。

「……冗談抜きでこれは凄いですね。風の精霊以外にはほとんど感受性がない僕でも、ここに多種多様な精霊がいて、その精霊力の強さに溺れそうです」

ルークも目を見張って感嘆の声を放ちながら、同時に『この大きさではゼクスは無理ですね』と値踏みして、わずかに落胆するのだった。

「〝 精霊の道(これ) ”はこの世界だけではなく、隣接する別な世界へも繋がっているので、下手に迷うと一面火の海の世界や何もない虚無の世界、巨大なトカゲが闊歩する世界などに放り出されて生涯を送ることになる(まあほぼ即死だろうが)。砂漠に落ちた針を探すようなもので、まず見つけることは不可能なので、間違ってもアンナリーナの道案内から外れるなよ」

興味深げに〝精霊の道”を観察する一同に稀人侯爵が念のための脅しをかける。

途端、気後れして後ずさるルークやセラヴィ、エレン。対照的になおさら求知心が刺激されたのか、コッペリアが身を乗り出すように高次空間の穴の中を覗き込んだ。

「う~~む、飽和状態の精霊力でワタシのセンサーでも、ほとんど先が見えませんねー」

理解不能なのが我慢ならんとばかり、もう一歩コッペリアが踏み出した――刹那。

「「「「「「あ……」」」」」」

掻き消すようにコッペリアの姿が消え去った。

「――しまった! どことも知れない世界へ投げ出されたか!? くっ……まさか足を踏み入れない内に飛ばされるとは……俺の見通しの甘さが招いた失態だっ、すまん!!」

臍を噛む稀人侯爵に対して、セラヴィ、エレン、ルークが口々に慰めの言葉――というにはなおざりな口調で――をかける。

「いや、あいつが勝手に下手を打った結果だ。というか、精霊との相性が最悪なんだよなぁ」

「そうそう〝妖精の道”でも弾かれるのに、〝精霊の道”とかもう水と油以上に合わないのは確定ですから」

「まあ 彼女(コッペリア) なら、どんな世界からでも平然と戻ってきそうですから大丈夫ですよ」

目の前で仲間が神隠しに遭ったというのに平然としている三人に(レジーナははなから眼中にない)、

「いいのか、おい! 洒落抜きでどこへ飛ばされたかわからないんだぞ!?」

再度、事態の深刻さを憂慮して念を押す稀人侯爵。

「「「大丈夫ですっ!!」」」

微塵の躊躇なく即答する三人。

「……そうか。それだけの強い信頼があるんだな」

信頼できる友とはいいものだ……と、遠い目で――きっと凄惨な過去とかで親友を亡くした経験があるんだろうなぁ、と容易に察せられる悲哀の籠った口調で――独り言ちる稀人侯爵を前にして、

(あー、なんか浸っているところを悪いけど……)

( コッペリア(あれ) の場合、信用・信頼以前に心配するだけ無駄というか……)

(やらかすのはいつものことなので、慣れているだけなんですけど……)

セラヴィ、エレン、ルークは生暖かい視線を向けながら、胸中で反論するのだった。

ちなみに〈 撒かれた者(スパルトイ) 〉たちは、コッペリアが消えた瞬間万歳三唱をしていた。

「いつまで遊んでるんだい、さっさと行くよ!」

そこへレジーナの雷が飛ぶ。

さすがに学習した一同は、無駄口を叩かずにアンナリーナを先頭に、稀人侯爵、レジーナ(onマーヤ)、ルーク、エレン(byフィーア)、セラヴィ、バルトロメイの並びで一列になって、〝精霊の道”へと足を踏み入れたのだった。

◇ ◆ ◇

とりあえず牽制の意味を込めて女媧の顔面目掛けて『 氷弾(アイス・バレット) 』を放ちます。

「中級魔術になるといちいち詠唱しないといけないので、タイムラグの影響で牽制になりませんわね」

余裕で防御された私は愚痴をこぼしつつ、防御のために一度動きを止めた女媧に、精神系の術をぶつけてみました。

「〝聖女よ。大いなる慈愛の心もて震える子羊に救いの手を差し伸べよ、その心に平穏を”――〝 異常回復(コモンキュア) ”」

これで万が一取り込まれたエリカさんの自我が目覚めれば、会話が成立するかも……と、淡い期待を寄せての事です。

「エリカさん! 私がわかりますか? 闇に飲まれてはいけません。しっかりと自分の意思を取り戻してください! そんな姿を見たら、カーサス卿が嘆き悲しみますわよ」

私の言葉にわずかに女媧の瞳に知性が宿ったような気がしました。

「――う……うう……ロベル……ト」

動きを止めた女媧の口から、切れ切れのエリカさんらしい呻き声が聞こえます。

「そうです! ロベルト・カーサス卿のことを思って、自分を思い出すのです!」

手ごたえを感じた私が、続けざまに『 異常回復(コモンキュア) 』を浴びせながらエリカさんの愛と良心を取り戻すべく語り掛けたところ――。

「ロベルトッ!! 私とロベルトの仲を裂く憎っくき女め! 貴様が死ねば、何の憂いもなくなるわッ!!!」

「ええええええ~~っ! なんで逆に悪化するわけ?!」

余計に凶暴化した女媧が両手の爪先から黒焔を噴き出し、ついでにうねるように胴体で地面を叩くと、地面のそこそこからまるで地雷が爆発したかのような衝撃波が吹き上がり、さらには濃硫酸でもここまで強力ではないでしょうと言いたくなる毒液を吐き出しました。

「ちょ、ちょっと、これは洒落になりませんわ!」

全体攻撃にプラスして一撃必殺の攻撃のコンボを前にして、私は防御と回避と回復で手一杯になり、反撃の手段もタイミングも掴めません。

手の内をこれだけ温存しているということは、初見殺しの奥の手を切っていない可能性があります。場所も 敵地(アウェイ) ですし、仮に女媧を何とかしてもまだ聖母や神子といった黒幕が後に控えています。これは一度逃げて態勢を立て直したほうが得策かも……。

そう戦略的撤退を視野に入れた刹那――、

「ぐあああああああああああああああああああっ!!!」

突如として女媧の死角から放たれた、強烈な黄金色の 霊光(オーラ) をまとった斬撃が、女媧の背中を弧の字型に切り裂いたのです。

「エリカッ! もうやめるんだ! 君は神子様と聖母様に操られて、自分の意思を失っているんだ!」

爆発的な黄金色の 霊光(オーラ) をほとばしらせたカーサス卿が、片手に十字型の 細剣(レイピア) を片手に幅広の長剣を握って、必死に女媧をかき口説くかのように説得しています。

それにしても、 女媧(これ) を見て一目でエリカさんってわかるなんて、愛の力は偉大ですわね。

そう感動した私でしたが、カーサス卿は滂沱と涙を流して 懺悔(ざんげ) します。

「すまない、エリカ。私は聖母様の指示で神子様が君を堕天使へと変貌させる様を見ていたのに、己の職務と私情を天秤にかけて止めることができなかった卑劣な男なんだ! すまない、本当にすまない!」

「ロベルト――ロベルトォォォォ!!! やはり私よりも、この女を選ぶというのォォォォ!?!」

ですが錯乱した 女媧(エリカさん) は般若のごとき形相で、カーサス卿へと掴みかかっていきます。

「危ない!!」

私の警告に対して、ちらりと哀しみとも後悔ともつかない視線を寄こしたカーサス卿は、

「巫女姫ジル殿っ。すべての元凶は聖母アチャコにある! 神子ストラウスはただの傀儡だ! 間違うな、聖母に注意しろっ!!」

断固たる口調でそう言い放つと、あえて棒立ちのまま女媧の突撃を受け止めました。

「……ぐ、ぐううううう……」

まるで抱擁するかのように、カーサス卿へとぶつかった女媧の両手が黄金の 霊光(オーラ) と青い鎧を貫通して黒焔を放ち、同時にその首元へと噛み付いた牙から溶解液が注入されます。

生きたまま燃やされ、溶かされる苦痛に喘ぎながらも、カーサス卿は優し気な眼差しを 女媧(エリカさん) へと向け、微笑みを浮かべました。

「すまない、君をここまで追い詰めたのは私の不甲斐なさが原因だ……ごふっ……だが、なあエリカ。君はどう思っていたか知らないけれど、私は君との婚約を後悔したことなど一度もなかった。いつか君と……はあはあ……平凡でも笑い声が絶えない家庭を……」

「…………ロベルト……?」

一瞬だけ、濃縮された悪意の澱の中からエリカさん本来の表情が浮上するかのように現われ、それを確認したカーサス卿が満面の笑みとともに、

「……共に逝こうエリカ。互いに罪を犯した者同士、たとえ煉獄に落ちても寂しくはないさ」

どこにそんな余力があったというのでしょう。渾身の力で両手の剣を女媧の両胸へと突き刺し、

「 聖光弾(ホーリーライト) っ!!」

ありったけの霊力を開放――もはや自爆攻撃ですわね――したのでした。

「待――!」

止める間もないうちに圧力さえ感じられる爆発的な 霊光(オーラ) が弾け飛び、咄嗟に両手で顔を覆って目を閉じた私が、恐る恐る目を開けた時にはすべては終わっていました。

船の 舳先(へさき) についている 船首像(フィギュアヘッド) めいた女媧の上半身が、爆発したかのように四散して、全体の九十八%を占めていた胴体部分も内側からの浄化術の影響で、ところどころがひび割れ、破砕して地肌が剥き出しになったまま七転八倒しています。

カーサス卿の姿は影も形もなく、ただ幅広の長剣だけが墓標のようにその場に突き立っていました。

『 主よ、(クォ・) 何処に行き給ふか(ヴァディス) 』

剣の銘でしょうか。剣に刻まれたそれが、まるで遺言のように見えます。

そんな感傷に浸る間もなく、頭を潰された女媧が目に見えて回復していく様子が目に入りました。

「普通、蛇は頭を潰されたら御終いでしょうに……」

とはいえカーサス卿のお陰で内部からの浄化術には比較的脆いという弱点が判明した以上、打つ手はいくらでもあります。

「“天に轟く聖なる天鈴たちよ、幾重もの 永久(とこしえ) なるしらべを奏で、不浄なる魂を冥土へと送還せよ”――“ 多重連撃(アクセション) ・ 浄化の光炎(ピュリファイ) ”、“ 多重連撃(アクセション) ・ 浄化の光炎(ピュリファイ) ”、“ 多重連撃(アクセション) ・ 浄化の光炎(ピュリファイ) ”、“ 多重連撃(アクセション) ・ 浄化の光炎(ピュリファイ) ”」

とりあえず地肌が剥き出しになっている部分に、連続して『 浄化の光炎(ピュリファイ) 』を撃ち込みました。

尻尾の先でバタバタと地面を叩いて、地下からの爆発で苦し紛れの攻撃を仕掛けてきますが、頭部がなくては当たるものも当たりません。

逆に言えば頭部が再生していないいまが絶好の好機と言えるでしょう。

「〝天に星あり。地に花咲き乱れ。人は愛もて欠片を集め、闇を照らせし光もて夜明けに至らん。万物は悠久を超えて流転すれど、欠けたるものなし”」

渾身の力を込めて、浄化術の最終奥義を女媧の再生中の頭部に撃とうとした――刹那、観念したかのように不意に女媧が動きを止め、その場からピクリとも動かなくなりました。

「? ――〝 円環聖法陣(ホーリー・サークル) ”!」

微妙な引っ掛かりを覚えたまま私が放った『 円環聖法陣(ホーリー・サークル) 』は、特大のカキ氷器で氷の塊を削るかのように、女媧の頭部のあたりから順に胴体部分を削っていきます。

「――これで三十七手目」

冷然と神子ストラウスが呟いた。

この勢いであればほどなく全体を浄化できるでしょう。

そう安堵しかけたところで、突如としていまだ健在な胴体の中央部分がひび割れ、

「――ぐしゃあああああああああああああああああああ!!!」

煙のような湯気とともに、分厚い胴体の鱗を押しはがして、元の女媧を三回りは細くした蛇もどき――ただしぶよぶよとまだ表面が固まっていない生肉のような外見をしたそれ――が、一直線に私へ向かって跳躍してきたのです。

「だ、脱皮した?!」

思いがけない展開に唖然とする私の虚を突いて、女媧の成れの果てが 鞠(まり) のように跳びはねて、一瞬で私の目前まで迫ってきました。

「――くっ!?」

魔術を使う余裕がない上に懐に入られたので武器を使うこともできない。と瞬時に判断した私は、反射的に掌底突きを繰り出していましたが――

(ダメ! 殺られる!)

絶望的に無駄な抵抗ということも同時に理性が告げていました。

肉腫のようになった女媧が、大きく口を開けて溶解液の滴る涎を垂らしているのを、死を覚悟したせいでしょうか。異様に長く感じる時間の中で見据え、それでも最後の瞬間まで目を背けまい。

そうコンマの世界で覚悟を決めた。その時――。

「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ~~~~~~っっっ!?!?」

遅れてドップラー効果を伴った悲鳴か嬌声か微妙な声を上げながら、太陽のない蒼天を割って、突如現れたオレンジ色の髪をした見慣れたメイドが、自由落下の衝撃とともに女媧の頭上へと直撃し、まるでコマ送りのコマが切り取られたかのように、突如として目の前から女媧の姿が消え去り、私の時間の感覚も元に戻りました。

改めて足元を見下ろしてみれば、

「おーーっビックリした! 落下地点に変なナマコがあったのでクッションになりましたけど」

潰れたカエルのようになった女媧の上で、コッペリアがまるで未来から来た殺人ロボットのようなポーズから、片膝立てて立ち上がったところです。

「ん――?」

そこで私が目の前にいるのに気が付いたのでしょう。

「お……おおおおおっ。クララ様じゃないですか! どこから湧いて出たのですか?」

「……それって私の台詞だと思うのですけれど。とりあえず積もる話はあとにして、あなたが潰したコレを先に何とかしますわね」

「了解です! なんだかよくわかりませんけど、このワタシが来たからには大船に乗った気でいてください!」

嘆息しながらも、まずは目の前の女媧の成れの果てを今度こそ跡形もなく浄化すべく、細心の注意を払って 浄化の光炎(ピュリファイ) を、これでもかというくらいかけていくのでした。