軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇の澱と虚飾の楽園

「小娘によって 社稷壇(しゃしょくだん) の封印が解かれたようであるな」

不意に玉座の間に女の声が響いた。

「おおおおっ、せ、聖母様……!」

慌てて床に両膝を突いて跪拝するベナーク公。

「これは我が偉大なる母君。小娘とは?」

玉座に座ったまま怪訝な表情を浮かべるストラウスのもとへ、恐ろしく妖艶かつ怜悧な美貌をした、外見上は二十歳前後と見て取れる、笹の葉のように長い耳をした女――《 神聖妖精族(サンクトゥスエルフ) 》である――聖母アチャコが歩み寄っていく。

およそ『聖母』という尊称がまったく似合わない。狩人のような動きやすくも体の線もあらわな衣装を着て、自由奔放そうな雰囲気をまとった彼女は、ちらりと床に 平伏(ひれふ) すベナーク公を路傍の石のように一瞥すると、

「外界から招き入れた巫女姫を自認する小娘のことですよ。可愛い坊や」

一転して柔らかな口調でストラウスへと語り掛けた。

「おお、やはりあの娘の出現は母君の差配でしたか。しかし社稷壇の封印が破られたとは? あの娘の能力はほとんど封じて、ただの 人間族(ヒューム) になっていたはずですが」

自らの能力に絶対の信頼を持っているストラウスが、腑に落ちない表情で疑問をぶつける。

事実、単純な魔力量を比較しても、ジルとストラウスでは桁が二つほども違う。それゆえに力づくでジルの魔力を封じるという荒業を行い、これをもってさしたる脅威と考えなかったわけなのだが……。

もっともそれをジル本人が聞いたとしたら、

「スクーターとスーパーカーがレースをするようなものですわね。レース場では勝負になりませんけれど、わざわざ相手の土俵で戦うなど愚の骨頂ですわ。小回りの利くスクーターに有利な街中やデコボコ道に誘い込めば、いくら大パワーで直線番長なスーパーカーでもスクーターに負けるのではありませんか?」

と、あっけらかんと言い返しただろうが。

「完全には封じ込められなかったようですね。忌々しいあの者の加護でしょう。正統なる後継者であるあなたが座するべき 神座(しんざ) を簒奪した小娘。いえ、小娘の皮をかぶった……」

腹の虫が収まらない口調で、イライラと吐き捨てる 聖母(アチャコ) の愚痴ともつかない鬱憤。その矛先が自分に向かないように、勘気に触れないと震えて傾聴するベナーク公。

対照的に平然と――否、まるで操り手がいなくなった 木偶(でく) 人形のように、身じろぎひとつ瞬きひとつせずに座して聞き入るストラウス。

そんな 神子(ストラウス) の様子に気づいた 聖母(アチャコ) が、ハッとして取り繕うように神子に話しかけた。

「ともかくも予想外のことが起きているようです」

それに合わせて、ストラウスも最前までの無反応が嘘のような円滑さでそれに応じる。

「――ふむ。現在の状況を確認してみましょう」

息をするよりも軽く術を構成したストラウス。その途端、まるでミニチュアのように社稷壇周辺の諸々が床の上に投影された。

破壊された社稷壇とそこから湧き出る黒いシミのような粘液。それと対峙するジルの姿が掌の上に乗るほどの大きさで出現する。

「完全に封印が解けていますな。この勢いでは再封印は不可能でしょう。封都ごと潰す以外に対処はできません。そしてあの娘も封印が破れた際に、我に及んだブーメラン効果によって能力封印が大幅に緩んでいます」

そこまで一目見て把握したストラウスの言葉に、アチャコが汚物を見るような目でベナーク公を睨みつけた。

「そもそもあの娘は速やかに社稷壇に封じて、すべての霊力、魔力、神気を抽出してエネルギー塊へと還元するように命じたはず。それがなぜ社稷壇の外にいるのかしら、ベナーク?」

「ひっ――!」

アチャコからの詰問に、ガチガチと音を立てて歯を震えさせながらベナーク公が喘ぐように答える。

「だ、 乃公(だいこう) は、あ、あの者、《 天人(ドリーカドモン) 》の血筋をただ消費するのは損失と考え、乃公の優秀なる精と掛け合わせ――」

「つまり、赤子を孕ませてそれをあの娘の代わりに供物にしようと考えた、と」

弁明の言葉を叩き切るような口調でアチャコが結論を先回りして口に出した。

「さ、左様で……」

平伏したままベナーク公が肯定した刹那、一瞬にしてベナーク公の全身が光り輝く白炎に包まれ、悲鳴を上げる間もなく、超高熱の火炎によって消し炭ひとつ残さずに消え失せる。

ほんの一瞬前までベナーク公がいた場所を壇上から見下ろし、

「赤子を贄にするだと……この私の前で戯けたことを! 霊力の強さで再生を行ったが、下種な本性は直らなかったようだな。大教皇ウェルナーめ」

その名を口に出すのも汚らわしいとばかりに吐き捨てるアチャコ。

その間にも、黒い粘液とジルとが接触しようとしていた。

神子ストラウスに封じられて以降、細々と、辛うじて壁の隙間からこぼれるものを掬っては、自転車操業をしていた感の私の能力――そのうちの治癒と浄化の力ですが、この瞬間それを阻む壁が一気に崩れて、十全な状態へ戻ったのを実感しました。

「あら……?」

原因は何かはわかりませんが、端倪すべからざるこの状況においては僥倖と思うべきでしょう(相変わらず魔術の方は半封印状態で、精霊術は完全に沈黙していますので、半分だけ封印が解除された感じですわね)。

「よくわかりませんし、罠かも知れませんが、ともあれこれで即死しなければ、心臓を破壊されても首が取れても戦えますわね」

『 光翼の神杖(アリ・ディ・ルーチェ) 』を構え、『 星月夜の宝冠(ラ・ニュイ・エトワレ) 』を装備し、グラウィオール帝国の技術のすべてと国民から搾取した血税――もとい、人々の願いの結晶である『 永遠の女神(ウェヌス・アエテルナエ) 』を翻して、〝闇”の前へと立ちふさがる形で前へ出ました。

「首と心臓を引き換えにしても大丈夫って……相変わらず大雑把というか、極端すぎるというか、後先考えない娘だねぇ」

背後からオリアーナ皇女様の呆れ返った嘆き節が聞こえます。

そうはおっしゃいますが、確か地球世界の(マッドが付く分類の)科学者が、『人はギロチンで首を刎ねられた後でも意識があるのか』という命題を確認するため、助手立会いのもと『瞬きするから確認しろ』と言って実際に自分の首を刎ねた結果、二、三秒は瞬きをしていたという実験結果もありますし、心臓が止まっても一分程度は意識があるというのは、自動車教習所で習う必須事項です。

つまり治癒術が使えるということは、致命傷を負っても意識さえあれば回復できますし、肉体のリミッターを外しても反動を気にする必要がないということですので、体術の方も人の体の限界まで出せるということに他なりません(まあ、この世界、人間の肉体の限界程度余裕で超えている方々が山ほどいますので、別に珍しい芸ではないのですが)。

そんな私の目の前で、ゲラゲラと次々に顔が浮かび上がり一斉に笑いながら、数千の目玉をぎょろぎょろとてんでバラバラに動かす闇色の粘液。

「それにしても、これって何なのでしょう、本当に?」

そんな私の疑問に盛り上がった泡の表面に、老人らしき顔が浮かび上がって無表情に答えました。

『我らはかつてのこの地、イーオン聖王国聖都ファクシミレに暮らし、蒼き神を信奉していた聖職者と信徒の成れの果てよ』

重々しく語る老人は、おそらくは生前は聖職者の中でもかなりの位階にいた人物なのでしょう。他の有象無象の顔が口をつぐんで敬意を表す雰囲気が感じられました。

「その蒼き神の使徒がなぜこのような姿に?」

そんな私の問いかけに、老人の顔が嘲笑を浮かべます。

『我らは贄よ。この封鎖された世界を形作るためのな』

「???」

『本来、この世界には何もなかった。大いなる蒼き神がすべてを消し去ったがゆえに。だが、見よ! いまこの世界には風がある。土がある。緑がある。水がある。人がいる。どこから、どうやって造り出したか想像がつくか、外なる世界からの来訪者よ?』

「!!! まさか、〝贄”という言葉の意味は!?」

『然り! すべては我ら、かつて蒼き神を信奉していた数千万、数億の者どもの成れの果てよ!』

絶叫するように言い放った老人の声に合わせて、闇の表面に浮かび上がっていた無数の顔が、慟哭とともに血の涙を流します。

「――つぅぅぅぅ……!」

つまり本来は輪廻の輪に加わるべき魂を束縛し、その魂魄に付随するはずだった人の肉体を素材にして、この世界の地を空を緑を作り出した……と無数の顔たちは訴えかけているのです。

あまりの冒涜的な行為に、私は一瞬目の前が真っ暗になりました。

『この世界は蟲毒の壺よ! 我ら亡者の魂魄を歪め、押し固め、あたかも楽園のごとき姿を模した混沌。それが真実の姿である!!』

「なるほど、表面上は取り繕っても、楽園の皮を一皮剥けば怨念渦巻く地獄のような世界ってことね。その影響で住人にも影響が出た場合に『堕天使』とか称して、この闇の 澱(おり) に還元していたってわけね。いえ、【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】の桁外れの瘴気や魔力の原因も、飽和するほど強い陰や負の気が、ここから絶え間なく垂れ流されてるのが原因かもね」

渋い顔でオリアーナ皇女様が考察を重ねられます。

あくまで現段階での推測に過ぎませんが、その理屈は私の中でしっくりときました。

「――それで!?! なんだかこの世界に来てから妙に肌荒れがすると思ったら、そういうことだったのですね!!」

なんということでしょう! 恐ろしい世界ですわ!!

「……あんた余裕あるわね」

ジト目で睨むオリアーナ皇女様に「冗談ですわ、冗談」と軽く返してから、改めて闇の澱に向かいます。

「なぜ、そのような非道な行いを……?」

『すべてはアマデウスのための実験である。あのバケモノめが!』

火を噴くような老人の怨嗟の叫びに同調して、すべての顔が悲憤、憤怒、激憤、憤懣、忿怒の声を放ちました。

「バケモノ? アマデウスはあなた方が奉じていた神の子なのではないのですか?」

軽くカーサス卿に伺った教義によれば、父なる蒼き神と母なる聖母と子である神子との三位一体を奉じているはずですが。

『なにが聖母だ! あの背信者め! 永遠の裏切り者にして薄汚い娼婦が!!』

途端、悪し様に聖母を罵る老人の顔。

古来、さまざまな男性と関係を持った売春婦は、貧困層からは『聖女』などと呼ばれ慕われたそうですが、もしやそういった隠語的な意味や諧謔があるのでしょうか『聖母』の呼称には?

『そして〝神子”だと!? 汚らわしい! あのような傀儡に神の子の名を冠するとは!!』

『『『『『なんたる冒涜!』』』』』

『『『『『なんたる不敬!!』』』』』

『『『『『まさに 涜神(とくしん) !!!』』』』』

一斉に吼える顔たち。

『ゆえに我らは滅ぼす。この偽りの世界を』

『そして次に蒼き神の恩寵を忘れた穢れた外界を!』

『『『『『滅びをもたらしてくれよう!!』』』』』

そう叫んでゲラゲラと狂ったように(実際狂っているのでしょう)笑う顔たち。

「……それはさすがに看過できませんわね。無念があるのでしたら私が皆様を浄化して、正しき輪廻の輪に戻して差し上げられますので、復讐や怨讐などの無益な思いに囚われるのはやめられてはいかがですか?」

説得しても無駄な気はしますが、可能な限り誠意を込めてそう呼びかけました。

『復讐や怨讐が無益だと? 益はある。我らの気が晴れるではないか!』

できれば話し合いでお引き取り願いたかったのですが、案の定一蹴されてしまいました。

「……仕方ありませんわね」

強制的に昇天していただくべく、私は浄化術の詠唱へと入りました。