作品タイトル不明
イライザの敗北宣言とマリアルウの秘密
「そこ、男子全員背中を向けて、目を閉じて! 横を向いたくらいじゃ駄目ですわ!」
セラヴィもレグルスも私の指示に従って即座に回れ右をします。
「あのクララ様、僕は足がロックされていて動けないんですけど……」
素っ裸のイライザさんから視線を逸らしながら、足元を指差すコリン君。
「コッペリア、コリン君の目を塞いで!」
「合点承知! 死ねッ! ドリルスパイラルローリングスクリューパンチ!!」
「きゃああああああああああっ、コリン!!」
私が指示した途端、コッペリアは凶暴なデザインのビスと髑髏が付いた 拳鍔(メリケンサック) を装着し、唸りをあげて超高速回転するロケットパンチをコリン君の顔面目掛けて放ちました。
マリアルウの絹を引き裂くような悲鳴が地底にこだまします。
咄嗟にそれをフルスイングの『 光翼の神杖(アリ・ディ・ルーチェ) 』で打ち返す私。
ちゃー・しゅー・めん! ですわ。
「――って、違いますわ! 目を塞ぐって殺せって意味じゃありません!」
「うおぉぉっ! ワタシの必殺パンチにカウンターを合わせるなどさすがはクララ様!」
ため息を付いて、ポケットから取り出したハンカチーフを感嘆するコッペリアに渡します。
「とりあえずこの布で目隠しをすればいいですわ――って、布を水で濡らして口と鼻を塞ごうとしないで!」
どうしていちいち息の根を止める方向へ動こうとするのですか!?
と、こちらは律儀にプールに背中を向けているセラヴィが挙手しました。
「おい、ジル。思うんだけど、俺らが目を閉じるより、バーバラが裸なのがマズイんじゃないのか?」
「それもそうですわね。コッペリア、服をお願いします」
「お任せください! 行きます!」
と、突如、私の服を脱がせにかかるコッペリア。
「きっ……きゃあああああああああああああああああっ! なに!? なんの真似ですの!?」
「無論、クララ様が服を脱ぐのをお手伝いです。あのバーバラ如きが、脱いでインパクトを出したつもりでしょうが、脱いでもクララ様が圧倒的に凄いことを見せつけるんですよね! 大丈夫、半分も脱げば圧勝です!」
「違いますわーーーっ!! って、やめてーっ、こぼれちゃう!!」
「ケケケケケ、良いではないか良いではないかッ」
「あーれーっ! やめてーっ、お嫁に行くまで清い体にいるのよ!」
「「「……(ごくり)」」」
「そこっ! こっそり見てるでしょう?!? 見ないでーっ!!」
なにか注視されている視線を感じて――その間にも私を剥こうとするコッペリアの魔手を振り払いながら――私は必死に訴えました。
「……相変わらず騒々しいというか、愉快な方々ね」
と、その時、再会したのも束の間、 もの凄い勢い(フルスロット) で私たちに置いてけぼりを食らったイライザさんが、感情の見えない平坦な口調で、もっともな感想をこぼしました。
「「「「………」」」」
たいして大きな声ではなかったのですが、地底のホールという場所柄のせいか、あるいはその辛辣な内容のせいでしょうか、状況を忘れて緩みきっていた私たち全員が冷や水を浴びせられた格好で我に返り、絶大な脱力感と倦怠感の中、居心地悪く威儀を正しました。
「まあ、確かに。クララ様を筆頭に、我々が面白集団として聖都でも名を馳せているのは確かですが」
コッペリアはいつも通りですけれど。
「って、いい加減に離しなさい、コッペリア!」
「おっと、半分で済ますつもりがつい、クララ様の艶姿を見た途端、たちまちブレーカーが飛んで、我を忘れてしまいました。ワタシの鋼鉄の理性すら暴走させるとは、まさに魔性の魅力ですね、クララ様」
ようやくコッペリアの手を引き剥がして、はだけた服装を整えながら、
「貴女に理性があるのかどうか疑わしいところですけど。あと、面白集団を率いた覚えはないので、変な自慢しなくてもいいですわ! と言うかそんな事実はありませんっ!! まるっきり事実無根ですわ!」
「「――え……!?」」
とりあえずコッペリアの『クララ様とおもろい仲間たち』発言を即座に撤回したのですが、なぜかコリン君とマリアルウが驚いた表情で私たちを見回します。
え? 『えっ!?』って、私たちって聖都でそんなイロモノ枠で見られていたのですか、もしかして?!
動揺する私の様子に、イライザさんが大きくため息をつきました。
「……はあ、嫌になるわね。こんな人をずっとライバル視していたなんて、私の努力が馬鹿みたいじゃないの……」
「えっ、ライバルだと思われてたんですか!?」
「ふははっ、笑止! 勝手にライバル認定しても、この通りクララ様の眼中にあるわけはありませんからね。だいたいクララ様は正式に『巫女姫』の名を教団から認められたわけで、正巫女程度がもはや逆立ちしても敵いっこありませんよ」
その告白に驚く私と、すかさず尻馬に乗るコッペリア。
「――ああ、そうらしいわね。おめでとうアーデルハイドさん。さすがだわ。とても私など及びもつかない……本当にすごい。以前は嫉妬の感情ばかりだったけど、もう貴女には羨望しかないわ」
コッペリアの挑発に対して、特に動揺した様子もなく、イライザさんは淡々と賛辞を口に出しました。
「……ヴぇ!? あれ? 『どういうことよ、卑怯者!?』とか『私がいない間に出し抜いたわね!』とかの罵声や、負け犬の遠吠えはないんですか?」
「どうしてそこで貴女が口惜しそうになるわけですの……?」
なにか壮絶な肩透かしを食ったような顔で肩を落し、足元の小石を蹴るコッペリア。
「いや、なんか変だぞ。本当にあれバーバラか? 偽者じゃないのか?」
素直で物分りの良い『きれいなイライザさん』という、私もちょっと変かな~? と思う相手を指差して疑問を呈するセラヴィですが――。
「しれっと正面を向いて、裸のイライザさんを凝視しないでください!」
両手でセラヴィの目を塞ごうとしますけど、なぜかやたら良いスマイルが返されました。
「大丈夫だ。さっき見た お前(ジル) の白い肌と優美かつ豊満な肢体が、ばっちり俺の目と記憶に焼きついたいま、あの程度の裸では俺の心は動じない」
「それはそれで嫌ですわーっ!! 即座に忘れてください……って、やっぱり覗き見してたんですね!?!」
「クララ様、どうぞ」
すかさず、どこぞの有名なパシリが懐に入れて暖めた草履を主君に差し出すようなタイミングで、コッペリアが凶悪な棘のついた 拳鍔(メリケンサック) を差し出しました。
半ば反射的に受け取って装着しかけて――。
「――って、違いますわ!」
慌ててコッペリアに返します。
「もう話をしてもいいかしら、アーデルハイドさん?」
この間、律儀に待っていてくれたイライザさんが、割とどうでもいい口調で小首を傾げて確認してきました。
「す、すみません。たびたび……」
ばつの悪い思いでひたすら恐縮しながら頭を下げる私。それにしても、イライザさん男子の目もあるところでよく平気で裸でいられるわね。
未婚の女性、まして巫女ならこれだけでも慎みのなさを糾弾されて、下手をすれば社会的信頼どころか、人生そのものが失墜する可能性すらありますのに……。やはり変ですわ。
「う~~む。身長百五十九セルメルト、体重四十六キルグーラ、魔力量七千百八十……。ワタシの目視では間違いなく当人ですね」
私やセラヴィの懸念を払拭するように、コッペリアがさりげなく一言添えました。
性格はともかくコッペリアの性能にかけてはある程度の信頼は置けます(全幅の信頼は置けませんけれど)。その彼女がイライザさん本人だという以上、限りなく本人である可能性は高いのですが……。
「どうかしたかしら、そんな目で私を見て……ああ、もしかして私がそこの出涸らし…… 赤い羊(レッドラム) が造った偽者じゃないかとか疑っているのかしら? 大丈夫よ。私は間違いなくあなたの知っているイライザよ。だいたい、見ての通り彼女は死にかけ……いえ、寿命が尽きかけて偽者を造る余力はないから」
指差す先では、マリアルウが小さく咳を繰り返しています。
「寿命って……どういうことなの、マリアルウ!?」
「………」
コリン君の必死の問い掛けにも無言を貫くマリアルウですが、私は「……やはり」と、想像が当たっていた事に唇を噛み締めました。
答えを返さないマリアルウに代わって、
「こういうことよ。“見えざる手よ、我が道を塞ぎし障害を撤去せよ”――“ 空障壁(エテール・アプス) ”」
イライザさんが法術を唱えると、その眼前に広がる廃液の一メルトほどが、円形に上から押し込まれたように窪みました。
窪んだのは三十セルメルトほどでしょうか。もともと浅いところまで〈エキドナ〉が来ていたので、そこだけ膝丈ほどの深さになっています。
「――よし。こんなものね」
目を凝らして水面を確認したイライザさんは、ひとつ頷くと、
「――ばっ……やめろ!」
咄嗟に制止したセラヴィの警告を無視して、躊躇なくその窪んだ部分へと〈エキドナ〉の口から飛び降りました。
膝丈とはいえ一瞬で木綿のタオルや包帯を溶解させた擬似 万物溶解液(アルカエスト) です。次の瞬間、無残な有様を晒すであろうイライザさんが連想できるところですが、
「大丈夫ですわ」
私が自信を持ってそう断言するのと、小さな水飛沫を上げて、イライザさんが平然とプールに立ったのが同時でした。
当然ですが、足はなんともありません。
「どういうことだ……?」
セラヴィに訊かれて、「あくまで想像ですけど」と、前置きをしてから答えます。
「この施設が閉鎖されてからかなりの年月が経っていると思いますが、その間にプールに満たされていた擬似 万物溶解液(アルカエスト) に不純物――地下水などが流れ込んだ結果、ほとんどその効果がなくなってしまったのではないでしょうか」
「だけど最初にタオルが溶けたよな?」
「多分、水と油が分離するように、表面のごく薄い層に僅かに残った擬似 万物溶解液(アルカエスト) があるのだと思います。その証拠に、さきほどの津波のように 撹拌(かくはん) されたコッペリアの下着は溶けなかったでしょう? 私もいまでは滅多に使えない絹でできているというのに」
「なるほど(つーか、下着に拘るな)」
私が話している間に、ゆっくりと前に歩みを進めていた――それにあわせて“ 空障壁(エテール・アプス) ”の 円陣(サークル) も着いてきます――イライザさんが、立ち尽くすストーンゴーレムとその腕の中にいる顔色の悪いマリアルウと並ぶ位置へと歩みを進め、そこで一旦止まりました。
「そういうことね。そして、〈エキドナ〉はこの擬似 万物溶解液(アルカエスト) の中でしか生きられない。つまりは限界。すでに生存不可能な状況にいるのよ」
イライザさんの言葉にマリアルウが悄然と視線を下げ、無言でそれを肯定していました。