軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

分岐路の選択とゴーレムの罠

「ゼクスさん、その 白ネズミ(アルジャーノン) さんは食べ物でも玩具でもないので、コリン君に返してあげてくださいませんか?」

『ネコがネズミを弄ぶ』という言葉通り、捕まえたハツカネズミのアルジャーノンを生かしたまま遊んでいた羽猫のゼクスに交渉をして、解放してくれるようにお願いしてみました。

いえ、別にネコ語が喋れるわけではないのですけれど(そもそもコレは猫なのでしょうか?)、本来が私の飼い猫というわけでもない、いまはなき――なにしろ生まれるのはこれから二十年くらい先で、当然まだ卵すら存在していない。生まれる前から知っていましたとか言うとちょっとロマンチックな――ルークの忘れ物ですから、礼儀としてまずは言葉で交渉をしてみたのです。

ちなみにですが鼠を捕まえる猫さん犬さんにも個性があるようで、うちのフィーアなどは真っ先にとどめを刺して、そのまま美味しくいただく派でしたけれど(何を食べていたのかは、私の精神衛生上あえて追求はしませんでしたけれど)、中には捕まえて飼い主に見せびらかす。生かしたまま遊ぶ。殺した獲物を並べる……などなど、このあたりは個性が光るらしいです。

で、幸いにしてゼクスは『遊ぶ派』でしたので、いまだにアルジャーノンは健在でした。

せっかく捕まえた玩具を取り上げることに、若干ゴネる仕草を見せたゼクスでしたけれど、所詮は猫。

背中や首筋を撫でたり、口から喉にかけて優しくさすってあげたりのサービスを施した結果、いつの間にか鼠のことは忘れて、ゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らしてだんだんと猫のひらき状態になり、さらに無防備なお腹をプニョプニョする頃には、完全に溶けた状態になってしまいました。

その間に素早く親友を回収したコリン君が泣いて鼠に頬ずりしているのを横目に、私もゼクスのお腹を堪能し、さすられているぜクスともども大いに満足したのでした。

◆◇◆◇

燐光岩の放つ淡い光の濃淡の片隅を縫うように走ってきたアルジャーノンが、念のために私が抱きかかえているゼクスを見て、一瞬、絶望したように棒立ちになった後、はっと我に返って待ち構えていたコリン君の手の中に飛び込み、そのまま腕を伝って胸ポケットへ飛び込みます。

チチチチチチチチッ。と、安全地帯から盛んに聞こえてくるアルジャーノンの鳴声に、ふんふん頷いてはなにやら囁きを返すコリン君。どうやら会話が成立している模様です。

しばらくその遣り取りが続いていましたけれど、いい加減焦れたコッペリアが、

「んで、なんて言ってるのよ、そこの愚民以下のネズミ男」

その場にいた全員の疑問を代弁して訊ねます。

「ね、ネズミ男ってなんですか!? 僕にはれっきとした名前が――」

「んな台所の害獣にして、病原菌の元としか対等な友人関係を築けない人間失格はネズミ男で十分よ。はン」

にべもなく一刀両断する、メイドらしく鼠には厳しいコッペリアでした。

「アルジャーノンは毎日きちんと水浴びも日光浴もして、病気なんてもってないよ! だいたいネズミだからってそんな偏見の目で見るなんて差別だ! 生き物はミミズだってオケラだってアメンボだって、みんな生きているんだ友だちなんだ。それなのに教団関係者は口を揃えて人間族以外を劣った存在って言って差別している。だから僕たち 新聞記者(ジャーナリスト) はそんな偏見を無くすために、日夜ペンを持って戦っているんだよ!」

「ん~~? 要約すると小動物やムシケラを友達代わりに、こせこせ教団の悪口を吹聴してるってことね、さすがはネズミ男」

「都合のいい解釈するな! それに人間の友達だっているよ! そういう君こそ友達なんていそうにないタイプじゃないか!」

侮辱されて腹立ち紛れになかなか鋭いところを衝いてくるコリン君。

そういえばコッペリアの人間関係って基本的に相手より上か下か、敵か味方かのパワーバランスで成り立っているので、対等な友人とか築けるところなど想像もできません。

と、思ったのですが、あにはからんや。

「はン! これだからモノを知らないネズミ男は……。やれやれ、このワタシにトモダチがいない? バカ言わないでよ、この聖都だけでもトモダチは軽く数万人はいるってゆーのに」

「「ええええええぇ、 嘘(でしょう) (だ)!?」」

この街にコッペリアと波長が合うような変人が数万もいるなんて、法螺を吹くにしても桁が三つばかり大きすぎやしませんか?!

「なぜそこでクララ様まで驚くのです?」

「え――? ええと……それは、その……そうそう、コッペリアはいつも甲斐甲斐しく私の侍女としての仕事に励んでくれているでしょう? 忙しい仕事の合間に友人と過ごす時間をきちんととれているのか、コッペリアのプライベートに配慮しなかった自分の迂闊さに愕然としたというか」

実際、侍女としては有能な上に、無給でいくらこき使っても使い減りしないコッペリアは貧乏…いえ、清貧を心がけている『聖ラビエル教会』のテレーザ明巫女様にとっても重宝しているようで、特別な計らいで巫女に付きものの見習い巫女の付き人とか、挫折した聖職者の従者を極力排して、私のことに関してはコッペリアがほぼオハヨウからオヤスミまで、どこにいくにも傍にいても良いというお墨付きを与えているので、そもそもプライベートや私関連以外の人間関係があること自体、想像すらしていませんでした。

「ご安心ください。このコッペリア、クララ様のお傍であれば、たとえ百年でも千年でも二十四時間年中無休で喜んでお仕え致します!」

「それはそれでストーカーより性質が悪いような……。えーと、人間関係も大事ですから、オン・オフを切り替えてお友達と親睦を深めたり、より親交を広めたりしたほうが良いと思いますけど」

「大丈夫です! トモダチは全員ワタシがクララ様と一緒にいることを希望していますし、ほっといても加速度的にトモダチは増えてます!」

これが証拠です!!

と言って目の前に差し出されたのは、冒険者ギルド等で広く使われている冒険者登録カードによく似た金属プレートでした。

かなり精密な 細密画(ミニアチュール) でコッペリアの顔が描かれ、その隣に燦然と輝く表示は――

「『巫女姫クララ様ファンクラブ会員証』って、なによこれ!?」

「ナニと言われても読んで字の如くクララ様の公認ファンクラブの会員証ですが? あ、ちなみに 細密画(ミニアチュール) が描かれているのは、会員ナンバー一桁の創立メンバーと、年会費一万金貨以上を支払っている萌豚……もとい、優良会員のみの特権です」

「公認なんてしてませんわ! って、なに阿漕な商売をしてるんですか!? そもそも会員ナンバー一桁な時点で絶対に貴女が創設者よね!?」

思わずまくし立てると、レグルスがなぜか物欲しげにコッペリアの会員証を盗み見て、セラヴィは微妙に決まり悪げに胸元を押さえて視線を逸らせました。……まさか、貴方まで会員なのではないでしょうね?

「まあまあ、細かいことはワタシが段取りをつけるのでクララ様は瑣事に構わず鷹揚に構えていてください。教団はすでに支配したも同然ですので、この調子で明日には聖都テラメエリタを、半年後にはユニス法国を、三年後にはリビティウム皇国を、やがては大陸中をクララ様の傘下に収めさせてみせますので」

「本人の意向を無視した上で、気宇壮大な野望を押し付けないでくださいませ!」

もしかして後世でクララがなんだかんだと評価が分かれている理由って、コレのせいではないでしょうね!?

放置しておいたら洒落抜きで、世界相手に覇権を求めに暴走する御輿に乗せられそうです。

「それについては後ほど話し合う事にして、いまはネズミの友であるネズミ男に偵察の内容を確認することが先決です」

「……うふふふ、適当にはぐらかせて丸め込もうなんて考えないで、後できちんとお話し合いをしましょうねコッペリア? とりあえずこの仕事が終わったら、教会ウラで待っていますから」

「ク、クララ様、その超笑顔が逆にすげー怖いんですけど!? もしかして滅茶苦茶怒ってます? 怒ってますよね??」

「怒ってませんよ、うふふふふっ」

「OH……。――そ、それはさておき、さっさと首尾を聞きましょう。で、どっちの道が正解だったのネズミ男?」

もはや既定事項とばかりネズミ男呼びをされるコリン君。

押しの強さでは到底敵わないのを察したのか、長々とため息をついて話し始めました。

「……はあ~。信じられるのは君だけだよアルジャーノン」

胸ポケットから顔を出したハツカネズミの顔を指先で撫でるコリン君。

「え~と、右の枝道を行くと、四足の 廃獣(マガモノ) があちこちにいて徘徊している。で、あと大きな部屋があって、でっかい蛇のような 廃獣(マガモノ) がとぐろを巻いていたので、それ以上先へは行けなかった。それと左の通路はあちこちに枝道があって小型の 廃獣(マガモノ) がいたけど、大型のはいなくて代わりに風化した骨が落ちてたって」

意外としっかりとした答えに、私たちはまじまじとコリン君とその胸元のアルジャーノンを見詰めなおしました。

「な、なんですか、クララ様……?」

「いえ、本当にアルジャーノンちゃんと会話ができているみたいで驚いたの」

「アルジャーノンは凄く頭がいいですから」

我が事のように胸を張るコリン君ですけど、ただ飼い慣らすだけではなく、これだけ具体的に会話ができるということは、もしかして本人の自覚はないですけどある種の〈 動物使い(ビースト・ティマー) 〉的な才能を持っているのかも知れません。

ですがそうなると〈 才能喰い(タレント・イーター) 〉だったマリアルウが放置していた理由が説明できませんが……。

「……まあ、そのことについては追々考えるとして、左の道には生き物の気配がなくて骨だけがある。つまり、ある程度以上の大きさの生き物が通ると作動する罠が、いたるところに仕掛けられているということではないでしょうか?」

「多分そうだろうな」

頭を切り替えて分岐路での選択肢を考察したところ、セラヴィも同意見のようで頷きました。

「だけど一箇所だけ何もない通路があって、その先にはやっぱり大部屋があって、そこにはでかい人間みたいな巨像が一個あるだけだ――って、とこまでアルジャーノンが見てきた……そうです、クララ様」

人間のような巨像が鎮座していて、他に生き物の気配がないってことは……。

「ゴーレムかしら?」

「ゴーレムだろうな」

再びセラヴィと合意を得て、うんうん頷き合いました。

「ゴーレムですか。つまるところは命令を聞いて動くだけの木偶人形ですね」

「なら機能が限定されている上、攻略法も確立されているので楽勝ですね」

コッペリアが小馬鹿にしたように肩を竦め、レグルスがこともなげに言い切ります。

「そうですわね。確か特殊な泥を使って生成して、最後に額に『 真理(EMETH) 』って書き込むことで動き出すのでしたよね?」

そして弱点としては『E』の一文字を削ることで、『METH』(死んだ)となるので壊れる、と。

「そうです。デコにでっかく『しんり』って剥き出しの弱点が馬鹿みたいに書いてある木偶の坊です」

錬金術に関しては私よりも遥かに博識なコッペリアが、手にしたモーニングスターの先端で地面に『しんり』と 平仮名(ヒラガナ) で書いて見せます。

「で、ここのところの『ん』を削ると『し り』になるわけで、額なのに尻とはこれ如何に? という相矛盾した情報に耐え切れずに自滅するんですよ。ゴーレムは阿呆だから」

そう言って朗らかに笑うコッペリア。

私の知っているゴーレムの逸話とは微妙に細部が異なる話に、「それ本当でしょうね!?」と、肩を掴んで振り回したい衝動を押さえるのに苦労しました。

「……だいたいは私の知っているゴーレムと同じね。とにかく額の『真理』をどうにかすればいいのは同じですから、得体の知れない 廃獣(マガモノ) が待ち構えている右の道よりも、まだしも左の方がましかしら?」

「そうだな。基本的にゴーレムは脳筋で近接戦闘特化だけど、こっちは お前(ジル) の魔術に俺の符術、コッペリアの 反則技(ロケットパンチ) と遠距離から攻撃できる手札が多いことだし、左に行く方がいいんじゃないかな」

セラヴィも同意見で、コッペリアとレグルスが私の意見に反対するはずもなく、コリン君は私たちについてくる以外に選択肢はないということで、揉めることなく左の脇道を進むことになりました。

「とは言え、多分製作者はアレでしょうから、アレな機能が満載されている可能性も考慮して、十分に注意しましょう」

ヴィクター博士(アレ) の被造物の奇想天外さについては骨身に染みているセラヴィは、覚悟完了の顔で重々しく頷き、よくわかっていないレグルスは不得要領な表情で、それでも「わかりました。注意します」と同意を示します。

「クララ様、『アレ」とか『アレ』とか主語と目的語が抜けている丸投げな指示は、頭脳がアレな愚民たちには難しいかも知れないですよ。ま、以心伝心なワタシにはツーカーですけど」

「そうね。以後気をつけるわ。ちなみにコッペリアはどういう意味だかわかっているのかしら?」

「勿論ですよ。アレのことですよね、アレですアレ」

たぶんわかっていないのでしょう。見事にオレオレ詐欺みたいな会話になっています。

「……ちなみにですけど、コッペリアの額には『真理』って書かれた部分はないの?」

「あるわきゃないですよ。ワタシは完璧な 人造人間(オートマトン) ですよ。ゴーレムみたいな低俗なシロモノと一緒くたにしないでください」

コッペリアは前髪をたくしあげて、何も書かれていない額を誇示しました。

「残念ね。『しんり』って書いてあったら、『J』を一字書き加えて、『りんり』にできたのですけど」

「はっはっはっ、上手い事言いますね、クララ様」

堪えた風もなく、小粋なジョークを聞いたとばかりアメリカンな感じで笑うコッペリア。

私としては限りなく本気に近かったのですが。

そうして、私たちは予想外のゴーレムと、そして意外なほど早く、待ち構えていたマリアルウと再会することになったのです。