軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

迷子の羊と聖典の誓約

さて、悪者は、三度めに、ヤギのおうちの戸口に立って、とんとん、戸を叩いて、こう言いました。

「さあ子供達や、開けておくれ、おかあさんが帰って来たのだよ、お前達めいめいに、森でいいものをみつけて来たのだよ。」

子ヤギたちは、声をそろえて、

「先に足をおみせ、うちのおかあさんだかどうだか、見てやるから。」

そう言われて、オオカミは、前足を窓に乗せました。子供ヤギがそれを見ますと、白かったので、オオカミのいうことを、すっかり本当にして、戸を開けました。

ところで、はいって来たのは誰でしたろう、オオカミだったではありませんか。

――『グリム童話集(5話)「オオカミと七匹の子ヤギ」』初版(1812年)――

◆◇◆◇

いまさらですが、ここ“見た目は最高級ホテルの一室。一皮剥けば中身は要塞司令部”な冒険者ギルド本部の貴賓室に一同の顔ぶれを順に見回せば――。

テラメエリタ冒険者ギルド本部タルキ副ギルド長。同職員マリナさん。警備兵でBランク冒険者に相当するという武装した男性三名(いずれも武技スキル持ち)。

女性冒険者グループ『銀嶺の双牙』のメンバー五名。

『聖女教団』本山《 聖天使城(サンタンジェロ) 》所属のローレンス修道司祭及び神官戦士六名。

他国の青年貴族らしいシモン卿とその従者のエミール氏。

『聖女教団』テラメエリタ第二管区所属の正巫女イライザ(バーバラ)さんと、その付き人である巫女見習いの女性。

そして、いちおうは第三管区所属の正巫女である私と、現在は極力教団と関わらないようにして市井の冒険者として活動しているセラヴィの合計二十三名です。

ほとんどワンフロアをぶち抜きで設えられた貴賓室ですので、この人数でも息苦しいということはありませんが、居並ぶ個々人の面子がとても濃いので異様な存在感に圧倒されています。

ギルドの警備兵さんとか、本来であればBランク冒険者と言えば実力的に国軍の中隊長クラスの実力者だというのに、周りの熱気にあてられてほとんど村人A、B、Cと化して、落ち着かない様子で壁際でモジモジしています。

中身は小市民にして、元雑草たるブタクサ姫と謳われた私としても、なるべく目立たないポジションで壁の花と化していたいのですが、なぜかそうは問屋が卸してくれません。

「――で、肝心の“ 赤い羊(レッドラム) ”の目的なんだけど、そもそも巫女姫サンたちは固有能力を持っているわけなの?」

雑談のついでというさり気ない口調で、カイサさんがウェーブが入った赤茶色の髪をガシガシと無造作に掻きながら、値踏みするような目で私とイライザさんを見比べつつそう訊ねてきました。

……なんで、私に話を振ってくるんでしょうね。

あと、『巫女姫』とか、聖都での私の非公式公称を口の端に乗せないでください。イライザさんとお仲間が、思いっきり忌々しげに舌打ちしていますので。

とは言え、この場での反論は時間の無駄なので余計な口を利かずに、私はゆるゆると首を横に振ってそれを否定しました。

「少なくとも私は持っていませんわ。使えるのは『治癒術』と『浄化術』、魔女――いえ、法術その他の系統だったものばかりで、固有能力の類いは使えません」

「ふっ、わたくしは由緒ある教団の直系巫女ですわよ。無論、正しい血筋と聖女様に対する信仰の陰で、それなりの法術も使えますが、誰かさんのように左道(邪術)紛いの術や、まして異能力など想像しただけで鳥肌が立ちますわ」

私とイライザさんの返答に、質問をしたカイサさんをはじめ、その場にいた全員が難しい顔で「う~~~ん」と顎の下に拳を当てて考え込みます。

「……ならば、いったい“ 赤い羊(レッドラム) ”は何を奪うつもりなのでしょう?」

シモン卿の素朴な疑問に、ローレンス修道司祭が何かを推し量るような目で私たちを見比べました。

そもそも予告状からしてアバウトなのですよね。『何月何日何時に○○を盗みに参上します』というのならスタイリッシュなのですけど、この相手の場合『何日に金目のモノを盗みます』という、目的のものを盗めたら幸いで、駄目でもなにか盗んでいこう……『ゼニや、ゼニ! はぁ、ゼニ儲けゼニ儲け!』という浅ましい魂胆が透けて見えるのですよね。怪盗紳士とは言えませんわ。

「アーデルハイドさん、貴女本当は何か奥の手とか、隠し球とか持ってるんでなくて?」

イライザさんの不信感丸出しの視線に対して、私は素早く首を左右に振ります。

「さすがに固有能力に覚えはありません」

それ以外の隠し球とか秘儀とか奥義とか必殺技とかならダース単位でありますけれど。

「本当にィ……?」

それでも猜疑心いっぱいの視線が周囲から降り注ぎます……って、なんで私ばかりが疑惑の渦中なのでしょうか!? 容疑者としてはイライザさんも同じ立場の筈ですけれど、なぜか全員が私に疑いの眼を向けます。

セラヴィまでジト目になっているのはどういうことでしょうか!? 私をビックリ箱か何かと勘違いしていませんか!

「固有能力の場合、当人も自覚のないまま周囲に影響を及ぼす場合もありますし、実のところ火を吐いたり雷を呼んだりするような目に見える効果よりも、そちらの方が怖いんですよね」

と、思い出したように脅威を訴えるマリナさん。

「例えば“ 虐殺者(スローター) ジェイク”は、そこに存在するだけで周囲に死を振り撒く『 自然死(アポトーシス) 』という能力者でしたし、“ 不老者(イモータル) イサベル”は逆に他人の若さを奪う『 触媒(カタリシス) 』という能力を持っていました。それと有名なところでは、五百年前にその美貌によって大陸北部諸国を混沌の坩堝へと陥れたという“悪女ティティアナ”の『 傾城傾国(ファム・ファタル) 』と……か……」

何故か後半『あっ――あああああっ!!』という顔で目を剥いて言葉尻が消え、それと同時に全員が一斉に合点がいった顔で頷きます。

「……そんなわけありませんわ。そんな能力を持っていたら、もうちょっと人生楽だったと思いますもの」

そんな便利な能力があれば、ハーレムとは言いませんが、せめて恋人のひとりぐらいできたり、下校帰りに小指と小指を絡めて嬉し恥ずかしの学生生活を送れていた筈です――が、『恋人』などというそんなファンタジーな存在など影も形もありませんでしたもの。

本当にもう……リア充アベックなんて爆ぜればいいのにィ!

「……どう思われます?」

「単に自覚がないだけかと」

「確かにその気なら国のひとつやふたつ滅ぼすなど造作もないだろうね」

「事実ここに一人、ご自分の立場もわきまえずにいるわけですから」

「はははははっ、私のことかな?」

「いや、でもこれは能力じゃないんじゃない? 単なる実力だと思うけど」

「……それはそれで腹が立つわね」

『審議中』という目に見えない札が立てかけられた状態で、タルキ副ギルド長やマリナさん、エミール氏にシモン卿、カイサさんとイライザさんなどが膝突き合わせて話し合っています。

そうした実りのない憶測ばかりが飛び交う話し合いに嫌気が差したのでしょう。ローレンス修道司祭が懐から黒塗りの革表紙で作られた聖女教団の聖典を取り出して、その上に右手を当て重々しい口調で私とイライザさんに問い掛けを行いました。

「改めて確認したいのですが、正巫女バーバラ及び巫女姫……いや、正巫女クララ。どちらも先ほどの言葉に虚偽がないことを誓えますか? 偽りがないのでしたら、この聖典に右手を乗せ誓いの言葉を口に出してください」

思わずイライザさんと当惑した視線を交わしてしまいましたけれど、私としては特に後ろめたいこともありませんので、さっさとこの茶番を終わらせることにしまして、右手を聖典に乗せました。

イライザさんも半呼吸遅れてですが、負けじと右手を差し出します。

「「誓いますわ」」

ほぼ同時に誓約を口に出した――刹那、何か言葉にならない風か静電気のようなモノが右手から身体全体を駆け巡り、言葉にならない不快感が通り抜けていきました。

「「――っ!?」」

イライザさんも同様だったようで、同じタイミングで眉を顰めます。

「“ 無罪(ノット・ギルティ) ”。――汝のその言葉に偽りのなきこと聖女の名においてここに承認しました」

表情も変えずにそう重々しく頷いて聖典を懐へと戻すローレンス修道司祭を、私とイライザさんが狐につままれたような顔で見詰め返しました。

なんだったのでしょう、いまの衝撃は……?

確認しようと口を開きかけたところへ、荒々しく外側から扉を叩く音が響きました。

「大変です! ギルド本部の前で男女のアベックが“ 赤い羊(レッドラム) ”に襲われました! 現在、怪我をしてホールに運び込んでいます。なお、そのうちひとりは、昼間捕まえた新聞記者の小僧です!」

一息で報告がされたその内容に、室内の緊張が一気に高まりました。

「現れたかっ!」

手ぐすね引いて待ち構えていた神官戦士たちが一斉に臨戦態勢になり、指示を仰ぐべくローレンス修道司祭に向き直り、

「ふむ……状況がまだ不明なので、この場で待機していたまえ」

椅子に座ったままのローレンス修道司祭は軽く目を細めました。

「それで、あの……小僧の方の怪我の具合が思わしくない為、できれば治癒をお願いしたいのですが……」

申し訳なさそうな報告に来たギルド員の依頼に対して、ローレンス修道司祭は無言のまま片眉を跳ね上げ、イライザさんは「ギルド本部でしょう、医者くらいいないの!?」と、憤然とタルキ副ギルド長に喰って掛かります。

「――こうなると思った」

「できれば巫女姫サンには安全地帯でじっとしていてもらいたいんだけどねえ」

無言で立ち上がった私を前後に挟むようにして、カイサさんとセラヴィが即座に付いて来ました。

「ちょっ……ちょっと! アーデルハイドさん、貴女正気!?」

「そのつもりですけれど?」

慌てた様子のイライザさんにそう肩を竦めて返します。

「巫女の聖断を咎めるわけにはいかないか。――カルミーネ、ドミニク、巫女クララをお守りしろ」

「「はっ! 一命にかえましても」」

ローレンス修道司祭の指示に従って、ふたりの神官戦士が私の右手側に。

「ダニエラ、室内格闘だとアンタの独壇場だからね。ついてきな!」

「あいよっ、姐さん!」

『銀嶺の双牙』の拳士ダニエラが両手の指をボキボキ鳴らしながら左手側につきました。

……そういう風に指を鳴らすと関節が太くなるので良くないのですけどねえ。

「エミール、クララ殿に万が一がないように頼む」

「ご命令とあれば……」

そして最後に、ダニエラの後ろにエミール氏が並ぶ形でちょっとした小集団が形成されました。

「いきなり大所帯ですわね――」

同じ建物の三階から一階へと降りるだけですのに、こんな大名行列になるなんて予想もしませんでした。

「少しは自分の立場を理解したほうがいいぞ。聖都の正巫女ならこれでも足りないくらいなんだからな」

背後霊のようにピッタリ寄り添うセラヴィが、聞き分けのない子供に言い聞かせるようにそう小言を言います。

「面倒な話ね。……あと、ちょっと近いんじゃないかしら?」

ほぼ一日お風呂に入っていないので、体臭が気になって思わずそう文句を言ったところ、

「我慢しな。この坊やは背後から不意の攻撃を受けたとき、何も言わずに肉壁になるつもりなんだよ」

カイサさんが振り返って、にやりと太い笑みを浮かべました。

「――別に。単なる気休めだし」

反射的に振り返って言葉にならない私と、ぶっきら棒なセラヴィ。

「いやあ、青春だねぇ」

と、カイサさんの笑みがにやにやしたものに変わりました。