軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終兵器の不発と秘密の暴露

『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』

私の全魔力を振り絞っての百倍の重力。

言葉にすれば簡単ですが、仮にイゴーロナクの体重が七十キルグーラだとすれば、七千キルグーラ……七トレの負荷が全身にかかっている計算になります。

大型魔獣でもその場で 煎餅(ライスクッキー) のように潰れるところですが、半径五メルトあまりの重力場に覆われ、すり鉢状に硬質化した大地の底で両手両膝を突いた姿勢を保ったまま絶叫を放っているのは、流石は〈 不死者の王(ノーライフキング) 〉といったところでしょう。――ですが、その姿勢を維持するので精一杯なのも確かなようです。

精悍な美男子が這いつくばって呻いている光景。

そこはかとない罪悪感とともに、なぜかゾクゾクするような背徳感も覚えます。そして、私の中のDNAが「ほーら、この豚がっ。さっさと私の靴をお舐め!」と恍惚とした声でしきりに囁いているような……。

妙な性癖に目覚めかけ……もとい、衝動を必死に振り払って、私は術の制御に全神経を集中することにしました。

『おのれ! おのれーっ!!』

血走った目で必死に抗うイゴーロナク。

「効果はある……けど、これは……駄目ね」

正直、上手く行けばこのまま勝負を決められると思ったのですが、明らかに手応えが鈍いです。このままチキンレースを続ければ、確実に私の魔力が枯渇する方が先でしょう。地力の違いは予想はしていましたが、必勝を期した切り札で押し切ることができない。その結果を前にして地味に凹みます。

この『 月落し(ルナテック・コンプレッション) 』。我流とはいえ威力的には戦略級魔術(対軍、対城を想定した魔術)に匹敵すると自負していたのですけれど、このレベルの相手には切り札とはなり得ないということでしょう。

思わず私は唇をきつく噛み締めました。

万軍や城塞よりも突出した一個体の戦闘能力が上回る。ふざけた話ですが、この世界では往々にしてこうした人知を超えたバケモノが存在するのが現実です。不条理ですが認めざるを得ません。

実際に以前にメイ理事長相手に使った時にも、ここまで本気ではなかったとはいえ十倍の重力をかけた状態で、「おうっ、これは凄いわ!」の一言で、平気で反撃してきましたし……。

あの時は、十倍の重力で動ける理事長って本当に人間ですの?! 正体は宇宙地上げ屋の手先の戦闘民族じゃありませんか!? と本気で疑ったものです。

とはいえ、いかに自分が井の中の蛙だったのか。その蒙を啓くきっかけとなり、もしも万一このレベルの相手と本気でぶつかった際にはどうするべきか? その可能性を視野に入れて、対応策のひとつの回答として、生み出したのがこの『 月落し(ルナテック・コンプレッション) 』百倍重力です。

何の覚悟もないまま徒手空拳で向かうよりはよほどましだった……とは言え、結果はご覧のありさまです。まだまだ私の見通しが甘かったというところですわね。

『……ぐぬうううっ、貴様が〈空〉の魔術を使えるとは……ぬかった……が、ずいぶんと無理をしているのではないか?』

一秒ごとに額から玉の汗を流れ、さらに全身の血の気が失せていく。そんな私の状態を目にして、イゴーロナクが片頬に嘲笑を浮かべました。わかっているのでしょう。この綱引きの軍配がどちらに上がるのか。

「………」

私は無言でそれに答えます。というよりも答えられる余裕がないのです。

そもそも〈空〉系の魔術というのは圧倒的にコントロールが難しい上に、万一暴走した場合の被害が〈地〉〈水〉〈火〉〈風〉の四大魔術とは比べ物にならないので、魔術師ギルドや魔法学校においても『禁呪指定』として攻撃魔術の開発・研究が表向き禁じられています。

私のこの『 月落し(ルナテック・コンプレッション) 』に関しても、もともとは重量軽減魔法として開発したものですが、こうして立派に攻撃魔法としても使用できるのですから、どれだけ危険かわかろうというものです。

ちなみに〈空〉系の魔術が唯一、学べるのは工芸ギルドくらいですが、こちらでは『空間収納鞄』の作成にのみ利用されていて、攻撃魔術としての技能はまったく教えられません。

まあ、考えるまでもなくわざわざ〈空〉の攻撃魔術を開発しなくても、使える素養を持った分母が多くバリエーションが豊富な四大魔術で攻撃魔術を開発・研究した方が生産的ですし、『空間収納鞄』を作って販売すれば、素材自体も希少な上に魔晶石もふんだんに使わなければいけないとはいえ、五十キルグーラ程度のものが入るポシェットサイズ一個でも、売値は央都の上級街で庭付き一軒家が買えるほどの価値になります。堅実なお金儲けに従事するのが妥当というものでしょう。

そんなわけで私の〈空〉系の魔術は、本当に基礎の基礎をレジーナに学んで以後、誰に教わることもできずに手探り状態で編み出した本当の独学ですので、おそらくはかなり無駄も多くて無茶もしていることでしょう。ちょっとでもしくじれば即座にコントロールを失う結果になるのは火を見るよりも明らかです。断じてここで気を抜くわけにはまいりません。

あと、これは関係ありませんが、いちおう見よう見まねで私も『空間収納鞄』を作ることはできます。

とはいえ、工芸ギルドに所属していない魔法使いが勝手に製作・販売するのは既得権の侵害とか、市場経済の混乱とかでいろいろと面倒なため、一般には卸さないで、身内や知り合い――大量の葡萄酒やメープルシロップを運ぶエルフの里の皆さんや、冒険者として獲物や荷物を運ぶので利用するブルーノやリーン君など――にプレゼントとして渡すだけにしています。

兎にも角にも、最低限“イゴーロナクの足止め”という課題をこなせた私は、背後に立つ コッペリア(ヴィクター博士) に向かって、振り返る余裕もないまま必死に呼びかけました。

「コッペリア! あとどのくらいの時間を稼げばいいの!?」

術解除後、速やかに最低でも五百メルトは離れないと、コッペリアの最終魔導兵器とやらに巻き込まれることになってしまいます。

走っては間に合わないと思うので、フィーアに運んで貰うつもりですが――。

そこへ、コッペリアの平坦な声での返答がありました。

「――システムエラーが発生しました。アクセスが拒否されました……管理者権限により」

「………」

危うく腰砕けになってコントロールをしくじりそうになりながら、現実を認めたくなくて嫌々首だけ振り返って見れば、先ほどの 魔力波動(バイブレーション) の衝撃から回復しないまま、目玉を渦巻模様にグルグル回しているコッペリアの姿が視界に入ります。

「――こ……こ……このポンコツーっ!!」

私の少々品のない罵声はこの場合、誰が聞いても正統な怒りだと同意を得られるでしょう。

「信じるんじゃなかった信じるんじゃなかった。……これだから『馬鹿は隣の火事より怖い』って言うのよ!」

泣いても嘆いても時計の針は巻き戻りません。

と――。

私の精神が不安定になったせいか、長時間の魔術の行使でいよいよ魔力が尽きかけているのか、目に見えて重力場が衰えてきました。

『………』

先ほどまで呻き声をあげていたイゴーロナクも無言になり、気のせいでしょうか、ジリジリと身体を持ち上げ始めたように見えます。

魔力は枯渇する寸前。

使える手はすべて使い切った後。

肝心の切り札はポンコツ。

「……終わったわ」

見事な役満でリーチが掛かった状態に、洒落抜きで目の前が真っ暗になりました。

諦めて辞世の句でも詠もうと、 魔法杖(スタッフ) を下ろそうとした――その時、

「左上六十度チョ――ップ!」

不意に林の中から飛び出してきた小柄な人影――別れた時の普段着姿のエレンが、走ってきた勢いのままコッペリアの頭に手刀を叩き込んだのでした。

ガン! という音とともに変な角度で首が曲がったコッペリアですが、はっと我に返った表情で瞬きを繰り返し、「――お?」両手で無理やり自分の首を直しました。

「儂はいったい……?」

「話は後よ! いいからさっさと自分の仕事しなさい! この駄目メイド……略して駄メイド!」

エレンから頭ごなしに発破をかけられ、自分の役割を思い出したのでしょう。

「おおおおっ、そうじゃったそうじゃた!」

無理やり『 月落し(ルナテック・コンプレッション) 』を破ろうとするイゴーロナクに向かい合いました。

幸いまだぎりぎり重力場はイゴーロナクを圧し留めていますが、それもあとどれくらい持つか不明です。

「エレン、どうしてこの場に!?」

「勿論、ジル様をお助けする為です!」

打てば響くようなお返事は結構なのですけれど、具体的にどうやってあの蓑虫状態から脱したのかとか。ルークが止めなかったのかとか聞きたかったのですけど。

そこへ少し遅れて、ルークが荒い息を吐きながら現れました。

「はあはあ……すみません、ジル。隠していたナイフでローブと縄を切られて、止めようとしたんですけど、『止めたらこの場で首を掻っ切って死にます!』と啖呵を切られて止められませんでした」

心底申し訳なさそうに、俯いてボソボソと弁明をします。対照的にエレンは悪びれた様子もなく、堂々と胸を張っています。

「――ジルだって?」

「なんと、お主はクララ様ではなくてジルなのか!?」

「やはりそうですか。なんとなく匂いが似ていると思いました」

さらに続けざま感想を口に出しながら現れたのは、セラヴィ、リーゼロッテ、ヴィオラの三人でした。

「な、な、なんで……??」

急展開に思わず酸欠の金魚のように口をパクパクさせながら、ようやくそう搾り出すと、代表してリーゼロッテが軽く肩を竦めて、視線をルークとエレンの方へ巡らせながら答えました。

「なぜと言われてもな。おぬしと一緒にいなくなった筈のこのメイドと、ルーカス公子のふたりが血相を変えて林の中へ飛び込んで行ったので、もしやと思って跡をつけてみたのだが……いや、驚いたぞ」

本気で驚嘆しているらしいリーゼロッテと、妙に嬉しげなヴィオラ(とびきりの美少女を前にしたナンパ師の目ですわね)、そして何を考えているのか妙に冷徹な目で私を見ているセラヴィを前に、私は用意しておいた言い訳を口にしました。

「な、なんのことかしら。見ての通り、私は通りすがりの平凡な退魔師ですわ」

そして目を合わせないように視線を逸らせて、吹けない口笛を吹く真似をします(前世では吹けていたのに、なぜか現世では吹けないんですよね)。

「「「…………」」」

私の完璧な反論を受けて黙り込んだ三人は、無言のままお互いに目配せし合って、同時に肩を竦めました。

「完全にジルであるな」

「ジル以外の何者でもありませんね」

「むしろこれがクララ様だというのは冒涜だな」

どういうわけでしょう。一瞬で見破られてしまいました!?

ふと見ると、ルークとエレン、心なしかフィーアまで困ったような顔で肩を落としています。

と言うか、もう隣でコッペリアがカウントダウンしているのに、こんな爆心地近くで揉めてる場合じゃないのに!

焦りと混乱からついに私の集中が切れて、術が破られたのでした。