軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

死霊騎士の慨嘆と人形の秘密兵器

(ふむ……)

大人ふたりが手を回してようやく届きそうな、幹の太さの大木をへし折ったところで、慣性が止まった彼は、大の字に寝転びながら夜空を見上げた。

間伐という概念がない森の木は枝が伸び放題で、ろくに夜空が見えやしない。

本来なら夜の森の主役である禽獣の類も、この騒ぎを聞きつけて遥か遠くに逃げたか巣穴に閉じ篭っているのか鳴き声ひとつなく、森閑とした静寂と夜風が漂っているだけであった。

たまに遠くから聞こえてくるのは剣戟の音と、魂たぎる戦士たちの叫び声。

(思えば我……我らの傍にはいつも戦いがあったな)

故国の空を思い出しながら、彼は胸の奥で慨嘆する。

逆境と言うのも生温い故国での戦いの日々に比べれば、この地での小競り合いなど子猫の喧嘩も同然である。

(いや、武人たるものが戦いを前にして『この程度』などと見下すのは増上慢もはなはだしい。ましてここは間違いなく戦場である。戦場に赴いて気を抜くなど武人としてあるまじき失態である!)

少々気が緩みすぎではないか。そもそも仮初めとはいえ己の主と認めたあの少女――脆弱な人の身である彼女は果たして無事であろうか?

忸怩たる思いで再び夜空を見上げる彼であった。

本来であれば、あの程度の小物など斃すのに造作もない。

魂魄の残滓すらこの世に残さず滅殺することも可能――というか、彼の戦い方は真正面から力任せに圧倒し、調伏するだけの一辺倒であり、搦め手や小細工など面倒なことは一切しない……できないゆえに、この場に留まるしかなかった。実に歯がゆいことだが、約束であるので仕方がない。

◆ ◇ ◆ ◇

「馬鹿は隣の火事より怖いって言うけど、ろくすっぽ掃除してないじゃないか! なにやってるんだろうね、あのブタクサは!」

庵の窓という窓を全開にして使役魔術で掃除用具を縦横無尽に働かせながら、レジーナは足元に護衛役の真綾……いや、マーヤを待機させたまま愛用のアームチェアに座って、綺麗に雑草が刈り取られた猫の額ほどの庭で、香茶片手に優雅にティータイムと洒落込んでいた。

相変わらずの伝法な口調に、彼はここにいない少女を気の毒に思って擁護する。

「いやいや、魔女殿。ジル殿はよくやっておりますぞ。半年に一度は結界の設置と、住居の掃除など。それと近隣の村人やエルフに話をつけて、この庵と周辺環境の保全にも努めておりますからな」

たいした距離ではないとはいえ 闇の森(テネブラエ・ネムス) に足を踏み入れて、獣道とも言えないような道を通ってここまでこなければならないのだ、一応、その際には彼自身も護衛につくとはいえ一般人の村人では命懸けだろう。

途端、レジーナが金壷眼を吊り上げて、彼を一瞥する。

「あたしが文句言ってるのは、アンタも含まれているだけどね! だいたいなんだい、この庭やあのブタクサが作っていた畑に生えていた変な植物は!? さっき見たら 小鬼(ゴブリン) が丸ごと喰われて消化されかかってたよ!」

ああ、さきほど庭一面を魔法で焼畑していたのはそんな理由があるのか、と腑に落ちた彼は重々しく頷いた。

「自然の摂理でありましょうな。よくあることです」

「あるわきゃないだろうが! このデクノボー! ウスラトンカチが! アンタがうすらうすら歩いているせいで、このあたりの魔力や鬼気が変になってたんだよ! うちの庭をダンジョンにする気かい!?」

「とは言われても」彼は首を捻った。

「某はこの地の守護を委任されている身、ならばこそ忙しい公務の合間を縫って見回りをするのもまた職務であり、個人的にも 吝(やぶさ) かでないと言うもの」

「アンタが良くてもこっちが問題ありまくりなんだよ、このウスラ馬鹿!」

顔一杯を口にして悪態をつくレジーナ。

「ったく。何が気に入ったんだか知らないけどね。アンタもあのブタクサを過保護に甘やかすんじゃないよ。アレはいろいろと厄介なもん背負い込んでいるけど、いつまでも誰かが手を貸してたら、自分の足で歩く時に背中の荷物で潰れちまう。そうならないように、あえて手を放すのも親切ってもんさ」

鼻を鳴らしてのその言葉に、彼は微かに笑いを浮かべながらレジーナの顔を見た。

「ほほう、親心ですな。とはいえ仄聞するに、魔女殿も陰ひなたにジル殿を――」

「けっ――。気持ちの悪い顔を余計に気持ち悪くするんじゃないよ!」

癇癪を起こしたレジーナの操る箒とチリトリが宙を飛んで、集めた 塵芥(ゴミ) を彼の頭からぶちまける。

「とにかく。そろそろ一人立ちできるよう、アンタも余計な手出しは無用だよ!」

◆ ◇ ◆ ◇

「そういうことで、これ以後は余計な手出しは無用だよ。――ま、アレもいい塩梅に弱体化してるし、たぶん大丈夫だとは思うけど」

「しかしながら……」

「あの娘は真っ直ぐだけど、根本のところで変な歪みがあるからねぇ。思うに母親の影響が大だね。だから、これを乗り越えられるか否かで、いい試金石になるよ」

さすがに荷が勝ちすぎるのでは? と反論しかけた言葉を飲み込んで、彼は無言のまま思いがけない場所で、束の間の再会を果たした己の 命主(めいしゅ) へと深々と頭を下げた。

「……すべては御心のままに」

「じゃあ頼んだよ、 鬼灯(ほおずき) 」

◆ ◇ ◆ ◇

イゴーロナクがその隻腕を一振りすると、左手の爪が鋭利な刀のように伸びました。

『聖女よ、その虚飾を剥ぎ落として、貴様の真実の』

「“天鈴よ、 永久(とこしえ) のしらべ持て不浄なる魂を冥土へと送還せよ”――“ 浄化の光炎(ピュリファイ) ”」

『ぐはっ!』

口上が終わらない内に、速攻で浄化を叩き込みます。

『――貴様ッ』

黄金の炎に炙られた後でも、割とぴんぴんしているイゴーロナク。

さすがは〈 不死者の王(ノーライフキング) 〉。そこいらのアンデッドとは格が違います。

「 浄化の光炎(ピュリファイ) ! 浄化の光炎(ピュリファイ) ! 浄化の光炎(ピュリファイ) !」

『ぐはっ、ぐほっ、ぐふううう……!』

なので速攻で片をつけるべく、『 浄化の光炎(ピュリファイ) 』を連射しました。

ちなみに先ほどまでアンデッド相手にしていた際には、『 星華の宝冠(ティアラ) 』の力で効果範囲を広げて、その分一度に複数を浄化していました。

拡散した分、一体あたりへの効果は薄くなりましたけど、もとが低レベルな『死人草』に寄生されたアンデッドなので問題なかったわけですけれど、さすがにこの相手に手加減できる余地がないので、今度は逆に威力を収束させ、単体のみに効果が表れるよう調整してあります。

コッペリア(ヴィクター博士) によれば、二~三発も当てれば〈 屍王(リッチ) 〉クラスでも完全消滅に近いダメージを与えられる……とのことですけれど。

『いい加減にせんか! こんな貧弱な攻撃が効くわけがあるまい!』

そう嘯くイゴーロナクですが、黒衣の端や体のところどころが切れて結構ボロボロになっているような気がします。

「効いとる効いとる。奴め、びびっとるぞ」

コッペリアがそう耳打ちしてきますけれど、これ致命傷を与えられるまでどれだけ『 浄化の光炎(ピュリファイ) 』を打ち込めばいいのでしょうか。

確実にその前に私の魔力が切れそうな気がします。

「うおおおおおおおおおっ、クララ様に続け――っ!!」

そこへ満を持して冒険者や兵士、 祓魔師(エクソシスト) 、 教導官(メンター) が一斉に攻撃を開始しました。

魔力で強化された剣や槍、精霊術の篭った矢、投げナイフ。さらには飛び散る電撃、光線、風刃、火球、氷弾などの必殺技。一見、タコ殴り状態ですけれど……。

「所詮、物理攻撃ではさほどの効果はないじゃろうな」

巻き添えにならないように私と一緒に後退した コッペリア(ヴィクター博士) が、閃光や爆発、砂煙に眉をしかめながら、憎々しげな口調で吐き捨てました。

「では、私の浄化が唯一の突破口というのは変わらないわけですね。――四つに組むには、かなり分の悪い賭けのような気も致しますが」

彼我の戦力差を勘案しての私からの弱気とも思える発言に、意外にもコッペリアは素直に頷き返しました。

「だろうな。さすがにお前さんが人間離れしていても、相手はすでに 物質(アッシャー) 界から 形成(イェツィラー) 界へと存在核を半ば位相させておる正真正銘のバケモノ。手古摺るのは織り込み済みじゃ」

物分りが良いのはいいことですが、なにげに私もバケモノ扱いされているような……?

「だがしかし、通常の〈地〉〈水〉〈火〉〈風〉の四大魔術は効果がないにしても、さらにその上位に位置する〈空〉と〈識〉魔術なら、たとえ相手が霊体や幽体だとしても十分な効果が得られる!」

ちなみに私が使う治癒魔術は系統的に〈識〉の魔術と言われています。そして〈空〉の方は普段使っている『 収納(クローズ) 』の魔術がこれに当たります。

「〈空〉ですの? 一応は使えますけど、攻撃魔術は何一つ習得しておりませんわ」

習得しないというか、〈空〉関係の攻撃魔術は禁呪指定ですので、よほどの魔術の権威か古代魔術を使える司祭か、軍関係の最高機密扱いで、私のような一般ピープルは最初から学びようがないのですが。

「儂は使える。――いや、正確にはこのボディに装備されている唯一の兵装として、いざという時のために温存しておるんじゃ!」

そう言って胸を張るコッペリア。

ロケットパンチは武器ではないのでしょうか?

「くっくっくっくっ。目に物見せてくれるわ、イゴールめ。儂の研究を奪い、儂を殺し、儂の目の前でとっかえひっかえ女を食いまくっていた恨み、いまこそ晴らしてくれる!!」

最後、本音が駄々漏れです。

「この最終魔導兵器を使えば、直径一キルメルトはすべて虚無へと呑み込まれるだろう! 誰も助からん。断言する!」

「そんな物騒なモノ、こんな場所で使わないでください!!」

即座にツッコミを入れると、 コッペリア(ヴィクター博士) は腕組みして首肯しました。

「うむ。これを使うには相手を最低でも一分間は足止めして、座標を指定せんと使えんからな。使おうにも使えんわい。ちなみにもともとは二次元の嫁を三次元に実体化させる技術だったのじゃが、なぜか兵器になってしもうた」

「そんな生々しい裏話はどうでもいいですわ! とにかく、この場からイゴーロナクを引き離して人気のない場所まで誘導しますので、その上でどうにか動きを止めて、その秘密兵器を使ってください」

その言葉が終わらない内に、イゴーロナクの眼光が輝き、その凶眼に射竦められた冒険者や兵士たちが、再び生気を失ってその場へバタバタと昏倒しました。

「――くっ!」

私も一瞬ひやりとしましたけれど、この『 聖天使(サンタンジェロ) の 聖衣(ローブ) 』のお陰でさほど影響は受けることなく、その場から即座に身を翻すことができました。

「“ 火弾(ナパーム) ”」

効果がないのは実証済みですが、牽制と派手な炎で相手の注意を引くために『 火弾(ナパーム) 』を連発しつつ、私はコッペリアを伴って教会の敷地から林の中へと逃げ込みます。

『――ふん。なにか狙っているな? だが、いまのお前に何ができる』

黒衣の下に足があって走っているのか、それとも宙に浮いているのかはわかりませんけれど、悠然としながらも私と同等以上の速度でイゴーロナクが追いすがってきました。

「 火弾(ナパーム) 、 火弾(ナパーム) 、 火弾(ナパーム) 、 火弾(ナパーム) 、 浄化の光炎(ピュリファイ) 」

『 滅穢土(メギド) 』

飛んでくる 火弾(ナパーム) を振り払いもしないで、無頓着に向かってくるイゴーロナク。

思わず 浄化の光炎(ピュリファイ) を織り交ぜて放ったところ、イゴーロナクは対抗するように左掌の上に黒い炎を生み出して、それを 浄化の光炎(ピュリファイ) にぶつけて対消滅させました。

『 滅穢土(メギド) 』

「いかん、避けろ!」

イゴーロナクの手から黒い炎が火炎放射のように、一直線にこちらに向かって突き進んでくるのと、コッペリアの切迫した叫びが放たれたのはほぼ同時でした。

咄嗟に林の下草の中へ転がるように逃げ込んだ瞬間、頭の上を黒い炎が通り過ぎ、それに触れた木々が一瞬にして腐り落ち、軒並みへし折れ……そして、地面に落ちる前に粉々に崩れ落ちるのが、夜目にも鮮やかに目に映ります。

『逃がさん。―― 滅穢土(メギド) 』

「――げっ!?」

幸い林に分厚く積もった腐葉土のお陰で私は怪我ひとつ負いませんでしたけれど、そこへ追撃として黒炎が如雨露で水を撒くように放たれます。

――こんなもの、躱しようがないじゃない!!

顔を引き攣らせながら林の中を逃げ回る私――と、ついでにコッペリア。

『これで決まりだ。―― 滅穢土(メギド) !』

一際巨大な黒炎があたり一帯を覆いつくし、炎が晴れた後には生き物の姿がまったくない、汚染された大地がぽかりと口を開けていました。

『……やったか。いささか拍子抜けだが……』

これで生き延びられた筈はない。

と、そう呟いて踵を返したイゴーロナクの無防備な背中に、

「 浄化の光炎(ピュリファイ) !」

思いっきり収束させた私の浄化が炸裂しました。

『ぐあああああっ!』

これまでにない手応えで苦痛の叫びをあげたイゴーロナクが、射線からこちらの位置を割り出して、

『 滅穢土(メギド) 』

迎撃の黒炎を放ちましたけれど――。

「なんの! ―― 浄化の光炎(ピュリファイ) !」

前面に構えた 丈夫な盾(、、、) の表面で、黒炎が無駄に散るのを確認しながら放ったカウンター気味の私の 浄化の光炎(ピュリファイ) が再びイゴーロナクに着弾して仰け反らせます。

『ば、馬鹿などうやっ……』

闇を透かして見るイゴーロナクの視線が、私が無属性魔法で前面に構えた盾をとらえて愕然としました。

「――ふっ。この無闇矢鱈と丈夫な盾を突破できるものならやってみればいかがですか?」

目の前に聳え立つ盾――相変わらず魂が抜けっ放しの巨大な 死霊騎士(デス・ナイト) ――バルトロメイを前にして、絶句するイゴーロナク。

「……お前、人間としてどうなんじゃ、これは」

しっかり私の背後の安全地帯に避難しながら、苦言を呈する コッペリア(ヴィクター博士) 。

「しかたがありませんわ。戦いを前にヒューマニズムなど無用! バルトロメイも意識があるなら、武人として本望だと言ったに違いありません!」

「そうかのぉ……?」

首を傾げる コッペリア(ヴィクター博士) と、バルトロメイ本人が不本意そうな顔をしているように感じたのは、たぶん私の気のせいでしょう。