軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「皆さん、落ち着いて避難を!」

竜騎士団の指示が飛ぶ。だが受験生の混乱は、そのまま広場にいる住民にまで伝播した。

悲鳴と怒号があがり、押し合いながら人が走り出す。そのせいで竜騎士の指示もかき消されてしまう。

「おい、隊長どうする――ってやっぱりか!」

ジークの叫びを背後にジルは駆け出す。

苛立っているのか、竜はだんだんと足踏みを繰り返し、そのたびに地面がゆれた。目の前で転んだ竜騎士めがけて、その足を踏みおろそうとする。

間一髪、ジークが大剣で受け止め、その下に滑り込んだジルは竜騎士を抱いて抜け出した。

「大丈夫ですか」

「あ、ああ。君は」

「いいから、住民の避難誘導を! 南側の通りはあいてますからそちらに!」

皆が一斉に逃げ出したせいで、東西の大通りが詰まっている。ぐるりと竜が向きを変えてジルを見た。迷わず竜騎士の腰から長剣を奪う。

(くそ、重い。魔力があればこんな小さな竜、顎に一発拳を入れれば終わるのに)

だが扱えないほどではない。使える魔力を腕の筋肉と足裏にだけ集中させてかまえる。

そんなジルを竜が見おろした。敵と認識されたらしい。

「君、無理だ! 竜の鱗にただの剣はきかない!」

「いいからさがれ、邪魔だ!」

怒鳴ったジルに気圧されたのか、竜騎士がこくこく頷く。

小さな竜といっても、二階建ての家屋よりは高い。がっと竜が炎を吐いた。それをよけてジルは走る。狙うのは柔らかい腹と、足の内側だ。

「ジーク、援護しろ!」

「了解した!」

ジルを踏み潰そうと足を振り上げた竜の前に、ジークが躍り出る。魔力も使えないくせに、度胸のよさは変わらない。

竜の意識がジークに移った隙に、ジルは竜の懐に入り込んで、後ろ脚を斬り付ける。魔力も腕力も足りないせいで、切り傷程度にしかならない。

だが竜を驚かせるには十分だった。巨体がよろめき、踏ん張るために後ろ脚が石畳が崩れるほど踏みつけられる。それをかろうじてよけたものの、地面のゆれに体勢をくずし、尻餅をついたジル目がけて、竜の尻尾を振り下ろされる。

「隊長!」

よけられない、なら受け止めるしかない。今使えるだけのありったけの魔力を使ってだ。

だが剣を握ったその直後、竜が硬直した。

「……え?」

「そこまでだ、試験終了!」

涼やかな女性の声が響く。

力が抜けたように竜がその場でへなへなと崩れ落ちる。ゆっくり落ちてきた尻尾につぶされたジルは、這って出た。

「おい、無事か!」

「は、はい」

ジークの手を借りて、立ち上がる。そこに影がかかった。また竜だ。

ただし、今度は人が乗っている。

宙に留まる竜に乗ったまま、さきほどと同じ声が降ってきた。

「素晴らしい動きだった。子どもとは思えないな。そこの君も、魔力もなしに竜と戦うその度量も力も申し分ない」

「……」

「君達は合格だ。他にも何人かいい働きを見せてくれた。いつもとは違う、臨時の入団試験だったが、今回はなかなか豊作かもしれない」

「どういうことだよ」

「……通行止めから全部、試験だったということですよ」

嘆息と一緒に答えたジルに、ジークが眉をひそめる。

ジルの答えを裏付けるように、竜騎士団は先ほどの混乱が嘘のように、てきぱきと指示を出し始めている。ジークとジルが助け出した竜騎士には目が合うなり親指を立てられた。

避難したはずの住民も早々に戻ってきて、広場をのぞき見ている。住民もぐるなのだ。

「つまり全部演技かよ!? 噴水は!?」

「近々取り壊し予定だったので、試験ついでに潰しておこうと思ってな」

「じゃあ暴れてた竜は!?」

「我が竜騎士団の竜だ」

ジークが唸って、しゃがみこむ。

「そういや、竜騎士団と受験生にしか襲いかかってなかったな……」

「賢い子だろう。だがここまで命じるには、相当の信頼関係と訓練がいる。見習いは真似しようとするな。まずは襲いかかられないようにしなければ」

「……硬直したのも?」

ジルの質問に、逆光で顔が見えない竜上の女性が不思議そうに反覆した。

「硬直した? この子が? ふむ、どこか体調が悪いのかもしれないな」

「……あの、あなたは?」

「ああ、自己紹介が遅れた」

ひらりと、竜の鞍から軽やかに女性が飛び降りた。

心得たように竜が飛んでいき、柔らかい風が舞う。長い銀髪をうしろに払い、黒の瞳がまっすぐジルを見据えた。騎士団の制服を着ているが、マントは深紅。

ラーヴェ皇族のみに許される禁色だ。

「私はエリンツィア・テオス・ラーヴェ。ラーヴェ帝国皇女だ」

それはかつての未来で自死した敵国の皇女。

苦い初陣の思い出が一気に蘇った。だが、今はまだ違う。その証左のように、彼女も生きて笑っている。

「ノイトラール次期公爵と名乗ったほうがわかりやすいかな? 半月前からここの竜騎士団を取り仕切っている。よろしく」

皇女だというのにエリンツィアは気さくに手を差し出した。

動揺も未来もすべて呑みこんで、ジルはその手を握り返す。

「よろしくお願いします」

もしやり直せるなら、彼女は今度こそ、ハディスの助けの手を拒まず、味方になってくれるだろうか。

(そうだ、やっぱりさっきのは陛下――)

そこでふと、思い出した。

「わたしのお弁当!」

背負っていた鞄を急いであける。

そしてハディスのお手製三段重ねサンドの惨状を目の当たりにしたジルは、まるで不合格者のようにその場に崩れ落ちた。