軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35

「ねえ、いつまでここに隠れるつもりなの」

「そもそもなんで隠れてるんだよ、俺たちは」

「コケッ」

「いいから静かにしろ、儂だって好きでやってるわけではない」

本当だろうか。

会談の始まりを確認するなり、ロルフは厩舎から無断で馬を連れだし途中まで走らせたと思ったら、馬だけをそのまま走らせて迂回して軍港に引き返してきたのだ。そして人目をさけながら意味深に案内されたのが、この荷箱の中である。最初は冗談かと思った。

とにかく入れと詰め込まれて、もう数時間たとうとしている。船が動く気配も一切ない。船に積まれた中で一番大きくて深めのものとはいえ、所詮、荷箱だ。馬鹿でかいジークと細身でもきっちり鍛えているカミラの成人男性ふたりに加え、振る舞いより若いロルフもいる。加えて刺激を与えたら暴れるぬいぐるみと立派な鶏まで入っていたら当然、狭い。そろそろ身体のあちこちが痛くなってきた。

「ねえ、言い加減会談も終わったんじゃ――」

「しっ」

箱の中から蓋を頭で持ち上げるようにして外をうかがっていたロルフに、頭を押さえ込まれた。ソテーが「ウゲェ」と潰れたような声を出す。

こつこつと足音が、こちらに近づいてくる。ひとり分だが、何かをさがしているように音が前後する。船底に近いこの貨物室にやってくる人間はこれまでひとりもいなかった。

ゆるんだ空気が緊張する。

足音が、荷箱の横で鳴った。木の荷箱の隙間から、ゆれる赤の布地が見える。外套だ。ラーヴェ帝国で赤を身にまとえる間は、ラーヴェ皇族に限られているが、誰だろう。

こん、と荷箱の上のふたを軽く叩かれた。叩扉のように。

「竜妃殿下は帝都に転移したようです」

ゆっくりと息を呑む。説明もだが、何より聞き覚えのある声に警戒心が増した。ジークはそっと、カミラの腰に刺さった短剣を引き抜いていた。

「ご連絡をいただいたときはなんの冗談かと思いましたが、さすがです。見事に先を読み切りましたね。約束の品はこちらに置いておきます。行き先はできるだけ帝都ラーエルムの近くに設定しておきました。他にも色々お話したいですが、私も早く戻らなければなりません」

「竜妃を転移させたのは、竜帝か?」

「そのようですね。そうそう、もうひとつ。あなた方、竜妃の騎士たちには今、捕縛命令が出ているようですよ」

身を浮かしかけるのを、なんとかこらえた。だがロルフは、ほっとしたような、憐れむような目で笑っている。

「……もう少しうまく立ち回らんか、馬鹿竜妃が」

「面白すぎるので情報をおまけしておきます。捕縛命令を出したのはヴィッセル皇太子殿下、指揮を執ってるのはエリンツィア殿下。リステアード殿下も竜帝の補佐としてクレイトス側との具体的な交渉に入る準備をしています。それに加えて、女神とその器、あのクソ狸までいますね。我々がいうのもなんですが――最悪ですよお! あーおかしい。いやもう、頑張ってくださいとしか。心の底から応援してます! だって今まで味方につけた人間、全部敵にまわしちゃって! さすが神、関わるとろくなことがない! フレー! フレー! 人間!」

癖で背中の矢筒を取ろうとしてしまったが、今はなかった。ハディスぐまの下敷きになっている。今すぐ飛び出してこの話の主の額に鏃を突き刺してやりたいのに。

「案ずるな、お前らも使ってやる」

「女神と竜神を斃す覚悟ができたならいつでもお声がけください。竜妃殿下にも――いえ、もう竜妃ではないのかな? まあ、よろしくお伝えください。入団希望はいつでも受け付けていますよ。それでは、ご武運を」

「初めて見た竜神はどうだった」

立ち去ろうとしていた足音が、一瞬止まった。

「まったく威厳がなかったです」

どんな感情の感想なのか、まったく想像できなかった。足音が遠ざかって、また静かになる。

数秒耳をすませてから、カミラは蓋をぶち破る勢いで立ち、今度こそ弓をつがえた。

がんがんと、蓋が音を立てて落ちる。

「説明しろや、このジジイ! 何があったんだよ!」

「さすがに笑えんぞ、今のはアルカの奴だろ」

ジークも立ち、短剣を持っている。箱の中に座ったまま、ロルフは怪訝な顔をした。

「聞いたとおりじゃろうが」

「だからわっかんねえっていっつも言ってんだろうが、なんでっ――なんでジルちゃんが陛下の敵みたい話になってんのよ!?」

「そりゃ、竜帝のやることに反対したからじゃろ」

よっこいしょと緩慢な動作で立ち上がったロルフが、荷箱の外に出て、転がった蓋の下をまさぐる。

「竜神を助ける方法なんぞ、なかったらよかったんじゃよ。お前らもそう思うじゃろ。その他大勢のために竜帝が竜神を見捨ててくれれば、大団円。話は終わりじゃ」

脳裏に浮かぶのは、ずっと神様を見つめていたハディスの姿だ。

それしか生きる術を持たないみたいに、佇んでいる。親の帰りをずっと待つ、子どもの眼差し。

「……それは……陛下が可哀想よ……」

「そうさな。ぴよぴよもそうなんじゃろう。本当に竜帝が好きだから」

カミラの手から、力が抜ける。ジークが顔をしかめた。

「だが生きてればそういう行き違いなんぞ、いくらでも起こる。――で、どうする。お前らは」

それでも、答えは決まっている。

「ジルちゃんを助けにいくわ」

「んで、陛下は一発ぶん殴る」

命をかけて助けにいく、そんな夢まで見るほどに、自分たちには迷いがない。

「じゃあ、あとは竜妃の――あのぴよぴよの覚悟次第じゃのお」

ロルフが振り向く。その手には、クレイトスが開発した携帯用の転送装置があった。