軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27

勘のいいカミラとジークも逃げ出したジルに遅れずついてきて、距離をかせいでからぼやく。

「大丈夫かしら。あのふたりこそ、暴れ出したら手がつけられなくない?」

「クリス兄様は困ったらすぐに引きこもるし、エリンツィア殿下は仕事ができるひとなので大丈夫だと信じます!」

「願望じゃねーか」

軍港から街中に入ったので、歩調をゆるめて尋ねる。

「それより、ロルフはどうした?」

「ここにおるが」

頭上から声が聞こえて、振り向いた。軍港と街を仕切る壁の上に立ち、ロルフが逆光を背にしてこちらを見おろしている。相変わらず気配を悟らせない人物だ。ジルは呆れた。

「たまには普通に出てこれないのか、お前……ソテーもいるのか」

ひょっこりロルフのうしろからソテーが顔を出す。最近、レアがローの面倒をみているので、ロルフの面倒を引き受けることにでもしたのだろうか。

「普通じゃろ、ここで待ってたんじゃから。竜妃、そこのふたりを借りるぞ。ついてこい。話がある」

カミラが自分を指さし、ジークが顔をしかめる。ロルフが頷いた。

「さっさとせい。あとこの鶏も借りとくからな。くまのぬいぐるみもいただいていくぞ」

「どういうことだ? ちゃんと説明しろ、ロルフ」

「お前は今は竜帝のそばにいてやれ。会談は明日じゃろ」

ぱちりとジルはまばたく。そんな気遣いをロルフがみせると思っていなかった。

「どうせ明日には色々わかるんじゃ。のんびりすごしておけ」

「……いいのか?」

「いいも何も、それが今のお前の仕事だ。儂らは儂らの仕事がある。はよいけ」

しっしっと追い払うようにロルフに手で払う仕草をされても、いいのか迷う。ロルフがさりげなく付け足した。

「どうせ竜帝は大広間じゃろ。お前がそばにいないと、女神が何かしてくるかもしれんぞ」

「! そうだな、いってくる!」

急いでジルは駆け出す。

走って近道をして壁も飛び越えると、すぐにベイル城までたどり着いた。うっすら虹が架かったように見えるのは、大広間にハディスが張った結界だ。

どこにいるかなんて、さがさなくてもわかる。

「へーいかー!」

ハディスの結界はジルを阻まない。壊れかけた建物の隙間から中へと入る。クレイトスの出迎えもあり人手がたりないので、結界を張ったのだ。だから、今日は大広間に誰もいない。ハディスはひとりきり、やはり水晶の大樹の根元で、ラーヴェを見あげていた。

ここ数日、毎日見るその姿は、祈っているみたいだ。

ぐっと胸にきた衝動そのままに、ジルはハディスの腰めがけて突撃する。つんのめったハディスが驚いた声をあげた。久しぶりに聞いた気がする。

「び、びっくりした。あぶないでしょ、ジル」

「なんにもきてませんか、陛下! 女神とか女王とか女神とか女王とか!」

ぱちぱちまばたいたあと、ハディスが苦笑いを浮かべる。

「きてないよ、大丈夫。もう着いたんだ? クレイトス」

「きましたよ! ものすごくむかつきました! でも平気です」

首をかしげるハディスの前で、ジルはふっと髪をうしろに振り払ってみせる。

「わたしだって会談を一度経験してます。挑発にのったりしませんから」

「そ、そう……?」

「それに、陛下はわたしのものですからね。その辺、わからせてやりますよ! いいですか陛下!」

拳を握って、ハディスの真正面に立つ。

「女王とも女神とも目を合わせない、顔も見ない! 話さない! なんなら耳もふさぐ!」

「会談になる? それ」

「ロレンスが話すんだから会談になりますよ! とにかく女王や女神と関わらない! あとはあとはあとは――今日はわたしと一緒に寝る!」

目をまるくしたハディスの腰に、今度は正面から抱きついた。

「明日は会談ですけど、陛下の誕生日だって、わたしは忘れてませんよ」

ああ、と吐息のような相づちをハディスが漏らす。きっと忘れていたのだろう。

「日付けが変わったら、わたしがいちばんに、おめでとうを言うんです」

きっとラーヴェが毎年していたことを、かわりに――なんて口に出せないけれど。

「……ラーヴェがね」

心を読まれたのかと思って顔をあげると、ハディスはこちらを見ていなかった。

「小さい頃、誕生日ケーキを作ってくれたんだ。ケーキっていうか、マフィン? 最初は甘くなくて、パンみたいだった。生地も全然柔らかくなくて、ちょっと焦げてて、ぺしゃんこだったよ。これがケーキだって言い張られて、僕、実はケーキって物語にあるのと違って甘くないんだって、ちょっと信じかけた」

でもやっぱりあやしいと思ってお菓子作りも覚えた、とハディスはひとりで笑った。

「ただ嘘つきって言ったら、ラーヴェもむきになってさ。これが竜神様のケーキだって、毎年作るんだよ。最初よりふくらむようになったし焦げなくなったけど、やっぱり甘くないマフィン。だからジャムとかクリームとか、僕も毎年用意して……でも、一個だけなんだ。材料がたくさん使えるようになっても自分の分は作らないんだよ。誕生日の朝、いつも一個だけ置いてあって……これは僕のための世界でひとつだけだからって、甘くないマフィンを、一個だけ」

ラーヴェを見ている。祈るみたいな瞳で。

「もう僕のほうがうまいんだからそろそろやめるって……いつかはお嫁さんに用意してもらえって、言ってたけど」

「わたしはだめですよ、作れません」

ハディスが、こちらを向いた。ジルはにっこりと笑った。

「ちゃんとラーヴェ様に作ってもらいましょう。わたしも食べたいです。さすがに明日の朝は無理ですけど……つまり、ラーヴェ様は寝坊ですね」

「寝坊……」

「ラーヴェ様、よくぐうたらしてるじゃないですか。だから、明後日でも、その先でもいいから、絶対に」

小さく小さく、ハディスがうなずいた。ジルはハディスから離れて、胸を張る。

「どうです、今夜はわたしと一緒に寝たくなったでしょ――」

途中で、抱きつかれた。

「なった」

ジルの耳朶を食むようなハディスのささやきに、ひっと声があがりそうになったがこらえて首をかくかくと縦に振る。

「で、ですよ、ね……!」

「じゃあ明日は、なんでも許してくれる?」

「も、もちろんです!」

これで、今夜は女神だって手を出してはこれまい。

なんだか間違ったような気もするが、今更引っ込められず、えいっとジルはハディスの背中に手を回す。ハディスのさらさらの髪が首筋に当たるのがくすぐったくて、どうしてだか恥ずかしかった。