軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16

陛下が転移で姿を消しました、という報告に一拍もおかずリステアードは叫んだ。

「あの馬鹿がーーーーーーーー! 皇帝を、なんだと思って……ッ!」

「おそらくベイル城だと思われますが追いますか、リステアード殿下」

さいわいなのは、ハディスに率いられている兵たちが冷静だということか。ハディスがラーデア事変で率いられた経験があり、いきなり姿を消すというハディスの将としてあるまじき振る舞いにも、全員、騒ぐ様子はない。目から感情を失っているだけである。いや、そのせいでハディスが好き勝手している可能性もある。

「……ハディスはジル嬢がいれば安心だろう。ひとまず指揮はサウス将軍に頼む」

「実は先ほどロルフ殿に引っ張られていきました……」

「竜妃もか! 夫婦そろって帝国軍をなんだと思ってるんだ!」

頭をかきむしったが、ここで自分が冷静さを欠いてはいけない。

「……わかった。僕が指揮をとる。作戦は予定どおりだ」

「よろしいのですか。すでに竜帝陛下と竜妃殿下が作戦を台無しにしておられるような……」

「全員が好き勝手してどうする。作戦どおりの大切さを教えてやらねば……!」

「リステアード殿下!」

「今度はなんだ!」

振り向き、今度は驚きで目を瞠った。

兵に囲まれ、歩いてくる人物の顔をリステアードは知っていた。

昨年、ノイトラールで叔父を倒すため潜伏していたとき。囚われたハディスを救うため姉とも戦う覚悟で竜を飛ばしたとき。

まるで最初から味方だったような顔で、彼はいた。

「お久しぶりです、リステアード殿下」

だが今は、敵だ。

「ロレンス・マートン……なぜここにいる」

ロレンスはひとりだった。馬にも乗らず、兵はもちろん、女王がいる気配もない。武器も持っている様子はなく、ラーヴェ帝国兵に囲まれている。

だが囚われている顔ではない。

「和平をしましょう」

挨拶のような提案にざわめく周囲を手を挙げて制し、リステアードは冷たく返す。

「捕縛しろ」

「いいんですか。俺、女王の使者なんですけど。書状も持ってますよ」

そう言ってここまで堂々とやってきたのか。大した度胸だ。だがリステアードは迷わない。

「捕縛しろ、責任は僕がとる」

ハディスに置いていかれた帝国兵たちが真っ先に動いた。抵抗する素振りもなく、ロレンスは後ろ手で縛られ、両膝を突かされる。

ロレンス・マートンは大した魔力もなく、戦闘においては脅威ではない。

だが、リステアードは知っている。姉の裏切りと叔父の策謀にはめられた自分たちを逃がし、ハディスの救出の策を立てたのはこいつだ。

「今更、和平だと? 何が狙いだ。本気ならなぜ、応戦した」

端的に尋ねたリステアードに、拘束されたロレンスが笑った。

「ロルフ・デ・レールザッツが女王の説得へ向かっている間に、俺はあなたとお話ししたかったんです」

「なぜ僕なんだ」

「あなたはもう、竜帝のあやうさに気づいているからです」

「お前たちが触れ回った夢の話なら、僕はあいにく現実を生きている」

答えたリステアードに、ロレンスは少し皮肉っぽく笑った。

「ええ、現実は今で間違いないですからね」

「ならわかっているだろう。そもそも僕は和平を結べる立場にない。その僕と話してなんになる。それとも、和平というのは口実なのか」

「本気ですよ。ただ物事って順序ってあるでしょう。和平しましょうって言われてかなうときと、かなわないときがあるじゃないですか」

「ベイルブルグを占拠した時点で、クレイトスが和平を申し出ていればよかっただろう」

「受けませんよ、竜帝は。それはリステアード殿下もおわかりのはず。俺を捕虜にするならそれはそれでかまいません。運が悪ければ死ぬのも覚悟してましたし――」

かっと、光の輪のようなものがベイル城を中心に広がった。白銀の魔力が名残のようにきらめいて、終わる。ハディスだろうか。一瞬だけそちらに目を向けて、リステアードは注意深くロレンスの様子をうかがう。

ロレンスは同じものを見て、満足げに微笑んでいた。

「どうやら、生き残れそうです。俺は知ってほしかったんですよ、竜帝に。本当の敵は、女神じゃないんだとね」

「……お前、ハディスに何をしかけた」

「安心してください、竜神ラーヴェは女神の封印に護られている。ただの人間ごときには傷つけられませんよ、今のところはね。――竜帝陛下にこう伝えてください」

ロレンスが下からリステアードを覗きこむ。

「俺と一緒に、竜神ラーヴェを助けましょう」

リステアードは顎を引く。

「お前は女神クレイトスに仕えてるんだろう、何を言い出す」

「もちろん、条件はあります。でも俺は本気ですよ。俺は口先だけで、神様なんて本当は助ける気もない人間とは違うので」

――さあ、お前はどっちだ。

問うてくるロレンスの目に、リステアードは知らず握っていた拳を開き、伝言を伝えるように命じる。そしてロレンスに振り返った。

「もちろん、僕は竜神ラーヴェ様を助けたい人間だ」

「リステアード殿下なら、そう言ってくださると信じてました」

薄く笑うロレンスの目と、見返すリステアードの視線が交差する。

水上都市ベイルブルグを奪還したラーヴェ帝国皇帝ハディス・テオス・ラーヴェ、クレイトス王国に帰還したクレイトス女王フェイリス・デア・クレイトス両名の御名のもと、プラティ大陸全土に休戦命令が公布されたのは、それから間もなくのことだった。