軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11

そろそろ時間だととカミラに呼びかけられて、ジルは急いで天幕から出た。上着に袖を通しながら、案内のために待っているカミラに小走りで駆け寄る。

「陛下は?」

「最前線で、リステアード殿下、エリンツィア殿下のふたりと一緒よ」

本来、ハディスはいちばん奥で控えている人物である。溜め息が出たが、しかたない。ラーヴェを救出するというのに、じっとさせているほうが大変だ。先のベイルブルグの戦闘では他でもない竜神ラーヴェが先陣を切ったわけで、今更でもある。

(リステアード殿下が無茶させないと思うけど)

不安だ。だが、無茶と言えばもうここまで十分、無茶をしている。

ハディスが竜たちからヒューゴの脱走を知らされたのは、ナターリエたちに見送られて帝城に戻った直後だった。当然、ハディスはすぐにノイトラールに戻ると言い出し、ジルは竜妃宮のみんなにお土産を渡しただけで、またマイネに飛び乗ることになった。そして、ヒューゴの報告をローを介して聞き取りながら、行きの半分の時間で戻ったのだ。一応、丸一日の休息があったとはいえ、ノインたちはよくついてきてくれたと思う。

ヒューゴからの報告を受けたあと迅速に作戦が立てられ、その準備が終わる前にノイトラールに戻ってきたジルたちに「やればできる」と頷いていたのは、ノイトラール公ブルーノとエリンツィアだけである。リステアードなど出迎えの第一声が「馬鹿かお前!」だった。作戦立案者のロルフにいたっては「お前らなんぞいないほうが楽だったのに」と言い放った。

とにもかくにも、ベイルブルグ奪還作戦にジルもハディスも間に合ったのである。

「ジークたちは? 逃げてないか、特にロルフ」

竜の鞍がどうした馬の数が等々、慌ただしく飛びかう兵たちの声に負けないよう、ジルは先を歩くカミラに声をかける。作戦開始前の陣内は、とにかく騒々しい。

「おとなしく待機してるわよ。なんか竜に色々指示してたわ」

「……レアの前で変なこと口にしてないだろうな?」

幼いローの番であり竜の女王でもある紫目黒竜のレアは、竜の王への不敬を許さない。

「それはアタシも心配したけど――」

『よいかロー! 復唱だ! 我から離れない!』

「うきゅきゅきゅうきゅきゅい!」

『女神に殴りかからない!』

「……」

『なぜ黙る! なぜそこだけ好戦的なのだ! 本当は戦場に出るのも反対なのだぞ、我の気持ちも考えて――竜妃!』

レアがこちらを向いた。レアの前にいたローがぱっと顔を輝かせ、ジルに駆け寄る。抱っこをせがむ目線を感じ取って、ジルはローを抱き上げた。

「レアを困らせたら駄目だぞ、ロー。奥さんだろう」

「うきゅん?」

なんのこと、と空とぼけた顔に、ジルは青筋を立てた。ローはハディスの心の写しだ。ローがレアを慮らないのは、すなわちハディスがジルを慮らないのと同じである。

「海に投げ捨てられたいか?」

「うきゅーーーーー!」

ジルの手から逃げてきて足元に隠れたローを見ながら、レアが嘆息する。

『危険なことはしないよう言ってくれないか、竜妃。特に女神相手にだ』

気持ちは痛いほどわかる。だから、ジルは真摯にレアの瞳を見つめた。

「わたしたちが女神を始末しましょう、そのほうが早いです」

『……。そうだな! そうだ! そうしよう!』

すっきりした顔でレアが首を下げてローを頭の上に乗せる。

『先に持ち場にいっている。先陣はまかせよ、竜妃』

「よろしくお願いします!」

レアがそっと飛び立つ。風に吹かれながらカミラが肩をすくめた。

「竜の女王と竜妃の方針が一致してるのは頼もしいことよね……」

「不満か?」

「知ってる? 竜妃の騎士は竜妃をお守りするのがお仕事なのよ。女神とやり合うのを今更止める気はないんだけど、積極的にいかれるのはこう、ねえ」

「竜妃の仕事は女神を斃すことだぞ」

「おい、遅いぞぴよぴよ!」

レアの巨躯に隠れていた竜妃の騎士から声がかかった。ジルはロルフと片手をあげたジークに向かって歩を進める。

「全員、集まってるな」

「なぁにをえらそうに。お前がいちばん遅いじゃろが」

「いつも遅いどころかいないじーさんが言ってもな……」

軽口を叩き合う部下をよそにジルは周囲を見る。レアの身体で見えなかったのだが、あきらかにこの場に配置されている人数が多すぎる。まあ一部、ひとではないのだが――

「ソテー先生のお噂はかねがね。お目にかかれて光栄です。ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします――全員、敬礼!」

「コケッ」

「なんでお前たちがまたいるんだ、ノイン!」

敬礼をしているノインたちと敬礼を返したソテーが、一緒にこちらを向いた。不思議そうなまなざしにジルは叫ぶ。

「ノイトラールで待機か後方支援だろう、普通! お前たちは軍人じゃないんだぞまだ!」

「細かいことを作戦前に、うるさいのう。いいから準備かかれ、作戦前じゃぞ」

「またお前が勝手にやったのかロルフ!」

「いいえジル先生、俺たちは竜帝陛下に呼ばれました」

ぎょっとしたジルに、ノインが笑顔で説明を続ける。

「なお、竜帝陛下に呼ぶよう進言されたのはロルフ様だそうですが」

「やっぱりお前じゃないかロルフ! しかもわたしが命令できないよう陛下を介して……!」

竜妃であるジルは竜妃の騎士ロルフの案を却下できるが、竜帝ハディスに命じられてやってきたノインたちは拒めない。そして今、ハディスにノインたちをさがらせろと説得する時間はない。

そのあたりの事情をわかっているのだろう、ノインが苦笑いで応じた。

「作戦第一段階の後方支援と情報収集が任務ですので、戦闘はないかと」

それならまだ、結界の外の話になる。しぶしぶジルは頷いた。

「絶対に危険な真似はするなよ。ルティーヤたちが心配する」

念を押しておく。ノインたちは互いに目配せしあったあと、きちっと敬礼を返した。

「拝命しました!」

「……なんでだろうな。ちょっと前なら命令違反なんてしないって信じられたんだけど、今は信じられないのは……陛下の教育のせいか」

「わかりますよ。蒼竜学級だったら、命令違反は日常茶飯事でしょうからね」

蒼竜学級のもと教官のジルは詰まった。ふんとロルフが鼻で笑って、自分の騎竜がわりにしている金目赤竜の鞍に手をかける。

「ひとの心配しとる場合か」

「お前はわたしに無断で好き勝手しすぎだ!」

「お前はお前の仕事をさっさとせい。せっかく竜帝が竜妃の騎士を先頭に立たせてくれたんじゃからな」

先に飛ぼうとするロルフの後を追って、急いでジルもマイネに飛び乗った。渋い顔をしながら、動作だけは慣れた様子でカミラとジークも続く。

「もちろん、女神と戦うのはわたしだ。だからって――」

「そんな話はしとらん。そもそもお前、女神と竜妃をあの子狸が戦わせると思うか? 今回の作戦だって、あの子狸だって想定しとるぞ」

「でもヒューゴの話だと、増援もたどり着けなくてだいぶ兵も少ないんだろう」

だからヒューゴひとりなら逃げ出す隙ができた。フェイリスの世話にスフィアまで駆り出している。

「お前な、あの子狸が本当に撤退できないなんて初歩的なミスを犯すと思うか?」

「伝令! レールザッツ領付近、南国境よりクレイトス軍、侵攻!」

突然かかった声に、ジルは思わずマイネを止めそうになった。カミラが顔色をかけて叫ぶ。

「おじいちゃん、ほっといていいの!?」

「想定内じゃ、レールザッツ公にでもまかせとけ! ――やっぱ持っとるじゃないかクレイトスとの連絡手段、受けて立ってやるクソガキが!」

ジルははっとする。このタイミング、偶然とは思えない。つまり、そういうことだ。

「気を引き締めろ、竜妃! まずは竜神じゃ、わかっとるな!」

「女神じゃなくか!?」

「今の竜帝の泣きどころは竜神じゃろうが! 絶対に安全を確保しろ、竜帝より先に! 儂は別行動をとるからな! さっきの子どもも使うぞ!」

「いや待てお前、まだ結界が破れるかどうかもわからないのに」

「結界は破れる、必ずな!」

言い切ってロルフが竜を旋回させる。だから説明、と唸りかけて気づいた。

地上に、ハディスがいる。こちらを見あげていた。追い越していく途中で、視線がすれ違う。

金色の目が不安にゆれているのがわかった。ぎゅっと胸が引き絞られる。

「――わたしが守りますからね! 陛下も、ラーヴェ様もです!」

声は届いていないかもしれない。でもこの先何が起こるかわからないからこそ、約束する。

ハディスの唇が動く。いってらっしゃいを予測してその動きを追って、頬を赤くした。

――おねがい。

急いで前を向く。

好きだより、愛しているよりも破壊力が大きかったのは、本当はひとりでなんでもできてしまう男が、すがるような目をしたからか。いつもの甘えではなく、本当に弱りきっているところに、頼ってくれたからか。

ぺちぺちと頬を叩いて、気を引き締め直す。どうしようもないが、気合いは十分だ。

作戦開始場所、ジルの待機地点はわかりやすい。竜が集まっている一角、紫目黒竜を先頭にした結界の前だ。

女神の魔力を前に、竜がおびえた様子はない。どの竜も、竜神を助けるという竜の王の命令に奮起しているそうだ。

「作戦開始、一分前だ。開始合図は」

「うっきゅう!」

レアの頭の上で小さな粒になっているローから返事が返ってきた。え、とジルはまばたく。

「お前がやるのか!?」

「うっきゅ」

「わたしはお前の言葉がわからないが!?」

『案ずるな、我がいる。――よいか、この戦いは竜の戦いでもある!』

翼を大きく広げ、レアが結界を前に紫の瞳を煌めかせた。

ジルは手綱を握り直す。

『人間に遅れを取るなよ、我らこそ竜神の神使、ラーヴェ様の忠実なる僕!』

「我が眷属よ」

幼い、でもハディスによく似た声が響いた気がして、ジルは目を見開き、上空を見あげた。

遙か高み、竜の女王の頭上に御座すその姿は小さくて見えないけれど。

「竜の王の名において命ずる――すべて焼き払え、塵も残すな!」

しゃべれるのか、やはり。笑ってジルは竜妃の神器を剣に変え、剣先を空に捧げる。

「第一作戦、開始! 天の青を取り戻せ!」

竜たちが女神の結界へ向けて一斉に、一点めがけて炎を吐き出した。