軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真っ先に駆け寄ったジルは、土が払われた棺を見つめる。

ひんやりとした印象のある棺だった。埋められていたというのに、蓋の部分にあたる表面の硝子には、傷ひとつついていない。鍵穴を十字に見立てて蛇と林檎らしきものが彫られているのに気づいて、ジルは眉をひそめた。

「これ、アルカの棺ですよね。だとしたらアルカの仕業……?」

「そういう偽装っぽいけどね」

ハディスが片膝をついて、棺に手をかざした。

「完全に外界と遮断されてるね」

ハディスの横にしゃがんで、ジルも手で棺に触れようとする。触れられている気がするが、たぶん錯覚だ。薄い膜のような、魔力の感触がある。

「……本物のジェラルド王子でしょうか。魔術が重なってて、よく読み取れない……」

魔術の紋様が複雑で、すべてが判別できない。目を凝らしても、焦点が合わなくなったようにぼんやりして、わからない。魔術は得意ではなくとも、見極め方はしっかり叩き込まれたはずなのだが。

「蓋をあけるまでは確定じゃないけど、本人だと思うよ」

きらめく金色の瞳には、はっきり視えているらしい。

「そもそも生きているのか?」

質問したヴィッセルのうしろから、おそるおそるナターリエが顔を出した。

「生きてるよ。僕としては残念だけどね」

「生きてる……」

気が抜けたようにつぶやくナターリエの手を、フリーダが握るのが見えた。ルティーヤは長い息を吐き出している。ヴィッセルは鼻を鳴らしたが、ナターリエが悲しまずにすんで助かった面はあるはずだ。ジルもひそかにほっとする。ナターリエを助けたあと、わけもわからない死に方をされるなんて、さすがに寝覚めが悪い。

「なら、この状況は誰の仕業かわかるか、ハディス。魔術をかけた奴について少しでも」

次の質問を投げかけるヴィッセルに、ハディスが冷ややかに応じた。

「女神の魔術だ。女神がやってる、確実に」

「ど、どうしてわかるの、ハディス兄様」

「クレイトスの神紋が使われてる。女神の神紋は、女神かその器にしか使えないからね。ジルでも魔術が視えないのはそのせいだよ。使ってる魔術はふたつ」

唇を引き結ぶナターリエの顔を見ずに、ハディスが立った。

「ひとつめ。まず、この棺の中だけ、時間の流れを遅くしてる」

空間を限定するなら、転移と同じ要領でそんなに負担がないのかもしれない。少なくとも、世界中の時間を巻き戻すよりも簡単そうではある。

ジェラルドを無機質に見おろすハディスをジルは見あげた。

「でも、なんのためにですか? 時間の流れを遅くする意味、ない気がするんですけど」

「ジェラルド王子を目覚めさせないためじゃないかな。怪我をしてるでしょ。その治りを遅らせてるんだよ。腐ってもクレイトスの王子だ、重傷みたいだけど適切な治療を受ければ一週間くらいで目を覚ますはず。でも時間の流れが遅れれば、回復も遅れる。時間を遅らせることで意識が戻るまでの時間を引き伸ばしてるんだ。たぶん千倍くらい?」

ええと、と計算のために両手を開いたジルより先に、ヴィッセルが答えを出した。

「二十年近くは目覚めない計算か。気の長い治療期間だな」

「その間、トシ、とらねえのかな……」

つぶやいたあと、隣にいるナターリエの顔色に気づいてルティーヤは黙った。

「本人にとっては一週間だろうから、とらないんじゃないかな。で、ふたつめの魔術だけどこれは単純で封印、棺を守ってあけられないようにしてる。と言っても女神の神紋を使ってるから、海中に沈めようが爆破されようが壊れない」

「やっぱ土に埋めるくらい平気じゃん」

「そういう問題じゃないでしょ」

悪びれないルティーヤにナターリエは調子を取り戻したのか、自分から進み出てきた。

「ハディス兄様はこの魔術、とけないの?」

「さすがにここまでやられると、僕でも無理だね」

ジルはハディスを見あげた。

「でもこれ、結構な魔力を食いますよね。女神が維持するのも大変なんじゃ……」

「棺の中に魔術を維持するための仕掛けがあるんだと思う。アルカから奪った魔力をあらかじめこっちにも回したんじゃないかな」

「他にとく方法はないのか? できればときたいのだが」

驚いた顔をする全員に、ヴィッセルが顔をしかめる。

「女神も女王もここまでしてジェラルド王子の動きを封じるのは、彼が障害になると判断したからだろう。敵の敵は多いほうがいい」

敵の敵は味方と言わないあたり、甘い考えで言っているわけではないようだ。三日月に似た目を細めて口角をあげたヴィッセルの笑顔に、悪辣さしかない。

「……この術をとくのにいちばん簡単なのは、女神を斃すことかな」

顎に指をあて、ハディスがまったく簡単ではないことを言い出す。さすがにヴィッセルが呆れ顔になった。

「女神を斃せたらこの王子は不要だが? むしろ邪魔だ」

「そうなんだけど、それくらいしか思いつかないんだよ。ラーヴェだって大変だと思う」

「……ラーヴェ様でもだめなの?」

フリーダが口を挟んでくるのは珍しい。ハディスが苦笑いを浮かべた。

「女神の力の根源って、要は愛でしょ。時間を操るのは理に触れるところはあるから、破れる理はありそうだけど、女神の守護者となるとなあ……何より棺の封印のほうがね。要は愛で守ってるわけだから」

ジェラルドを守る女神の、あるいはフェイリスの愛を突破できるか、という話になるのだろう。

ジルは顔をしかめた。

「わたしは絶対、無理ですね。あ、でも囚われの陛下の前にこの棺が壁として出てくれば貫く自信あります!」

「どんな状況か全然わかんねーけど、ジル先生の拳が貫通して死ぬぞその王子様」

「兄上の意見はわかるけど、僕は交渉に使うならこのままがいいんじゃないかなと思うよ。封印をとくぞ、って脅すんだ」

「……でもとけないんでしょ?」

ナターリエの確認に、ハディスが笑う。

「この棺のうしろにいる僕がピンチになれば、ジルが壊してくれると思う」

「ベイルブルグに持ちこめばいけるかもですね、どさくさに紛れて!」

「おい止めろよヴィッセル兄上。ほんとに戦場でやるぞこの馬鹿夫婦」

「それはそれでどうでもいいかと思っている」

「きっとしんぱいだよね、お兄さまがどこにいるかわからなくて」

ぽつんとつぶやいたフリーダに、ナターリエがまばたき、それから首をひねった。

「……今までの話を総合すると、この状態でベイルブルグに持ち込んだのはクレイトス側ってことになるわよね? なんでそんな……言いがかりをつけるためにそこまでする?」

すかさず答えたのは、ルティーヤだった。

「そりゃこの状態の王子を、裏切り者じゃなく被害者として回収し直すためだろ」