軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ベイルブルグの無理心中(終)

女神は火をつけるだけでクレイトスに帰還したらしい。

もともと魔力だけの存在だ。今の本体である槍もなく、竜神ラーヴェの影響下にあるこちら側では、長くは存在を維持できないのだろう。

それでもラーヴェは警戒を怠らず、しょっちゅうハディスから離れてベイルブルグを巡回して回っている。

ラーヴェはこの国が、民が、大事なのだ。人々を守り導く理の竜神らしいと、ハディスは思う。

「――聞いておられるのか、陛下!」

頬杖をついて外を見ていたハディスは、ベイル侯爵の怒鳴り声に視線を戻した。

「ベイルブルグはほとんど全焼。生き残った民もわずか、壊滅状態のこの状態をなんと思っておられるのか」

わかりきったことを言うだけの会議だ。ハディスが答えずとも、ベイルブルグの惨状を聞いて集まった周辺諸侯が口を次々に開いてくれる。

「その原因は誰でしたかな、ベイル侯爵」

「スフィア嬢が年端のいかぬ少女達に嫉妬し、殺めたあげく、自殺をはかったというのは?」

「痛ましいことだ」

「いやいや、少女達はベイル侯爵が雇われた者達。倫理的にはともかく、殺めるところまではまだ言い訳の余地があるでしょう。犯人のご息女は自殺しておられますしな。ですが火をつけた、というのはねえ」

「これは大罪ですよ。皇帝陛下はご無事だが、反逆と同じことでは?」

一方的に責められる形になったベイル侯爵が、苦々しく吐き捨てる。

「事情を知らぬ方々には黙っていただこう。そんなはずはないのだ」

「そんなはずはない、というのは?」

聞き逃さず、ハディスはそこだけを尋ねた。

火がつく前にスフィアは死んでいた。それを知っているのは、手をかけたベイル侯爵本人と、盗み見していた女神から話を聞いたハディスだけだろう。

口をすべらせたと気づいたのか、ベイル侯爵は一瞬視線を泳がせたが、すぐにふてぶてしく平静さを取り戻した。

「娘は何者かに操られておりました」

それは事実だ。ただし死んでからだが。

この点において、皮肉なことにハディスは女神を信じている。

もし生きたままスフィアを操っていたなら、ハディスの目の前で自殺するなり少女達をなぶり殺すなりしているはずだ。そういう女だ。

「そもそも、北方師団も常駐していたのです。火を消し止められなかったのは、彼らにも責任が」

「それは苦しい言い訳ですよ、ベイル侯爵。その火をつけたのがご息女とあってはね」

「そう、これらはすべて不可解な事故だ。呪い――と言ってもいいかもしれません」

ベイル侯爵のひとことに、騒がしかった周囲が静まりかえる。

一斉に目を向けられたハディスは、穏やかに問い返す。

「どういう意味かな。僕が何かしたとでも?」

「そんなことは申しておりません。ただ、陛下にそういった噂があるのは事実」

言い逃れだ、とハディスをかばうような者はいない。

調子を取り戻したのか、立ちあがったベイル侯爵は、胸に手をあてて訴える。

「私も娘を失い、心を痛めております。だが、愛する娘が罪もない少女を殺めたあげく、火をつけて町を燃やし、首を吊って自殺したなど。そんな娘ではありません」

「……そうだな」

そんな娘ではなかった。

普通の娘だった。

父親の罪をかぶり尻拭いするために死ぬような、そんな。

「娘の誹謗中傷は控えていただきたい。ベイルブルグの惨状をご覧になられたか。我が家は被害者なのです」

堂々と言い切ったベイル侯爵に、皆が口をつぐむ。

かわりに、ハディスは立ちあがった。ラーヴェがいない間に片づけてしまおうと思った。

「君の言い分はよくわかった」

「陛下。では、今後の支援について――」

「死ね」

剣を抜いたハディスに、笑いかけようとしていたベイル侯爵の顔が凍り付く。瞬間、ごとりと落ちたものを信じられないように見ていた。左腕だ。

「ひ、ひいっ」

「へ、へへへへ、陛下!」

椅子から転げ落ちる者、扉へ逃げ出そうとする者。

すべて無視して、落ちた左腕とハディスを見比べるベイル侯爵に、微笑む。優しく、慈悲をもって。

「……あ……ア、わ、わた、私の、腕」

「腕なんかどうでもいいだろう、死ぬんだから」

「ひ、あ、ああああああ、呪われた皇帝が!」

錯乱したのか恐怖を振り払うためか、それとも軍人らしさでも残っていたのか。

右腕でサーベルを抜いたベイル侯爵がハディスに斬りかかってきた。それを笑ってよけ、今度は右肩を壁に縫い付けるように貫いた。

「手間が省けた。ありがとう、これで反逆罪だね。ベイル侯爵家は取り潰しだ」

唇の端を持ち上げ、ハディスは喉を鳴らして笑う。

「お前の大事な後妻も、その娘も、全員殺してやる」

「……そん……そんな、ことが、許される、わけが」

「死人はしゃべらないものだよ」

あとは一閃。あっけないものだ。

首を斬られてごとりと落ちた、ベイル侯爵の死体をさめた目で見る。

剣を振るって、薄汚い血を落とした。

「汚れてしまったな。湯浴みの支度を」

「あ……あ、は、ただい、ま」

「それから、ベイル侯爵家の者をすべて処刑しろ。老若男女問わず、すべてだ。かくまった者もすべて殺せ」

「そん、な……陛下、それでは」

「なんだ、お前も死ぬか?」

尋ねると、首を横に振られた。

こんなものか、と思いながらハディスはつぶやく。

「いきなり聞き分けのいいことだ。できればいつもそうしてくれると嬉しいな」

――そうしたら、殺さずにすむから。

全員が床に頭をこすりつけるようにして平伏する。

それを見てハディスは微笑んだ。

大丈夫だ。

(ああ、早くお嫁さんが見つかればいいのに)

自分はまだ、笑えている。

きっと、育て親を泣かせたりしない皇帝になるのだ――この先の、信じていない未来で。