軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18

怒りか、寒さか。赤い頬をしたミレーはジルをにらみながら、ずかずかと入りこんできた。

「あの悪魔どもは、同胞をつかまえては魔法陣に放り込んでいったんだ。魔力の高い人間を目ざとく見つけては、贄のように!」

「総帥、ここは私が」

「我らがアルカは全員、女神と、竜神と戦うためにいる。決して女神の魔力の贄にされるためにいるわけではない!」

真っ赤な顔で怒るミレーに、ジルは冷ややかな目を向ける。

「負けるってそういうことだ。勉強になったな」

ぶわっとミレーの羽織っているマントと、三つ編みの髪が浮き上がった。立ち上がったカニスがミレーの手首をつかむ。

「落ち着いてください、総帥」

「うるさい! 我々は負けてなどいない。何が女神の魔術だ、何かあるはずだ。何か方法が!」

「ミレー!」

声を荒らげて呼び捨てたカニスに、ミレーが大きく目を見開いた。魔力と一緒に浮き上がっていたマントが、髪が、勢いをなくして元に戻る。

「今は耐えるときです。どんなに屈辱でも、あなたを逃がした者たちのために。そう決めましたね?」

「……だって、おじさま。私が、私の魔術が、みんなを」

「ここは私におまかせを、アルカ総帥」

泣き出しそうな顔で、ミレーが口を閉ざす。まだ何か言うかと思ったら、カニスから手を乱暴に奪い返し、唇を引き結んだまま踵を返した。両肩をさげておとなしく出ていく姿は、年齢相応に頼りない。

ジルだとて、非戦闘員も巻き込むクレイトスの作戦に思うところはある。

だが何事もなかったように、カニスは木箱に腰を下ろし直した。

「……追いかけなくていいのか?」

「神の非道など、今に始まったことではありません。慣れていただかなくては。それに我々、伊達に女神と竜神相手に生き延びておりませんので」

冷ややかな笑みを浮かべたカニスが部屋の奥に目をやる。ハディスが休んでいる場所だ。言い過ぎたかとつい思ってしまったジルは、気を引き締め直す。

「ただ、総帥のおっしゃっていたことは事実です。クレイトス兵は我々を殺すより捕縛を命じられているようでした」

「魔力を吸うためにか」

おそらく、とカニスは頷き返した。

「これで今回のアルカ討伐は、ただのアルカ討伐ではないということがお分かりいただけたでしょうか」

「吸収した魔力をなんに使うのかわからないのか?」

ミレーが作った魔術は、魔力を吸って、自分の魔力に変換するものだ。アルカの教団員の魔力を吸った先がある。カニスは肩をすくめた。

「そりゃあ、竜帝との戦争に勝つ――竜神を手に入れるためでしょうよ。竜神が女神より弱ってるとかなんとか聞きましたけれど、女神だって相当神格を墜としてますからね。使える魔力は多いほうがいいんでしょう」

「女神が神格を堕としてるのは、確かなのか」

竜神も竜帝も観測されていない空白の時期があるので、なんとなく竜神が神格を墜としていることは察せられる。だがクレイトスでは女神が消えたと聞いたことがない。

「堕としてますよ、いわゆる神話時代に何度か、派手に」

にっこり笑ったカニスに、ジルの目が細くなる。

「――お前らか」

「否定はしませんが、我々だけではないですね。ともかく、モエキア派はクレイトス出身がほとんどなので、全員それなりに魔力を持ってます。女神が得た魔力量は相当なはず。しかもアルカ討伐はまだ続いてますから――ベイルブルグもあの術をかけられたらどうなるか」

はっとジルの背筋が伸びた。ぐいっとカニスがカップの中の白湯を飲み干した。

「お話できるのはこれくらいです。国境を越えましたし、明日には我々、お暇しますね。もちろんまた何か情報がありましたら、お知らせしましょう」

「……やけに協力的だな。討伐の件はともかく、フェイリス女王が掲げた神の解放は、お前らの目的とも一致しそうだが」

カニスがきょとんとしたあと、声を立てて笑い出した。

「ご冗談を、竜妃殿下! 我々にとってあんなに馬鹿馬鹿しい話はない」

「そ、そうなのか?」

「奴らは神の加護に頼ってばかりではいけないと言うんでしょう、恥知らずが! 我々が神から受けていたのは加護ではない、支配だ」

唇を三日月の形にゆがめ、カニスがささやく。

「解放なんて、まるで役目をまっとうして引退するみたいじゃないですか。なぜ、そんな終わりが許されるんです? 奴らは、ヒトの知恵と情に踏み潰されて終わるべきだ」

吐き捨てたカニスの口調に嘘はない。迫力に押されたというよりは呆れて、ジルはつぶやく。

「……お前らとは結局、わかり合えなさそうだな」

「そりゃあそうでしょう。でも、お互い利用することはできる。特に竜神が女神に負けるという言説について、私は竜神に挑んできたカルワリオ派としてもの申したいことが山ほどありますよ。一日中、語れます」

「ほお。聞いてみたいもんじゃが」

「やめろ」

ロルフは身を乗り出したが、想像だけでげんなりする。ではまた今度、などとカニスは笑ったあと立ち上がり、座っていた木箱にカップを置いた。

「ご馳走様でした。この先、何をなさるか知りませんがくれぐれもお気をつけて。まあ、竜神が女神に負けるわけがないと私は思いますがね」

「――どうして」

「だって我々をあんなふうに犠牲にする女神が正しいわけないでしょう」

竜神の正しさを担保にすまし顔で言い切られ、ジルはあっけにとられる。ロルフは声を立てて笑ったあと、懐から握りこぶし大のものをカニスに向かって放り投げた。

「なんです、これ?」

「ここに潜入しとったクレイトス兵が落としていったもんじゃ。お前ら――特にお前と総帥の意見がほしい。儂の見立てでは、アルカの転送装置の一部だと思うんじゃが」

顔色を変えたカニスに、ロルフが笑う。

「お前らの機密じゃ、仕組みを教えろとは言わん。じゃがまあ、確定すると儂も仕事が減って助かる。それにお前らだって、これ以上、惨めな思いはしたくなかろう」

「……どういう意味です?」

「このままだとお前らの技術も魔術も全部、いいように搾り取られて出がらしになるぞ」

「まだ何かあるのか?」

仰天したジルに、酒が回っているらしいロルフは、少々赤い顔で笑う。

「儂がラーヴェを潰すなら、そうするっちゅうだけじゃ」