軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

女神の結界も幻視もものともしない弁当の車内販売員ふたりはにこやかに商品を持ち上げる。

「本日はなんと特別限定商品、あの竜妃殿下からもご愛顧いただいてる竜帝愛妻弁当が販売中でーす!」

「おいしいですよ、とっても!」

「……りゅっ……」

やっとロレンスから出た声はそれだけだった。

メニューを持ったままフェイリスも固まっている。黒槍はなぜかばたんと倒れたきり動かない。まさか死んだふりか。

「メインの魚料理の試食もありますよ。どうですか?」

エプロンをつけたこの世の者とは思えぬ美貌を持った販売員は、営業スマイルで試食を進めてくる。頬を引きつらせてロレンスは応じた。

「……ど、毒が、入っていたりとかは……」

「そんなことしたらわたしが残ったお弁当、食べられなくなっちゃうじゃないですか!」

予想と違う方向で怒る少女には、どう見ても見覚えがある。だが、それこそ罠かもしれないと思った。幻視などの魔術技術はクレイトスのほうが上だが、ラーヴェ帝国にも使える人間がいる。それにこの状況であり得ない。だから幻視であってほしい。

追跡や監視されるならまだしも、ベイルブルグが攻められている最中、竜帝夫婦がそろって弁当の車内販売にやってくるなんて。

「あっ何入れようとしてるんですか、へー……お弁当屋さん!」

今、絶対に陛下って言おうとした。

「ただのソースだよ」

「ほんとですか? あの、もし心配だったらわたしが毒見で試食しますよ!」

「だめだよ、君は全部食べちゃうでしょ。それに散々試作品を食べたでしょ!」

駄目だ、もう我慢できない。逆に冷静になってきて、ロレンスは尋ねる。

「――何をしてらっしゃるんですか、竜帝陛下、竜妃殿下」

「「えっ!?」」

ふたりそろって、なぜばれたという顔をされた。

「本当に、心の底から、俺が言えた義理ではないんですけれども、こんなことしてる場合ではないですよね、ラーヴェ帝国?」

「わ、わたしとへー……わ、我々は、ただのお弁当屋さんだ!」

「そうだよ! できたてほやほやの新婚夫婦で、できたてほやほやのお弁当屋さんを始めただけだよ!」

そんなことがあってたまるか。いらっとしたロレンスは早口で応対する。

「そうですかわかりましたでは見知らぬおふたりさん、さようなら出ていってください」

「えっお弁当買わないんですか!? 陛下が作ったんですよ、おいしいですよ!」

「いらないので!」

ぴしゃりと開かれた扉を閉める。内鍵をかけてもあけられそうな気がしたので、扉を背中で押さえた。扉の向こうは「腹が減っては戦ができぬっていいますよ!」とか「最後は餓死がお望みかあ」とか言っていたがやがて諦めたようで、ワゴンを引く音と一緒に部屋から遠ざかっていった――「なんでばれたんでしょうね、やっぱり陛下がかっこよすぎるんですね」「えっ君だってその制服すっごく可愛いよ」とかいう会話は幻聴だ、絶対。

(なんなんだ? どうして捕まえない? 俺たちを泳がせて情報を取る気か。じゃあどうしてわざわざ姿を現して――しかもベイルブルグも国境も放置して、今? それに)

「なんで弁当屋なんだ!」

叫んだロレンスに、フェイリスがびくりと反応した。ロレンスははっとする。

駄目だ、惑わされてはいけない。絶対意味はない、そこに――本当に? ない、絶対。繰り返し言い聞かせて、深呼吸をする。

とりあえずの対策としては。

「お弁当、今度にしましょう」

「こんにちはー、個室の掃除のサービスでぇす」

「あと、ゴミの回収にきましたー」

背中を少し浮かせた瞬間に、また聞き覚えのある声が飛びこんできた。振り向きざまに開きかけられた扉をつかみ、戻そうとする。

「結構ですお引き取りください!」

「やだあそう言わずに、ね。鞄の中身だって片づけてあげちゃうわよ」

「お前、力ないなー。ほら頑張れ、あけちまうぞー」

「うるさいな! ともかく結構です!」

無理に乗りこむ気はなかったのか、ぴしゃりと扉が閉まる。今度は内鍵をしっかりかけて、ロレンスはうなだれた。

列車の乗務員の制服を着た竜妃の騎士たちは、主と同じくゴリ押しはせずに去っていく。

「……居所、ばれていますね」

とりあえずわかったことだけ端的にまとめる女王は、幼くとも優秀だ。

答えようとしたロレンスの背後で、また静かな物音がした。何かが扉の向こうに置かれたようだ。しかしそれきり音はしない。

フェイリスと目を合わせて、今度は注意深く扉を引いてみる。

扉を開いた先に、くまのぬいぐるみと、立派に成長した目つきの鋭い鶏がいた。両方、小さな車帽をかぶっている。わざわざ特別発注したのだろうか。

「……」

「……」

無言で鶏と見つめ合ったあと、ロレンスはそっと扉を閉めた。

一度呼吸をして、一応、考えてみる。

ここで無理に脱出しようとしても、あの鶏もぬいぐるみも決して滅びないだろう。あのくまのぬいぐるみの感知機能によっては、魔力の気配がしただけで戦闘状態に入る。そうすれば転移か戦闘を強いられて、フェイリスの魔力が削られる。

「汽車には、鶏さんもいるのですね。ぬいぐるみはどうして?」

しまった、こっちも箱入りだった。泣きたくなってロレンスは頭を抱える。

「鶏と破壊兵器を穏便に追い払う方法ってなんだろうなあ……」

フェイリスはぱちぱちまばたいたあとに、にっこりと笑った。

「頼りにしています、ロレンス」

これが女神のやり方だ。その足元では、黒槍はまだ死んだふりをしていた。