軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「あいつは俺に愛を理解しろという。千年も前から、飽きもせず、繰り返しな」

どこか優しいラーヴェの声色には、わずかに自嘲がにじんでいた。

「そこから間違えてるんだよ。あいつの仕事はヒトに愛を教えることだ、俺にじゃない。なのに自分の役割も果たさず、責任も持たず、周囲を、国を巻きこんで俺につっかかる。ヒトの子なら俺だって許すさ。でもあいつは違う、神だ。神様はな、ヒトを導くためにいるんだよ。ヒトを使うためにいるんじゃない」

憐れむようにラーヴェが目をすうっと細めた。

「今だってそうだ。器とはいえあんな小さな女の子に、何させようとしてんだよ。さすがの俺だって、九歳のハディスに戦争起こさせようなんて考えもしなかったぞ。できるからってやらせちゃ駄目だってわかるだろ、普通。自分の器の未来もちゃんと考えてやれないとか、それこそ愛はどうなってんだって話だよ、ほんとに。なあ」

「う、ん……」

「なんだよ、どうした」

ハディスが首を横に振る。まばたきの多さとほんの少し上気した目元の色に、ジルは頬をゆるめた。ハディスはきっと誇らしくて、嬉しかったのだ。自分がどんなに優しい理に守られて育ったのか、実感して。

フェイリスのほうが、小さいときから皆に可愛がられて、優しい兄だっていたのに――彼女は、それを切り捨てた。切り捨てられるようになってしまった。

「でも女神の器である以上、子どもでも見逃すわけにはいかねえ。お前が、俺の業を背負ったみたいに……可哀想だが、生まれってのはどんな人間にだって平等に降りかかる。まして女神の器として振る舞うなら、ただの人間と同じ扱いはできない」

小さな白銀の竜が再度、器を見あげる。

「だから、心配すんなハディス。教えただろ、何回も。俺は――」

「正しいことでは、負けない」

言葉を先取りされたラーヴェがぱちりと金の目をまばたく。同じ金色の瞳で、ハディスはおかしそうに答えた。

「僕に愛は与えられなくても、理は示せる。耳にタコだよ」

ラーヴェがハディスの肩に乗る。そして勢いよくその後頭部を尻尾ではたいた。

「ったぁ!」

「わかってんならしゃんとしろ、でねーとお前もあの爺さんみたいな大人になるぞ」

示された先では、椅子ごと床を転げ回って兄の杖から逃げるロルフの姿があった。

「はっはーーー儂をつかまえようなんぞ千年早いわ、やーいやーい!」

「おい竜妃の騎士、一生遊んで暮らせる褒賞をやるから愚弟を崖から落としてこい。こんな役立たず、海の藻屑にしたほうがましだ」

「「了解しました!」」

「竜妃の騎士が金で三公の言いなりになるのか!? おいやめ、持ち上げるなあぁぁ」

収拾がつかなくなっている。そっとジルがハディスの服の袖を引くと、ハディスが笑い返してくれた。その笑顔にもう影はない。指をからめてつなぎ合うのも一瞬だけ。

一度だけまぶたをおろし、ひらいたあとには、もう竜帝がいる。

「ここはラーヴェ帝国だ。女神の教えも救いも必要ない」

静かな皇帝の言葉に、年老いた兄弟の喧噪がぴたりと止まった。

張り切ってジルはハディスを横から覗きこむ。

「じゃあこれからどうしましょうか、わたしの陛下。相手はアルカ討伐なんて嘘ついて攻めてきてますからね、とっちめてやらないと!」

「ベイルブルグの件は簡単だよ。とどのつまり、負けたほうがアルカだってことだ」

薄く笑うハディスに、おお、とジルは目を輝かせる。わかりやすい。

「でも、ベイルブルグで勝ちをとっただけじゃ終わらないだろう。先手もとられてるし、他に何かたくらんでるはずだ。だから今は、リステアード兄上に踏ん張ってもらって稼いだ時間で、できる限り情報を集める――まずは器からあの横恋慕くんを引き離すかな」

「ロレンスをですか? お父――サーヴェル伯じゃなくて」

「女王に知恵を貸しとるのはあの坊主だからな」

仰向けの体勢のまま、視線だけをロルフがこちらによこした。

「奴がいなければ女王なんぞ、魔力が高くてちょっと大人びただけの小娘じゃ。大した判断なんぞできやせん。しかしな、引き離したところで坊主の筋書きどおりじゃろ」

勢いをつけて椅子ごとロルフが起き上がった。

「会談中にベイルブルグ襲撃の報なんぞ入ったら、拘束されるに決まっとる。なら今後の予定も打ち合わせ済みと見るべきじゃ」

「……確かに、女王と引き離された場合も想定しているか」

「っちゅうよりは――」

「失礼します、陛下! 至急の報告です……っ!」

叩扉の音もかき消して、会議室に転がり込んできたのは、ジルをレールザッツまで護送してくれた帝国軍人で竜騎士のフィンだ。ハディスが報告の許可を出す前に、ロルフがもぞもぞと縄の中で動きながら言った。

「逃げたんじゃろ、女王たちが」

「えっ!? あ、あの……は、はい!」

頷いてしまってから、フィンが反応をうかがうように周囲を見る。空気を読まず、けらけらとロルフが笑い出した。

「まあそうなるじゃろ――ぃたっ! なんで殴るんじゃ兄貴!」

「わかってたならこっちに忠告くらいよこせ、この愚弟! 捜索隊を出せ、今すぐだ!」

「は、はいっ!」

フィンが慌てて戻っていく。ロルフが唇を尖らせた。

「脱走を止めるよりも、泳がせるほうが面白そうじゃろうが」

「読んでいたからには、手は打っておいたんだろうな」

ジルの確認に、ロルフが胸を張る。

「もちのろんじゃ! ――っなんで今はたいた弓男ぉ!」

「あらぁごめんなさい、言い方にいらっとして。それにこっちに準備丸投げしておいて自分ひとりの手柄みたいな顔するから、つい。あとアタシの名前はカミラよ、おじいちゃん」

「準備って、カミラ、ジーク。お前たち……」

「誤解しないでジルちゃん、アタシたちはおじいちゃんを手伝っただけ。何かわかってたわけじゃないわ。――嫌な予感がしてたくらいで」

会談で、ジルの肩を押さえたカミラの姿を思い出した。隣に目をやれば、ジークも溜め息をついている。

「読めるわけねえだろ、狸の策略なんて。そこにジジイも加わったらもう地下の巨大迷宮だっつうの。道なんて見えもしねえから言われたとおり進むだけだよ」

「お前ら、自分が何をさせられたのかもわかっとらんのか、はー情けな――椅子を蹴るな!」

「おう悪ぃ、ついうっかりな」

「あーもうどいつもこいつも役に立たんな! こんなんが竜妃の騎士か、世も末じゃ!」

「「ほんとにな」」

よりによってカミラとジークが口をそろえている。乾いた笑みを浮かべながら、ジルは尋ね直した。

「で、結局何をしたんだ、ロルフ」

ロルフが鼻白んだ。

「あの子狸はひとり。となれば、まず人海戦術で嫌がらせじゃろ」

どこかで聞いたことのある策の立て方だ。とはいえ、今のロレンスへの嫌がらせなどジルには思いつかない。

「つまり?」

「まず嫌がらせが得意そうな輩を集める」

「はいっ呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーーン、フェアラート公モーガンです!」

フィンが出ていった扉から、明るい挨拶が飛びこんできた。