軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アンサス戦争【若者よ、英雄となれ②】

「はあ? クレイトスを落とす?」

この圧倒的戦力差がある中で――そう断言された肝心のロルフが、目を丸くして兄を見あげた。

「何だよそんな話、聞いてな――いやいい、説明いらない、すっげーー嫌な予感する!」

「皇帝陛下がクレイトスにだまされてほとんど売国に近い条約を結んだ」

「いやだから説明しないでって!」

耳を塞ごうとした弟の両手を、がしりとイゴールがつかむ。意外と力があるらしい。

「三公は情報を抜かれている。父は見落とし、フェアラート公は気づいていて皇帝の批判材料に使おうと見て見ぬ振りだ。ノイトラールは気づいていない。私とモーガン殿、アーベル殿、ゲオルグ殿下はこれをなんとかしたい」

「はああ!? まさか三公と皇帝に隠れて、クレイトスに奇襲かけてその条約とかいうのをなしにしてこいって話!?」

ゲオルグはひそかに息を呑んだ。この子ども、頭の回転が速い。

「そうだ。お前ならできるだろう!」

「やだよ超面倒!」

「できないとは言わないのだな」

口を挟んだゲオルグに、両手を組み合って押し合っていたふたりが止まる。イゴールに背中を叩かれ、ロルフが嘆息した。

「――やれと言われれば、まあできますけど」

「ここにある戦力だけでか?」

「ベイルブルグで、一回だけしか使えない策ですけどね。っていうか戦力っていわれても、そもそも何があるのかも俺、わかんないんだけど」

諦めたのか、ロルフが一人掛けのソファに座って、書類の山を指した。

「それ、船の資料? 貸して」

モーガンに目配せされ、イゴールが頷き返す。ロルフは行儀悪く片膝を立てて座ったまま、ものすごい勢いでその場の資料に目を通し始めた。片づけるという概念がないのか、目を通してはすぐに床に投げ捨てる。几帳面なアーベルとモーガンが顔をしかめて拾っていった。

やがてロルフが最後の一枚を取る。ロルフの座る椅子の背に、イゴールが手を置いた。

「――どうだ、いけるか」

「いけると思う、たりる、ギリギリ。でもいいの、王都燃やして」

「「「「は?」」」」

全員の返答に、ロルフがしかめっ面になる。

「この戦力でクレイトスに勝てっていうなら、そうなるだろ。馬鹿なの?」

「いや待て、お前、王都というのはクレイトスの……」

「アンサスだよ」

プラティ大陸の地図をテーブルに投げたロルフが、ここ、と示して見せた。

わかりきっていることを教えられても、腹が立たない。おそれるように、まだ少年のあどけなさが残るロルフを見てしまう。

「でも本当にいいの、燃やして。たくさん死ぬよ。クレイトスと開戦もあり得る。まあ、責任なんて誰もとれやしないけどさ」

ははっと笑っているのに目に光はなくて、ひどく酷薄に見えた。

「で、どうするの? やらないなら家に帰してほしいんだけど」

「君はすごいな」

脅えるでもなく感嘆した声を出したのは、ラースだった。

「竜帝ですら王都アンサスまで攻め入ったことはない。それができるって言うのかい」

「竜帝はできないんじゃなくて、やらなかったんだろ」

「――ああ、なるほど。その視点は素晴らしいね」

「あんた、ラーヴェ皇族とか三公の血筋?」

「どうして?」

「歴史書にある竜帝の姿絵に似てる」

ゲオルグはラースの顔をまじまじと見てしまった。今まで気づかなかった。竜帝に宿る色合いではないが、確かに造形が似ている気がする。竜帝という言葉から想像する鮮烈な雰囲気からかけ離れていて、考えもしなかった。

肝心のラースは目をぱちぱちさせたあとで、笑う。

「そんなふうに言われたの、初めてだ。光栄だね」

「あんたは作戦に組み込みたくないな。いるだけで周りがおかしくなる」

「僕はゲオルグ様のお役に立ちたいんだけど、だめかな」

苦笑いを浮かべたラースに、ゲオルグはひとこと言い添える。

「ラースは腕が立つ。貴重な戦力だ」

「……いいけどね。それでどうこうなる作戦じゃないし」

「君は変わっているね。僕を最初見ても、顔色ひとつ変えなかった」

「ああ、俺、その辺おかしいらしくってさ」

兄貴たちにもよく言われる、とロルフは人差し指を自分のこめかみに突きつけた。

「あんたを見ても綺麗だな、さあどう使おうって考えてる」

ひとを玩具か駒のように見ているのだ。このラースでさえ。

「ただ俺は恵まれたことに、うるさくてうざい兄貴たちがいてね。こういう考えこそガキっぽくてダサいって叩き込まれたわけ。そんで頭のいい俺はそれをちゃんと理解した。人間は馬鹿だけど、同じくらい優しい。そんで世界も神様も俺なんかが把握できないくらい、もっと広くて楽しい!」

両腕を広げて無邪気に笑ったあと、ロルフはがっくりと肩を落とした。

「でも、おかげで俺は兄貴に頭があがんないってわけだよ。兄貴なんかすぐだませると思うのにさあ。やべー奴をまっとうな人間育てるって大変だよなあ。神様でも難しいんじゃない? 俺、できないよなって思っちゃって」

「できないじゃない、やれ。お前はそれだけ頭が回るんだ、世の中の役に立て。私たちに恩を感じているなら、ちゃんと次に返せ」

「ほーらこんな面倒でわけわかんないこと言う。次ってなんだよ、子ども? 俺、結婚する気ないんだけどー。ま、何が起こるかわかんないのが人生で、面白いけどね」

だから、とロルフが改めて周囲を見回す。

「その兄貴が燃やしてくれっていうんだ。燃やしてやるよ。でも、本当にいいの。そこまでして何か守るものがあるわけ?」

「賢いというなら、わかるだろう。このまま放置すればどうなるか」

ゲオルグにロルフはあっさり言い返した。

「クレイトスに併合されるのってそんなに悪いことばっかりじゃないだろ」

「ならば戦争などせずことを進めればいい! だがこれは違う! いらぬ戦いをし、いらぬ犠牲を出すのだ、ただの建前のために!」

「皇帝がこんな方法をとったのは、ラーヴェ皇族にあまりに力がないってのはあるけど、あんたのためだよな」

ぐっとゲオルグは詰まる。ロルフは聡明そうな目を伏せて、つぶやいた。

「……そうか。あんた、それが嫌だったんだ。だから止めたいんだな」

いいよ、とあっさりロルフは頷いた。

「さっさと取りかかろう。一ヶ月くらいしか時間ないだろ」

「――い、いいのか」

「気持ちはわかるから」

兄貴が間違ってると思ったら止めたいよね、とロルフは普通の少年のように笑った。

「ただ、王都アンサスを陥落させるだけだ。それ以上はしない。あと、兄貴。条件がある」

「なんだ」

「きっと俺はこのあと英雄扱いされるだろう。それはしょうがない。でも、アンサスだけで終わらせれば十年か二十年、平和でいられるはずだ。だから俺は隠れるよ。レールザッツの立て直しは手伝わない」

「……レールザッツを出るということか」

静かな眼差しで、ロルフが頷く。

「ま、せっかくだし色んなとこ見て回るよ。でも生活費はよろしく! これって一生モンの恩だよな? 一生遊んで暮らしていいよな!?」

ちゃっかりしている。ゲオルグは呆れつつもまあそうかもしれないと思ってしまうが、兄のほうは違うらしい。イゴールは笑顔だった。

「そうか……ならばまず一生分の働きをしてもらわないとな」

「え」

「まず最前線で指揮をとるには竜に乗れねばならんだろう。訓練だ」

「なんで最前線!? 死ぬって!」

「三男坊だ、かまわんだろう 英霊にならないよう祈ってやる」

「はああああ!? これだから嫌だ貴族って!」

ぎゃあぎゃあ叫ぶロルフの姿はまるっきり普通の少年だ。本当に大丈夫だろうか、と思う。

だが本当に少年はやり遂げた。

軍艦の大きな砲台を取っ払い、甲板を真っ平らに作り替え、竜の発着を可能にする。神の神使たる竜を兵器扱いし、船で運ぶという冒涜に近い策。だが、ただの積み荷が乗った商船のように偽装され最低限の砲台しかない船は、クレイトスの検問をすり抜けた。

「空から燃やせばあとは城の制圧なんて簡単だろ、そっちはまかせたから」

海上から双眼鏡で目視したクレイトスの王都アンサスを眇め見て、少年が笑う。

「あんなところに王都があるのが悪いんだよ」

そしてクレイトス王都アンサスの空に、竜が舞い降りる。

クレイトスも三公も兄も誰も想像しなかった、英雄の誕生だった。