軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アンサス戦争【若者の夢の道⑤】

「向いてないとは言われるんですよ。軍人だけでなく、なんでも」

新兵への訓示をすませたあと、騒動の詳細を聞くために呼び出したラースは、志望動機を改めて聞かれて困ったような顔で言った。

「なんでも?」

アーベルの問い返しの真意は、あけすけだ。わかっているように、ラースは答える。

「なんでもです。役者でも、それこそ男娼であっても。僕はどうも、人間に向いてないようで」

ひとにはない素材でできたような人間に言われると、笑っていいのかどうか困る。

「なら、向いているものよりやりたいことをやろうと思っています」

「それで軍人?」

「ええ。僕の望みは、竜神ラーヴェの采配を信じ、ラーヴェ帝国の行く末をこの手で守り作ることです。あとはまあ、いつか子どもがほしいです」

ゲオルグはアーベルと目を見合わせてしまった。

竜神ラーヴェへの信仰は竜と共存する生活に根付く形でラーヴェ全土に息づいている。目立つのは竜神ラーヴェにも女神クレイトスにも反目する危険な教団のほうで、こういった場面で神に入れこむ発言をする者は珍しかった。

だが、竜神ラーヴェへの信仰が深い分には問題ない。ラーヴェ皇族を帝国の支配者たらしめているのは、まさに竜神ラーヴェの威光なのだから。

「ならばいい。――誤解があるようだが、私の部隊は厳しいぞ」

「だからこそ配属を希望しました。お恥ずかしい話ですが、僕はいつも周囲に馴染めなくて。皆さん、最初はいつも親切にはしてくださるんですが、最終的にはなんだかおかしなことになってしまう」

やはりこの男は、自分の美貌とそこから引き起こるものを自覚している――というか、自覚せざるを得なかったのだろう。

聞けば、今回の騒動もただ隊列の乱れを注意しようとした上官が強く身体を突き飛ばしてしまい、この男も身を庇おうと思わず魔力を使い、同時に周囲の新兵たちもつられて手を貸そうとしたといういう。言ってしまえばそれだけだ。よくある新人たちのミス、その場で厳重注意で終わる話である。

だが、この男の一挙一動に周囲が惑わされたのだろう。注意した上官も、力加減がわからなくなってしまって、などと困惑したように言っていた。

「ですが厳格と高名なゲオルグ殿下の旗下ならば、こんな僕でも軍人としてお役に立てると信じています」

「信じるのではない。まずお前がそうあろうと努力するのだ」

そうは言ったものの、ラースのせいではないことも理解していた。容姿というのは生まれ持ったものだ。しかもこの美貌、たとえ顔を焼けただれさせても変わらない気がする。

「おっしゃるとおりです。身に刻みます」

「事情はわかった。――お前は私の直属部隊に配置する」

「ゲオルグ様」

諫めるようなアーベルを目で牽制し、溜め息と一緒に言った。

「どこへ置いても厄介だろう、こういう手合いは。ならば私の手元で監視したほうがまだましだ。兄上も気にかけている」

「それは、わかりますが……」

「何よりお前は、かなり腕が立つほうだろう」

「あまりそう見てはもらえないのですが――そうですね、はい」

ちらと執務机に置きっぱなしだったラースの経歴が書かれた書類を確認する。両親は物心つく前に亡くし、祖父が座長の一座で各地を転々としてすごしたとある。だが、その一座も失火が原因で解散となり、一座を贔屓にしていた商人に引き取られ、教育を受けた。優秀だった彼は覚えめでたく貴族の推薦と後押しを受け、帝都の士官学校へ入学。次席で卒業し、新兵でゲオルグの旗下に入った。

「首席ではないのだな」

何気ないつぶやきに、ラースが苦笑する。

「僕としては、次席でも過分な評価です」

「だがここまでの経歴を鑑みても、私の直属部隊に配置されるのは問題なかろう」

アーベルは渋い顔だ。そっとラースが挙手をする。

「発言をお許しいただけますか、アーベル様」

「言ってみろ」

「僕に対する懸念は理解します。僕自身、困っていることですし。ですがひとつ。絶対にアーベル様のお役に立てる特技が僕にはあります――どうも皆さん、僕には口が軽くなりやすいみたいで。たとえば、ベイル侯爵とか」

「は?」

人差し指を唇に前に立て、ラースが何か言いかけたアーベルを黙らせる。

「ここ数日、何度か城にお誘いいただいてます。クレイトス産の珍しい宝石を買ってやると言われて」

だん、と思わず執務机を拳で叩いたアーベルを、咎める気にはならなかった。

ラースが困ったように首をかしげる。

「ご厚意は嬉しいのですが、皇帝でも手に入れられない、などとおっしゃっていて。どうも正規の売買ではないような気がするのです」

「……」

「僕は、お誘いを受けたほうがいいでしょうか。帰国されたら相談したいと思っていたんです」

「…………」

何度か何かを言おうとして唇を動かしたあと、頬を無理矢理引き上げたような笑顔でアーベルは顔をあげた。

「…………追って知らせよう。報告、感謝する」

「お役に立ててよかったです」

ゲオルグも大きな溜め息を吐く。

(厄介だ。――だが、使える)

アーベルももう反対するまい。咳払いして、ゲオルグはラースに向き直った。

「私の直属となれば、周囲は先輩ばかりになるが、甘えられると思うな」

「はい」

「辞令は追って出す。戻れ」

綺麗な敬礼を返し、ラースが退室する。

やっとというように、アーベルが顔を羞恥で赤くした。

「あのクソ親父が……懲りもせず……っしかも男色の気まであったのか!」

「……そういうわけではないと思うが」

「ええ、ええ、そうですねあの美貌だ! 老若男女かまわずころっといくんでしょうな!」

「声量を落とせ」

あまり大きな声で話題にしたいことではない。

深呼吸を繰り返したあと、アーベルがつぶやく。

「入りたての新人に貸しができるとは、情けない――また何かやらかされる前に防げただけマシですが。倫理観がない見た目をしてますが、ひとを見る目はあるようだ」

「でなくては、まっとうな道を生きられなかったのだろうな」

誰が危険で誰がそうではないのか。ああいう容姿に恵まれた人間は、庇護欲と一緒に加害されがちだ。

「何より、使える」

「腕が立つという見立ては本当で?」

「私よりも魔力は高いかもしれん」

アーベルは目を瞠ったあと、鼻で笑った。

「ならば父の前に放り投げてやっても心が痛まずにすみそうですな」

「お前の部下でもあるんだ、大切に扱え」

「私に報告してきたその判断力は買いますがね」

「使えないなら切り捨てるまでだろう。何を渋る」

「……まあ、あなたが気に入った理由はわかりますよ。メルオニス様に対する態度でしょう。メルオニス様も名前を覚えて気にかけておられる。そしてあの報告。抱きこむしかないでしょう。……私は男色の気はないんですがね」

何を言い出すのかとぎょっとしたが、ラースの経歴が書かれた書類を取ったアーベルは真顔だった。

「それでも妙な気分にさせられる。……軍に色恋沙汰を招く火種になりますよ、あれは」

「私の部隊で色恋沙汰などという腑抜けたトラブルは、決して許さん」

「その言葉、信じますよ。陛下もお元気になったことだし」

ああ、とゲオルグも破顔する。

「帝都に戻るのは明日か。今夜くらい、食事を一緒にとれればいいが――」

こん、と扉が叩かれた。ふたりして顔をあげると、許しを得てそうっと扉が開く。申し訳なさそうに顔をのぞかせたのは、ラースだった。

「あの、すみません……メルオニス様がいらっしゃっているのですが……」

「兄上が?」

ベイル城に戻るよう、馬車を手配したはずだが、何かあったのか。顔をしかめるゲオルグに、眉をさげたままラースが報告を続ける。

「僕たち新兵と夕食を一緒にとりたいとおっしゃってくださって」

「……わかった。ならばそのように手配を」

「ただ、そこへベイル侯爵と鉢合わせしてしまって……その、言い争いに」

なんの言い争いなのか、聞かなくてもわかる。すみません、とラースが萎縮した。

「どうすればいいでしょう?」

立ち上がったゲオルグと天上を仰いだアーベルは、ほぼ同時に言い争いが響く廊下へと駆け出した。