軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アンサス戦争【正しくない者の戦い方】

士官学校で学んでいる間に、ベイルブルグを主な窓口とするクレイトスとの自由貿易が始まった。三公の顔色をうかがい反対する貴族もいたが、意外なことに一番痛手を負うはずのレールザッツ公が反対に回らなかったため、条約は無事締結されたのだ。

その知らせを聞いてゲオルグは素直に喜んだ。民の支持を得るには、その生活を豊かにするのが一番だ。貿易という商売の機会が広がる分、経済が活発になる。道具ひとつにしろクレイトスは魔力頼みのものが多いが、うまく使えば平民たちの生活水準を上げるだろう。新しい文化も生まれるかもしれない。

だがゲオルグの期待に反して、世間の動きはにぶかった。商機とみて飛びつく者は軽率と笑われ、第二次ラキア聖戦の和平条約も結ばれぬまま貿易自由化に頷いたクレイトス王国に対し、何か裏があるのではと警戒をあらわにする者が多かった。こういうときに率先して飛びつくフェアラート公の動きがないのも、実はうまみがないからではとあらぬ疑いを持たれた。あまりにラーヴェ皇帝が性急に過ぎるとも。

批判は的外れとは言えない。だが、第二次ラキア聖戦など三百年も前に終わった戦争ではないか。しかもほとんどラーヴェ帝国勝利の流れで停戦したのだ。なのになぜそこまでクレイトスを警戒せねばならないのか。

兄が竜帝ではないからだと気づいたとき、初めて、ラーヴェ皇帝が背負っている重さを察した。

戦竜帝カインが許さなかったクレイトスとの国交を、果たして再開していいのか。クレイトス王国は、戦竜帝カインが亡くなった瞬間、停戦会議を放り出した。ただのラーヴェ皇帝に対し、クレイトスが対等な関係を築くはずがない。三公でさえひるんでいる。

そういう拭いきれない恐怖心が、足踏みさせるのだ。

歴史に歯噛みしてもしかたがないとわかってはいた。クレイトス国王と兄が懇意なのは本当だ。成功者が現れれば、少しずつでもそういう空気は払拭されるだろう。そう信じるしかなかった。

だが、そういった空気は自然と下にも伝わる。「竜帝誕生だけを考えていればいいものを」と兄を種馬扱いした同期に殴りかかり、謹慎になったのは、そろそろ士官学校を卒業する頃合いだった。

「ゲオルグ殿下にはもう少し賢い立ち回りを覚えていただきたい」

帝城に戻って私室に閉じこもっていたゲオルグに、真っ向からそんな台詞を吐きにきたのは、アーベル・デ・ベイルだった。初対面、挨拶もそこそこに言い放った傲慢さに、ゲオルグは冷ややかに相手を睨めつける。おろおろしているのは一緒についてきた兄だ。

「アーベル、ゲオルグは私のために怒ったのだ」

「ただ怒るだけなら動物にでもできると申し上げております、陛下。――よいですか、ゲオルグ殿下。あなたが起こした問題を片づけるのは誰だとお思いか」

「お前に迷惑をかけた覚えはない」

立ち上がると、すでに二十代に入っているアーベルと目線の高さは同じだった。体格はゲオルグのほうがいいくらいだ。魔力もほとんど感じられない。いかにも貴公子といった風体の青年。ゲオルグは鼻で笑う。

「何よりお前にいわれる筋合いはない。問題を起こして兄上に尻拭いをさせているのはお前ではないか」

兄は信頼しているようだが、ゲオルグの耳に入ってくるアーベルの噂はあまりよくない。皇帝の信を傘に、どこぞの貴族から詐欺まがいに資金を巻き上げただとか、兄の威信を貶めるようなものばかりだ。

「兄上が優しいからといってつけあがるな。俺はお前の首を斬るのに躊躇いはないぞ」

「頭まで筋肉でできてらっしゃるのか」

「なんだと、小悪党の分際で!」

大抵の貴族はゲオルグがひとにらみすれば、それだけで黙るものだ。

だが、ゲオルグに睨まれてもアーベルはひるまなかった。

「小悪党? 結構な評価です。禁輸品を扱う不心得共の口止め料が不満でついうっかり情報を漏らしてしまったり、納税が下手なボンボンに忠告料をいただいたりしましたからね。高潔な皆様から見れば、私はさぞ姑息な子悪党でしょう。では、あなた様は?」

開き直ったような態度に反射で言い返しそうになったが、アーベルの鋭い眼光にかろうじて押し留まる。

「今回、あなたの尻拭いをしたのはフェアラート公だ。陛下ではない。その意味がおわかりか?」

眉をひそめたゲオルグに、アーベルは不快感を隠さなかった。

「さすがフェアラート公、陛下はなんと頼りない――そう言われるのです」

「俺は頼んだ覚えはない!」

「頼んだ覚えはなくともそうなるのだ、そんなこともわからぬほどお子様か!」

大人に正面から怒鳴り返されたのは、兄以外で初めてだった。

「そうして陛下の威信がさがっていくのです。陛下への侮辱が許せぬのは結構、ですがやり方を考えていただきたい!」

「やり方……とは……」

「陛下の功績になる結果を出すことです」

それはなんだとは、さすがに問い返せなかった。何も考えていないと告白するに等しかったからだ。

それに頭が冷えてくれば、先ほどのアーベルの言葉の意味がわかってくる。

(こいつの風評は、してやられた連中からの逆恨みか)

――それに対して、自分の風評はそのまま、その意味でしかない。

黙ったゲオルグにアーベルは一呼吸置いて、話を続ける。

「陛下が侮られ悔しいのはわかります。だが、力のない我々はその侮りも利用せねば。ただでさえ三公は正しい側にいるのですよ」

「三公がラーヴェ皇帝に先んじるこの状況が、正しいだと!?」

「少なくとも奴らは真っ向から陛下の評判を下げるような下手を打ちません」

ぐっとゲオルグは詰まった。

「陛下の手に権威を戻すというのは、そういう連中をも利用できるようになるということです。裏の裏をかき、蔑みも逆手に取る、そういう気概を持っていただきたい。――陛下がクレイトスに留学しろと笑われて、そうしたように」

ふっと目を向けると、ゲオルグの視線に気づいた兄が苦笑いを返した。

「アーベルの助言だったのだよ。行けとせっかくすすめてもらえたのだから、行ってしまえばいいと。なめられている間こそ貴重な準備期間だとね」

――そういう考え方も、あるのか。面倒そうにアーベルが嘆息する。

「クレイトスとつなぎを作らねば貿易など話になりませんからね。――私は、帝国軍を鍛えるというゲオルグ殿下の案に私は期待しているのです。がっかりさせないでいただきたい」

唇を引き結び、ゲオルグは椅子に腰をおろす。

「……どうすればよかった」

そして、恥を忍んで尋ねた。

「取るに足らぬ者の戯れ言など、聞き流せばよかったのです」

「だが、それでは兄上が」

「竜帝を誕生させるのはラーヴェ皇族だからこその仕事です、三公の血筋では竜帝は生まれぬのですから」

ぱちりとまばたいたゲオルグの前で、アーベルは嘲笑を浮かべた。

「フェアラート公あたりはそのあたりに劣等感を覚えています。だから自分の血筋から竜帝が生まれぬかと躍起になっている。レールザッツやノイトラールは頓着していないようですが、それはそれぞれ別の自負があるからです。そこを突いてやればいい」

たとえばレールザッツ公。物流と交易を牛耳るかの公の自負を崩すのは自分が、とアーベルは臆しもせず言い切った。

「そしてノイトラール公。彼らの自負は竜殺しの一族と渡り合う、ラーヴェ帝国一の竜騎士団だ。それは」

「俺がなすべきことだな」

素直に答えたゲオルグに、アーベルはまばたいたあと、にやりと笑った。

「そのとおりです、殿下」

「確かに、俺が軽率だった。悪かった。――兄上も、申し訳ない」

立ち上がり、頭をさげた。肩を叩いたのは、兄だ。

「気にすることはない、ゲオルグ。お前が怒ってくれて、嬉しかったよ」

「怒ります、いくらでも。――ですがそれだけでは、駄目なのだとわかりました」

顔を上げ、何やら複雑そうな顔をしたアーベルを今度は真っ向から見据える。

「助言、痛み入る。気をつけよう」

何やらアーベルは視線を泳がせたあと、いきなり背を向けた。

「わかっていただけたなら結構! 今度から足を引っ張らないでいただきたい」

早口でそう言い、すぐさま足音荒く出ていく。ぽかんとするゲオルグに、兄がそっと耳打ちした。

「照れているな、あれは」

「はあ。なぜ」

「ひねくれた男なんだ。他人に頼られたり、認められることに慣れていない。今のベイル侯爵は、レールザッツ公の言いなりだろう」

ベイルブルグというラーヴェ帝国で有数の港街を持ちながら、ベイル侯爵がレールザッツ公にいちいちお伺いを立てているというのは有名な話だ。

「昔の事件のことがあるからな。ベイル侯爵が何かと勘繰られぬよう、レールザッツ公の後ろ盾を得ておくのが賢い立ち回りだとはわかるのだが」

「ラーヴェ帝国にベイルブルグを取り戻したからこそのベイル侯爵位でしょう。それこそラーヴェ皇帝から賜ったもののはず。堂々としていればいいのでは」

ゲオルグの意見に、兄は声を立てて笑った。

「そうさな、次にアーベルに会ったらそう言ってやれ。きっと怒るぞ、わかっていると」

わかっているならなぜ怒るのか。いや、わかっているから怒るのか。

腹の立つ物言いをする男だが、話してみたら面白いかもしれない。頷いたゲオルグを、兄は久しぶりの夕食へと誘ってくれた。