軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三次ラキア聖戦【我らが軍神令嬢に捧ぐ】

雪で視界が悪いだろうに、気配を消し正確に弓で敵を射貫いていくカミラを、惜しいなと思う。大人数に囲まれてもひるまないジークもだ。一方でそれはそうかと思う。

まだ正気だった頃の竜帝の猛攻に、策という策を講じてなんとか生き延びてきた部隊だ。何よりジルが魔力の使い方も含めて鍛えた精鋭である。

サーヴェル隊――ロレンスの隊だったもの。

だからよく知っている。どう戦うか。

ロレンスが率いる伏兵に不意をつかれる形で、まずカミラの部隊が崩れた。分断されたジークの部隊が孤立する。

「前に出るなって散々注意してきたんですけど、最後までききませんでしたね」

まずは逃げられると厄介なカミラからだ。だが前に出てきたロレンスから、カミラは逃げない。あちこち傷ついて動きも鈍っているのに、血のしたたる手で弓を引く。

「最前線にくるなんて珍しいじゃないの、狸坊や」

「さすがに働かないと、ジェラルド王子に疑われるでしょう」

「――何をたくらんでるの」

「説明したでしょう、ジルを救出するなんて無理です。王城は今、ラーヴェ帝国軍に備えて厳戒態勢に入ってます。息巻いて突撃しても、無駄死にですよ」

「でも、アンタなら何か考えられるでしょうが!」

「――俺が無茶な策をとれるのは、ジルがいたからですよ」

軍神令嬢と呼ばれた彼女の背中は、いつも頼もしかった。彼女には重荷だったかもしれない。他にも望むものがあったのかもしれない。でも、支えにするのをやめられなかった。きっと、カミラも、ジークも。

「彼女を軍神令嬢にしたのは、俺たちだったんでしょうね」

「今更、何――ッ」

雪を蹴り上げると、慌ててカミラが距離を取る。その懐に潜り込んだ。魔力が少なくても、残像くらいは作れる。

カミラの体を突き刺す感触を、一生忘れない――というのは、たぶん、おかしな話だ。

「……あん、た……っ本気で……」

言葉を続けられず、カミラが両膝を突く。お前、という怒声を背後で聞いた。

「何してんだこの馬鹿狸! 冗談になってねえだろそれは!」

「冗談じゃないですからね」

腰にさげた懐中時計をちらと見た。――もう少し、だ。

ジークは既に手負いだ。カミラの部隊を助けるために、かなり無茶をして突っ切ってきたのだろう。だが手負いのほうが怖いとよく聞く。だから手段は選ばない。

ジークの大剣が、ロレンスの幻影を切った。

「なっ――」

「アルカの魔術ですよ」

ジルに鍛えられたジークは、普段ならこんな幻影に引っかからない。

だが、アルカの魔術は構造が違う。魔術に精通しているか、魔力を当たり前に感知する強さがないと初手では見抜けない。

背後をとられたジークは、急所こそそらしたが、肩に短剣を食い込ませてよろめく。

「おま……あぶない連中と、つきあうなって……」

「よくやった、ロレンス」

ジークの部隊を片づけたジェラルドがやってくる。ロレンスは動けないふたりに背を向け、ジェラルドのほうへ向き直る。

――あと少し、だ。

「長年クレイトスに尽くしたふたりには変わりありません。処刑する手間も暇もないでしょう。苦しめずにお願いしますよ」

「……っお前、裏切られるぞ……!」

肩の短剣を引き抜き、膝を突いたジークが唸る。カミラも雪に埋もれながらも、こちらをにらみつけていた。

「――おふたりこそ」

ロレンスはそれを見おろす。

「俺の策を信じて死んでくれるって言ったじゃないですか」

「ジェラルド殿下! ジェラルド殿下おられますか! 脱走です!」

雪の中、馬を走らせた伝令が叫ぶ。

「ジル・サーヴェルが脱走しました! 現在追跡しておりますが、兵がたらず――」

ジェラルドがこちらを見る。ロレンスは笑顔でそれに応じた。

長いつきあいだ。言葉はいらなかった。

ジェラルドは、ロレンスがジルたちを本気で裏切るなどと思ってはいない。そしてロレンスも、ジェラルドがジルたちを裏切れば助けてくれるなどと本気で思ってはいない。

「そういうことか」

ジェラルドが槍を構える。逃げられはしないだろう。

「一番いいのがこの策だったので。彼女の脱走の、一番の難関はあなただ」

「馬鹿なことを。お前たちを殺して、すぐ戻れば――」

ジェラルドが足元に目を落とした。違和感を感じたようだ。さすがだな、とロレンスは薄く笑う。

南国王討伐後、かろうじて残ったアルカの資料から見つけた魔力を吸う魔法陣。ロレンスではろくに継続しないが、それでも疲れさせることくらいはできる。

王城の、王都の警備を手薄にすること。ジェラルドを少しでも長く引き離すこと。そしてできる限りその魔力を削ぐこと。

「ロレンス……馬鹿あんた、逃げなさいよ!」

背後にいるふたりに、振り向かずに答える。

「いやあ、逃げられませんよ。すみません、巻き込むかも」

「馬鹿、お前、なんで何も言わなかった……!」

「俺、おふたりから信じてもらえるような人間じゃないので」

最後までそんなふうにはなれなかった。ジルを助けるんだと、みんなと一緒に死ににいけるような人間にはなれなかった。

(いやでも、いいところまでいったかな。騙されて死なずにすんだし)

父さん。あなたのようにはならずにすんだ。

ジェラルドが突っ込んでくる。この王子様は何もかも隠して、ひとりでどこまで突き進む気だろう。好きな女の子に好きだと告げることも許されないまま。

そう、魔力があるからといって幸せになれるものではないと、もうロレンスは知っている。

神様は残酷だ。けれど、きっと神様だって大変なんだろう。

皮肉が、ロレンスの唇から言葉が零れ落ちる。

「ジルを好きだったくせに――」

「お前が言うな」

胸を突き刺されても、もう、痛くはなかった。

「……おい、熊、まだ生きてるか」

「おう……もう、目は見えねえけどな……どうしてる、狸は」

ここまで転がり落ちてきたロレンスは、もうぴくりとも動かない。

「……満足そうに死んでるわよ」

「なら……作戦は成功ってことか……」

「あのクソ王子、ほんっと、許さねえ……今度会ったらぶっ殺す、絶対」

「今度って……なんだよ、来世か……」

笑ったふうのジークもそろそろ静かになってしまうだろう。

「……悪くない人生だったわよね。根無し草だったのに……仲間もできて……」

「……ああ……隊長も、逃げられただろうしな……」

でも、というカミラの言葉はもう続かない。まぶたも重くなってきた。

軍神令嬢の看板を背負って戦い、婚約者に裏切られたジル。そのジルの逃亡を助けるために、仲間を手に掛け主君に手を掛けられて満足そうに死ぬロレンス。

ふたりとも自分より年下の、ただの子どもだったのに、いったい自分たちは何をしていたのか。

(――アタシは嫌よ、神様)

ラーヴェ帝国もクレイトス王国も裏切った自分が祈るなんて、あまりに傲慢だけれど。

もう目が覚めるはずもないけれど。

なんとかしてください、かみさま。

どうか本当に、そこにいるのなら。