軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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盗んだ焼き菓子を食べながら、ロルフは竜の鞍を撫でた。竜妃の騎竜、マイネが使っていたという鞍だ。竜妃が言ったとおり、鞍に瑕が――魔法陣が描かれている。

大した効果はない。竜の王の守りを、心持ち強くする程度だ。マイネがあの状況で逃げ出せたのは、竜の王が竜殺しの魔術の効力を引き受けたことと赤竜金目であるマイネ自身の力が大きかった。現に魔法陣からはもう何も感じない。本人に才能がないのだろう。効果があるのかないかもわからない、つたない魔法陣――きっと本人もわかっている。

けれど、手がすべったのか、油断したのか。

そうっと魔法陣の形を指でなぞり、ロルフは喉の奥で笑う。

「やっぱりなあ、罠じゃったかあ」

「へえ、何がかしら」

背後から聞こえた声とカンテラの光に一瞬反応が遅れたロルフを、大剣を振り回す腕力のある男が羽交い締めにした。

「やっと捕まえたぞ、このじじい、今までどこで何してやがった!」

「くそ、放せ! なんでお前らがここにおる!」

「そりゃお前をさがしてたからだよ! イゴールの爺さんにレールザッツ屋敷の隠れ通路の出口で、竜に関係しそうなところだけ教えてもらってなあ!」

「やだあ、これ陛下お手製のお菓子じゃない。まさか陛下の部屋にも隠れ通路あったりしないでしょうね?」

カミラが焼き菓子の入った紙袋を拾い、これみよがしにひとつ手にして食べる。

「それは儂のじゃあ!」

「はいはい、何してたのか教えてくれたら返してあげるわよ」

「誰が、ぐぐぐぐぐぐやめんかこの馬鹿力苦しい!」

「聞いたぞ。あんた、アルカの枢機卿を逃がしたんだってな」

む、とロルフは動きを止めた。

「逃げられたんじゃよ、何を勘違いしとる」

「ああ、隊長にはそう報告したらしいな。でも俺らはなんか、そう思えないんだよ」

「おじいちゃん、クレイトスにいる狸によく似てる気がするのよねえ。味方もだましそうっていうか」

「ほう――そりゃ、この鞍の魔法陣を描いた奴か?」

竜妃の騎士ふたりが眉をひそめた。

「そう怖い顔せんでもよかろう。確かに儂はアルカの枢機卿を見逃した。逃げるときに使うだろう、あの竜を使役する魔術を、魔法陣を見たかったからな。ちゃあんと覚えたぞう」

とんとんとこめかみを叩くロルフの首を、ようやく大剣男が解放する。

「覚えてどうすんだよ、そんなもん」

「そりゃ、戦争に勝つために使うに決まっとるじゃろ」

こきこきと首を鳴らしながら断言したロルフに、弓男のほうが憤慨してみせる。

「明日は会談だってのに、不吉なこと言わないでよ」

「お前ら、まさかクレイトスが戦争しかけてこないなんぞ、まだそんなお花畑な考えでおるのか? カーッどこに目をつけとるんじゃ、竜妃の騎士が!」

「今回、ほとんど姿を隠してたおじいちゃんに言われたくないわよ!?」

「根拠は」

物置の隅にある木箱にどっかりと腰かけ、ジークが尋ねる。ふんとロルフは鼻白んだ。

「この鞍の魔法陣だけでもわかるじゃろうが」

「――それは、何か起こったとき、せめてジルちゃんの竜だけでも逃げられるようにつけておいたって聞いたわよ」

「あの竜殺しの魔術はアルカ独特のもんじゃ。跳ね返すには、それ用に魔法陣を組まねばならん。ただ、簡単なものじゃと魔法陣そのものを反転させればいいが、なんでこんなに正確に描けたんじゃろうなあ。不思議じゃよなあ。滅多に見られんアルカの魔法陣を」

弓男が溜め息と一緒に、額に手を当てて前髪をぐしゃぐしゃかき混ぜた。

「やっぱり何か裏でたくらんでやがったな、あの狸……アルカとつながってたのか」

「アルカと手を組んではおるまいよ。ただ、互いに利用しただけじゃ。竜神、竜帝っちゅう共通の敵がおるんじゃ、難しくはない」

「爺さん、頼む。力を貸しちゃくれねえか」

頭を下げられ、ロルフはまばたいた。

「なんじゃいきなり。私怨でもあるのか? ならさっさとそいつを殺してやれ。街ひとつ、平気で燃やせるようになる前にな」

「俺らだけじゃ、正直、街が燃えたあとにしかならねえんだよ。でも爺さん、あんたがいれば違う結果になるんじゃないかと思う」

「儂がいたらもっと燃えるぞう」

「本当はおじいちゃん、火を消したいひとでしょ」

同じことだ。火を消す人間は、火の付け方を知っていなければならない。

「このままじゃ駄目なのよ。聖槍を止めた女王と一緒にいるあいつを見たときに、なんでかそう思ったわ――二の舞だ、って」

まるで既に負けたことがあるような言い方だ。ロルフは黙って、ふたりの竜妃の騎士を顎を撫でながら眺める。

このふたりは凡庸だ。竜妃の騎士が騎士団くらいの大所帯ならばまだしも、どうして竜妃に選ばれたのかも不思議なくらいだ。対して、彼らがいう狸とやらは、なかなかの才能の持ち主だ。歴史を動かすかもしれない。

その才覚を、殺そうとするのではなく、止めたいと訴える。奇妙な縁もあるものだ。

「それに爺さん、あんたはもう竜妃の騎士だ」

生意気にもまっすぐこちらを見て、大剣男が断言した。弓男も、視線をそらさない。

「逃げないで頂戴。自分の仕事から」

それもまた真理か。――にいっと唇の端が上がった。

「そいつの情報を、知る限り、ありったけ教えろ」

弓男の持っていた紙袋を奪い返し、床に腰をおろす。

「ついでにお前らの名前もな」

「待って、覚えてないの!? そんなに記憶力いいのに!?」

「あと儂の命令には絶対服従じゃあ!」

「言うと思った……」

焼き菓子をひとつ、口に放りこみ、咀嚼する。久しぶりの大仕事だ。

たくさん燃やした。大勢、殺した。飽きるほどに――それで得られた時間は、たった二十年程度か。なんてむなしい人生だ。

それでもこの先があるとあがくか、もうないと諦めるか。

自ら決められる自由が、人間には許されている。