作品タイトル不明
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おかしい、と気づいたのは戦い始めてすぐだった。魔力が吸われる――それは想定内だ。だが、魔力の出力がおかしい。
赤い槍のほうだ、と気づいたのはその魔法陣を正面で見たときだ。
(――ラーヴェの神紋か!?)
一度も見たことのないはずの形をそうと認識できたのは、竜神の器、竜帝である故か。体も本能的にその魔法陣から逃れる。
『マジかあ』
呑気な言葉を口にしているが、ラーヴェの口調に焦りが滲んでいるのがわかった。戦闘の最中に、初めてだ。
「あれはなんだ、何が起こる」
『わからん。ちょっと形が違う、でもだいぶ近い――よくあそこまで復元したなあ』
「感心してないで、何が起こるか考えろ」
『神紋は、俺が地上に顕現する際に使った扉だ。本来は、神域と行き来するために使う。人間が使っても何にも効力はないんだけどなあ』
弾き飛ばした青い槍に向かって放った魔力がまた吸われた。
『あっちはクレイトスの神紋の反転型か? じゃあクレイトスの神紋もだいぶ近いもんを復元してるな。クレイトスの神紋は、神域を行き来する鍵だ。……やべぇかもな、こりゃ』
「何がまずい」
『神域に強制送還――ならいいんだがな。俺たちは神域に還れない。だから、本当にふたつそろってるなら、神殺しの魔術だよ』
襲い掛かってきた赤い槍が、頬をかすめていった。
「……理で、書き換えることは……?」
『あれは形が正確じゃない。正確じゃない以上、理に触れない。効果も神封じ――神域と地上の狭間に墜とされる程度だろ。いずれにせよ、今の状態でなんとかするしかない。まあ、そもそも神殺しは人間の権利だけどな。そこまで人間の理が、愛が、成熟したなら』
頬から顎へと、血が一筋、伝う。
『いいかハディス。最悪、俺を手放せ。お前は人間、本来の神紋ならきかないはずだが、今回のはわからん。でも俺だけなら、ちょっと封印されるだけですむ。神格も落とさない』
「……嫌だ」
『わがまま言うな、いくら竜帝って言ってもお前は人間なんだ。神域と地上の狭間になんて墜ちたら、体がもたない』
「嫌だ」
『ハディス!』
本気で怒った声だ。育て親は、あまり本気で怒鳴らない。冗談ではないのだ。
でも、ハディスは首を振る。
「嫌なものは嫌だ! どうして僕がお前を手放す必要がある。本当に墜ちると決まったわけでもないのに!」
『……ハディス……』
「人間には効かないんだろう、だったら大丈夫――ッ!」
「戦いの最中に何をぼうっとしとる、お前!」
いきなり蹴られ、屋根に落とされた。代わりにビリーが、青い槍に吹き飛ばされてレールザッツの城壁に沈む。
旋回した青い槍が再び襲い掛かってくる――まっすぐに、天剣目がけて。
最初からこの槍たちの狙いは、天剣。竜神ラーヴェなのだ。
女神の聖槍を奪い、その魔力を抜き取り、貯め、千年以上前に失われた神紋から、神にしか描けない魔術のまがいものを作る。
その執念は愛で、その知恵は理だろう――だが、ハディスは認めない。
何が人間の権利だ。成熟だ。そんなものに、自分は救われたことなどない。
初めて触れたあたたかいものは、この育て親の綺麗な鱗だ。初めて諭してくれたのは、この金色の眼差しだ。
叩き込んだ魔力をまた赤い槍に吸われる。息が上がってきた。こうなると消耗戦だ。
『ハディスうしろ!』
背後を赤い槍にとられた。下から打ち上げられる形で押しこまれる。そのハディスの背を待ち構えるのは、青い槍。
あ、と思ったときは、ラーヴェが勝手に動いていた。
ハディスの守護者で、ハディスの武器だから。だからいつも、自分では決して動かないはずの、ラーヴェが――血で滑ったハディスの手から、抜け出る。
「ラーヴェ!!」
『大丈夫だ、心配するな』
魔法陣が天剣を囲い込む。天剣の形が解ける。
羽の生えた太った蛇。
かみさまだとひとは言う。見えないと笑う。聞こえないと嘲る。
手を伸ばす。
駄目だ、と叫んだ。
空から、まっすぐに黒い槍と、黄金の光が降ってくる。知らぬ間に浮かんだ涙をすくいあげるように、魔力の熱風が巻き上がった。