軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36

貴賓室にはなめらかな光沢を放つ衣装を着た夫がいた。

軍服に似せて作られており、銀の肩紐と銀糸で縫いこまれた刺繍とが動くたびきらめいてみえる。左肩だけにかけている真っ白なマントは、竜の花冠祭が始まった頃に流行っていた形らしいが、見慣れない分、一周回ってお洒落だった。

「陛下、かっこいい……!」

「えっそう!? そうかな!?」

「当然でございます。さあ陛下は出ていってください。ジル様の準備を始めます」

横から出てきたカサンドラの指示で、衣装の入れ替えが始まる。ハディスが仏頂面になり、ジルも唇を尖らせた。

「もうちょっとゆっくりしてもいいじゃないですか、せっかく陛下がかっこいいのに」

「そうだよ、僕まだジルの衣装見てないし……」

「あとでのお楽しみです」

そう言われるとジルも弱い。ハディスも名残惜しそうにしながら迎えにきたヴィッセルに引きずられていった。

うまく転がされているなあ、と思いながらジルはあれこれ指示を出すカサンドラを見あげる。

「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……昔の後宮について」

「なんでしょう。――鏡はもう少しうしろに置きなさい。邪魔になるでしょう。衝立も」

「マイナード殿下が気になることを言ってたんです。自分の母親がまいた種がどうこう……何かご存じないですか?」

衝立の位置を指示していたカサンドラが指をおろし、ジルを見つめる。少しだけ間をあけて、静かに答えた。

「……あとでもよろしいですか。今は時間がありません。――醜聞です。人前では少々」

さりげなく身をよせささやかれた言葉にまばたいたものの、すぐ首肯した。醜聞ならこんな人前では話すべきではない。

「今はお役目に集中してください。パレードの出発時間が迫っております」

化粧品やら何やらを持って待ち構えている女官たちのほうへ背を押し出され、ジルも重々しく頷いた。

竜の乙女役は、花冠を贈る竜帝役とは逆方向から舞台へと向かう。ふたつのパレードが最後、帝都の中央で合流するのだ。つまりどちらかしか見られないわけだが、それがジルは少し不安だった。見物人の少なさはそのまま竜妃の人気のなさに直結する。

カサンドラたちにああだこうだと時間をかけて香油やら何やらを塗り立てられても、本当に大丈夫かとそわそわしてしまう。

「あ、あの。ちゃんとわたしのほうのパレード、見てくれるひといますかね」

「ご安心ください、サクラも用意してございます」

「少しも安心できませんが!?」

「――ご存じですか。昨日、覆面をした少女が露店を食べ漁り、大食い大会で優勝したあげく、ノイトラール公に腕相撲で完勝したそうです。どうもそれが竜妃殿下ではないかという噂が出回っておりまして」

ぎく、と身をこわばらせたとたん、動かないように注意された。

「しかも栄養ドリンクで竜帝陛下を殺しかけたのを黙らせた恐妻という噂もまざり、これは暴食竜妃ではたりない、力もある――と恐竜妃と新たなあだ名がついたそうです」

「悪化してるんですか!? そ、そそそうなると花冠の人気とか……」

「完売御礼です」

まばたこうとしたら目を閉じて、と言われた。まぶたをそっと、ブラシが撫でていく。

「小さくて元気が取り柄、けれど竜帝陛下も尻に敷きノイトラール公に腕相撲で勝ってしまわれる、お強い竜妃殿下。どうも小さな子どもたちの心をつかんだようですよ。親たちもよく食べて健康に、そして素敵な女性に成長してほしいと願をかけているようです」

質問する唇は、顎をつかまれて動かなくなった。ゆっくり、口紅をひかれる。

「本当はどんな御方なのかと、皆楽しみにしています。きっと驚くでしょうね。こんなに綺麗におなりだなんて。花開く前の蕾ほど、皆が心待ちにするものはありません。――さあ、目をあけていいですよ」

準備が終わったのだ。言われるまま目を開き、鏡の前に立つ自分を確認して、息を呑む。

カサンドラたちが恭しく頭をさげた。

「何も憶することはございません。自信を持って、背筋を伸ばし、笑うのです。あなたは我らの竜妃なのですから」

さあ、と案内された先には、竜の乙女を乗せる二階建ての大きな馬車が待っていた。ジルのうしろに裾持ちの三人――カサンドラとフィーネと第六皇妃デリアがつく。前皇帝の後宮を最後まで取り仕切ったこの三人の佇まいは堂々としていて、とてもまだかなわない。けれど三人とも、皇妃の最後の仕事として自ら名乗り出てくれた。新しい後宮の幕開けのために。

その期待に応える責任がジルにはある。

先頭の音楽隊のラッパが鳴り響き、馬車が動き出す。

薄暗い城壁をくぐりぬけてまぶしい晴天の下に出たジルが目にしたのは、国旗を振り、花冠をつけた民たちの笑顔だ。女性たちが籠に入れた紙吹雪を振りまきながら、踊る。

あがった歓声に戸惑うジルに手本を見せるように、カサンドラは周囲に微笑と目線を送りながら時折目礼し、フィーネは笑顔で手を振り、デリアは胸を張って声援に応えていた。それぞれのできることをしている。

よし、とジルは前に出て、思いっきり声を出す。

「皆さん、元気ですかーーーー!?」

カサンドラが眉根をひそめ、フィーネが噴き出し、デリアが笑い出す。

一拍の間があったあと、笑い声と一緒にげんきー、と答えが返ってきた。満面の笑みになって、両手をぶんぶん大きく振る。

ひときわ大きな歓声があがった。