軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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クレイトス王国からの使者もすでに到着していた。

今後の両国の関係について話し合いたい、という先触れだ。ジル宛の手紙もこの使者が持ってきたものらしい。

公的な扱いではなく、話し合いの場も皇都ではなく明朝にジェラルドが到着するだろうここ水上都市ベイルブルグで、ということだった。時間も心の準備もあったものではない。というか、させる気がないのだろう。

「ジル様、目の焦点があってません。もっと、淑女らしい笑顔をお願いします」

早速謁見だということで支度を手伝ってくれることになったスフィアが、ジルの顔を見るなりそう言った。

言われたとおり、ジルは頬を無理矢理あげてみる。

「こうですか?」

「……完全に悪役顔です」

「ではこう」

「もっとだめです。獲物を前にして舌なめずりしているようです」

「では、こういった感じは」

「……もう、虚無のほうがましなんじゃない」

出入り口のほうから飛んできたカミラの忠告に、スフィアが嘆息する。なんだか申し訳なくなった。

「すみません、可愛い笑顔は苦手で……あの、足を動かせるドレスはあるでしょうか。それなら気も休まるのですが」

「足をみせるのですか? そうですね……そういった流行もありますし、ジル様は子どもですから破廉恥というより可愛らしくていいかもしれません」

「いえ、そうではなくて足技が決められないです。あとは太ももの辺りに暗器をしこめるようガーターを」

「おい。戦場に行くんじゃないぞ、謁見だ。それだと、護衛の立場がない」

ジークの意見はもっともだが、ジルとしてはできれば謁見相手の息の根を止めたい。

スフィアが眉根をよせた。

「……お顔がますます凶悪になっているのですが……」

「地です」

「ジル様は可愛らしいですよ。緊張せず、もっと自信を持ってください。お好きなドレスの色や形はありますか?」

「一息で殺すためには、やはり回し蹴りができるドレスがいいです」

「……本当にジェラルド王太子がお嫌いなのですね……ですがジル様、笑顔というのは淑女の武器のひとつですよ」

武器、という言葉にジルは少し反応した。

「内情はどうであれ、クレイトス側ではジル様は拉致されたという認識なのですよね」

「はい」

「そうでないと否定するならば、ジル様はしあわせそうでなければなりません。優雅に、気品を損なわず。自分はここで遇されているのだと、笑うのです――このように」

すっと両手を合わせて綺麗な姿勢をとったスフィアが、顎を引いて美しく微笑んだ。

びりっとジルの背中に何かが走る。

(いつものスフィア様じゃない)

穏やかに、見る者をほっとさせるような優しさのこもった可憐な微笑だ。この笑顔を見せられたらなんでも流されてしまうだろう、と思う。

「どうでしょうか?」

「……スフィア様の言っていることはわかりました。頑張ってみます。……スフィア様はお強いのですね」

スフィアがちょっと嬉しそうに笑顔を崩す。そうするといつものスフィアだ。

「足の開けるドレスを選んできます。理由はともかく、少しでも気持ちを楽にできるほうがいいですから」

そう言ってスフィアは、ハディスがジルのために用意した衣装部屋に入って、ジルが望むようなドレスを見繕ってくれる。

そのあとはひたすら支度だ。肌をしっとりさせる薬剤を入れて乳白色になった風呂に入り、薔薇水を頬や額に叩き込まれ、乳液を全身に伸ばし、香油で髪をすく。コルセットはいらないと言われてほっとした。子どもだから化粧は薄く、だが健康的に見えるように、唇は瑞々しさが出るよう蜜蝋を塗る。

新しく城に雇われた使用人たちもよくよく心得ていて――というか完全にジルをおもちゃにして、それはもう素晴らしいお姫様を作り上げてくれた。

全身鏡で見た際にはちょっと誰だかわからなかったくらいだ。

(あとは笑顔、笑顔……!)

頭の中で念じながら、ジークとカミラを護衛につれて歩く。

大理石の廊下の先、大きな両開きの扉の前で、ハディスが立っていた。ラーヴェはいない。おそらくハディスの中にいるのだろう。

肝心のハディスは、いつもと変わらない出で立ちだった。元がいいものだから、立っているだけで凛と咲き誇る花のように美しい。

(……着飾ると逆にわたしがかすむやつだ、これ……)

努力しようと思った笑顔が、今度は別の意味で消えた。

「ジル様をお連れしたわよん、皇帝陛下」

「護衛は本当に外だけでいいのか」

「問題ない。公的なものではないし、向こうも王太子ひとりだ」

そりゃあそうだろうとジルは冷めた目で思う。ジェラルドは強いのだ。

(わたしでも試合で勝てたことがない。……何かしかけてこられたら)

警戒に気づいたのか、ハディスが視線をジルに落とした。

「クレイトス側は君が僕に誘拐されたと言っている。そうではないという証明もかねて君を同席させるが、君は基本、にこにこしているだけでいい……んだが…………」

意味深にハディスが黙りこんだ。きっと自分の顔のせいだ。

両の拳をにぎり、ジルは両目をきつく閉じる。

「申し訳ございません、陛下。敵襲だと思うと、殺気がおさえきれず……!」

「そ、そうか……相変わらず勇ましいな、君は。せ……せっかく迎えがきてるのに、ときめいたりは」

「しません。そもそもジェラルド王太子の本当の目的が、わたしであるはずがありません」

それだけは、はっきりと言い切れる。

「必ずお守りしますので、わたしのそばを離れないでください、陛下」

「……あっちょっと陛下!?」

よろめいたハディスが、心臓あたりに手を当てる。陛下、とジルも駆けよった。

「大丈夫ですか、陛下」

「ちょ、ちょっと呼吸が乱れただけだ……平気だから」

「そうだ、頑張れよ皇帝陛下。男をみせるんだ。やり返すくらいの気持ちでいけ」

「わ、わかった」

「ジルちゃんもこんなときに陛下の心臓をもてあそんじゃだめよ」

なぜ自分が叱られるのだろう。

ジークに背中をなでられ、カミラに差し出された水を飲んだハディスは、深呼吸をしてジルを抱きあげた。

「そろそろ時間だ、行こうか」

「本当に大丈夫ですか? ジェラルド王太子と渡り合うのに体調不良では……」

「……まさか君は、僕があの王太子に負けるとでも言いたいのか?」

ひやりとくる口調で言われ、ジルは慌てて首を横に振った。

「そ、そんなことはありません」

「ならいいが」

前を向いたハディスの金色の目の奥に光が宿る。為政者の顔に変わった。

ひゅうっとジークが口笛を鳴らし、カミラは意味深に笑っている。

(……色々あぶなっかしいが、こういうところはちゃんと大人なんだな……)

じいっと横顔を見ていると、人差し指で襟元を直したハディスに怪訝そうに見返された。

「まだ何か不安か?」

「陛下が立派に皇帝の顔をしていらっしゃるのに、可愛い笑顔というものに絶望的に縁がない自分がふがいなく……スフィア様の笑顔は素晴らしかったので真似をしたいのですが」

「なんだ、そんなことか。君は何も気にしなくても――」

「そういう気遣いはけっこうです陛下! わたしは! あなたの妻として! にっこにこの笑顔にならなければいけないのに……!」

足を引っ張ると思うと悔しい。ハディスが少し考えてから、そっと目をそらして言った。

「……どうしても可愛らしく振る舞いたいというならば、方法はある……が……」

「本当ですか!?」

「で、でもだめだ。荒療治すぎるし、つけこむみたいだし……まだ早いと思うんだ、君には」

今度はそわそわしながらハディスが目をそらす。だがジルは食いついた。

「どんな荒療治でもわたしは耐えてみせます! 足手まといになりたくないんです」

「だ……だまされないぞ。また真に受けて、嫌われたり怒られたりしたら……」

「怒りませんし嫌がりません! 勇気を出してください、陛下」

「……。絶対に怒らないし、嫌がらない?」

「はい、お約束します!」

「絶対に絶対に絶対か?」

何度も念押しされて、少し笑ってしまう。

積極的に口説こうとしていたようだが、ジルに嫌われるのを怖がるところは変わらないらしい。

「絶対に絶対に絶対に、大丈夫です。わたしに二言はないって、陛下はご存じでしょう?」

「……わかった。君を信じる」

「は――んぅっ!?」

がしゃんと物を落とす音が聞こえた。ジークかカミラだろう。

視界をハディスの顔でふさがれたジルは、その音で我に返る。何が起こっているのか、一息もつけないことで理解する。

口づけされているのだ。こんな人前で、脈絡もなく――混乱が羞恥になり、怒りとまざりあいかけたとき、狙いすましたようにハディスが瞳をあけた。

喉元を食いちぎらんばかりの壮絶な色気をたたえた金色の瞳に、身動きがかなわなくなる。

「――君は僕に油断しすぎだ」

間近で妖艶に微笑まれ、呼吸困難もあわせて、ぼんっと頭から湯気が噴き出る。そのままぐたりとハディスの首元によりかかった。たぶん、腰が砕けた。

大事そうにジルを抱え直したハディスがささやく。

「そのまま君は僕の腕の中でとろけていればいいよ」

「お、大人の男性として、今の所業はどうかと思うわよ陛下……」

「おい、さすがに今のは一発殴らせろ、反則だ」

「だってジェラルド王太子に見せつけるにはこれが一番じゃないか?」

怒らない。嫌がらない。約束した。だがひとことだけ、恨み言を言いたい。

「……は……初めて……だった、のにっ……!」

「でも絶対怒らないって君は言った」

だが殴らないとは約束していなかったな、とジルは思い直した。