軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

テーブルに広げられた手紙を見て、まず、ナターリエが言った。

「恋文ねえ、確かに……」

次に、少し頬を赤らめてフリーダがもじもじと言った。

「……ジルおねえさまはかっこいいから……いいなあ、素敵……」

三人で囲んだテーブルのうしろから、カミラが続く。

「アタシもこういうときめき展開、わくわくしちゃう。でも、もう結婚するって話、公表されてるわよね? あれ、まだだっけ?」

護衛として部屋の扉を守っているジークが話しかけられて嫌そうに答える。

「公にはまだだ。三公と今、話つけてんじゃなかったか。色々、手順があんだろ」

ひそかにジルは溜め息をつく。

「準備は始まってるんですけどね、一応……刺繍とか刺繍とか刺繍とか……」

最後に、部屋主であるルティーヤが叫んだ。

「なんで僕の部屋でやるんだよ、こういう話を!」

「すまない、ルティーヤ。ローがお昼寝してる時間、皆で集まって不自然じゃないところとなるとここしか思いつかなくて」

今、ジルの部屋でぬいぐるみのハディスぐまを枕にして軍鶏のソテーと一緒に日向で眠っている黒竜は、金のおめめがくりくりしたお尻の大きな飛べない幼竜だが、竜の王である。竜神ラーヴェとその器である竜帝ハディスとは、言葉も交わさず意思疎通ができるのだ。すなわちローに話が聞かれれば、そのままハディスに筒抜けになりかねない。

「わかるだろう、これが陛下に見られたらどんなに面倒になるか……!」

「そ、そりゃまあ、わかるけどさ……でもよりによって」

「ジルが恋文もらったのが気に入らないだけでしょ、口だけは達者なんだから」

ぱちりとまばたいたジルの前で一気に真っ赤になったルティーヤが、慌ててナターリエをにらむ。ほくそ笑んでナターリエは頬杖をついた。

「あらごめんなさい、口がすべっちゃった。でも、新しくきた弟だけ仲間はずれなんて可哀想じゃない? 気遣いに感謝してほしいわ」

「余計なお世話だ、さっさと出てけナターリエ!」

「お姉様って呼びなさいよ、このガキ!」

「うるせー誰が呼ぶかブス!」

「なんですって!?」

ばちばち睨み合うナターリエとルティーヤは、もう立派な姉弟に見える。

帝城の奧にあるラーヴェ皇族――ハディスのきょうだいたちが住む宮殿も、人数が増えてずいぶん賑やかになってきた。ナターリエとフリーダが住む宮殿にルティーヤが部屋をもらってからは特にそうだ。

最初、装飾の細かい家具や広い部屋に居心地悪そうにしていたルティーヤも、ナターリエとフリーダが何かと押しかけてくるものだから、だんだん慣れてきたようだ。もともとルティーヤはあまり物を持たないタイプらしい。埋めるものがないと困惑していた棚の一部にはナターリエが持ちこんだ茶器が、殺風景だった窓際やソファにもフリーダが用意した花やら香り袋入りのクッションが飾られて、少しずつ生活感がにじみ始めている。

「ちょっとルティーヤ、ここに置いておいた焼き菓子消えてるんだけど。まさか食べた!? 信じられない、最低」

「僕の部屋にあるもの食べて何が悪いんだよ、食べられたくなきゃ持ってくんな」

「こっちは監視が厳しいのよ、あれも駄目これも駄目って! ここに隠しておけば侍女に見つからないって思ったのに……!」

「ルティーヤおにいさま……フリーダの飴も、食べてもいいよ……?」

「じゃあそこにあるクッキー缶あけていいぞ、交換で」

「ちょっとなんでフリーダと露骨に扱いが違うのよ!」

「日頃の行いだろ。って、ジル先生それ――」

え、とジルが声をあげたときには皆の注目が集まっていた。

仲がいいなあと見守っている間、手持ち無沙汰なのでもぐもぐ食べていたクッキーの山がいつの間にかなくなっている。そして皿の横には、蓋のあいたクッキー缶が鎮座していた。

「ごめん、ルティーヤのだったのか!? 皿に出されてたし、その……すごく、ものすごくおいしくてつい……!」

おろおろするジルに、ルティーヤは大袈裟に溜め息をついた。

「いいよ、別に。皿に出した時点でわかってたっていうか……またノインに頼めば手に入るし」

「ノイン? お前、ノインに会ってるのか?」

ルティーヤが露骨にしまったという顔をした。

ノインというのは、今、帝都の士官学校に一時的に留学しているルティーヤの同郷であり、同級生である。ルティーヤは否定するだろうが、よき好敵手であり友達だ。しかし、ラーヴェ皇族であると同時にライカ大公国への人質でもあるルティーヤが帝城を出るには、許可が必要なはずだ。護衛をつけたり、わりあい大仰なことになるはずである。

ちらとカミラとジークを見ると、小さく首を振られた。あのふたりの耳にも入っていないということはすなわち――抜け出したのだろう。

ルティーヤはすさまじい問題児だった。大人たちの目を出し抜くのは得意である。元教官のジルとしても、帝城の監視ごときうまくまけて当然、という気持ちもある。

唇を引き結ぶルティーヤの額をぴんとはねる。

「内緒にしといてやる。フリーダ殿下も、ナターリエ殿下も秘密にしてくださいね」

フリーダは目を輝かせてこくこく頷いているし、ナターリエは興味なさげだ。竜妃の騎士であるジークとカミラはジルの命令と受け取るだろう。ルティーヤはばつが悪いのか、ぷいっと顔をそむけて窓際にある長椅子に背を向けて座った。

そんな弟を鼻で笑いつつ、ナターリエがジルの前にお茶の入ったカップを置いてくれた。

「で、差出人の正体は?」

「いえ、全然わからなくて……拾ったあと周囲を見て回りましたが、誰もいませんでした」

「中、読んでも、いい……?」

何やらそわそわしているフリーダが手を伸ばそうとすると、すっとナターリエが手紙を取りあげてしまった。そして眉をひそめる。

「文章も綴りも完璧、ちょっと古くさい言い回しだけど……文字も綺麗ね。上流階級の人間が書いたもので間違いなさそう。ただ女の人の筆跡にも見えるわよね……」

「封筒をあけたときいい匂いがしたので、差出人が女性の可能性はあると思います」

「竜帝陛下のご寵愛を一身に受ける竜妃様への嫌がらせかしら」

ふふっとなぜか楽しそうにカミラは笑う。ジルは首を横に振った。

「本気のときもあるので、即断はできません」

「ジルちゃん冷静ね……ひょっとして同性から告白されたことある?」

「ありますよ」

軍神令嬢だった時代に。あっさり頷いたジルになぜか男性陣のほうが絶句する。ルティーヤはなぜか頭を抱えていた。

「嘘だろ、女もかよ……」

「何動揺してんのよ、ルティーヤ。ジルならありそうでしょ。中身、読み上げてもいい?」

こくりとジルは頷く。ナターリエが手紙を持ち直し、息を吸った。

「――愛しの竜妃殿下。私は今、あなたとの恋に溺れて道を見失っています。どうか助けてください、この苦しみから。竜葬の花畑で、いつまでも待っています――」

「うわ、キモ……」

なかなか詩的な文だと思うのだが、ルティーヤの評価は辛めだ。

改めて文章を耳から聞いて、ジルは周囲を見回す。

「わたし、行こうと思うんで――」

「駄目に決まってるだろ!」

打てば響く速度で返したのはルティーヤだ。だがあまりに強く言いすぎたのを恥じてか、目を丸くしたジルの顔を見て慌てて手を横に振る。

「あ、相手もわかんないし、そりゃジル先生は強いけど、あぶないだろ。それに、返事なんて決まって……るんだろ、どうせ……」

「そうそう、そうよねえ!」

声をすぼませるルティーヤのそばまでわざわざ近寄って肩を抱き、なぜかカミラが明るく付け足す。

「こういうときこそ竜妃の騎士であるアタシたちの出番よ、ねえ熊男」

「ま、わざわざ行くこともないだろ。お断りだって伝言しといてやるからさ」

考えこむジルに、ルティーヤに突き飛ばされたカミラが苦笑い気味に告げる。

「あのねジルちゃん。そりゃアタシもこういうのはときめくわよ? 誠実に対応したい気持ちもわかるわよ? でもそういうのは」

「いや別にときめきも誠実もどうでもいいんだが」

「どうでもいいの!?」

「だって、陛下の敵だろう。今のうちに片づけておいたほうがいい」

端的な結論に、全員が固まった。