軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラーヴェ皇族の食卓

週に一度、家族とやらだけで囲む丸い食卓が、最近やたらと騒がしい。

「あれっわたしのチキンはどこいった!? ――ルティーヤ、お前か!」

「早い者勝ちに決まってんじゃん。僕、育ち盛りだし」

「わたしだって育ち盛りだ! 陛下! 陛下、追加は!?」

「ないよ。ジル、君は食べ過ぎ」

「あの……ジルおねえさま……フリーダの、いる……?」

「お前はちっこいんだから、ちゃんと食べろよ」

「あら、フリーダには優しいこと言うのね、ルティーヤは」

「んだよなんか文句あるわけ、ナターリエおねーさま――おいなんで僕の皿にのせるんだよ、これ僕苦手なんだよ!」

「育ち盛りなんでしょ? 食べなさい」

「むかつく!」

「ま、まあまあ。でもフリーダ殿下、何か苦手なものが入ってました?」

「ううん……ハディスおにいさまのごはんは、いつも、とってもおいしい……フリーダの苦手なものもね、おいしいの……」

「フ、フリーダ……! ゆ、ゆっくりでいいからね。残してもハディスお兄様は怒らないからね……!」

「ふふ。わたしと一緒に食べましょう、フリーダ殿下。食べなきゃ育ちませんからね。わたしも頑張ってるんです、身長とか胸とか育てようと!」

「「ぶーーーーーーーーーーーーーーー!!」」

「そ、そう……なの……?」

「ちょ、フリーダやめなさい。ジルもそういう話はあとで聞くから」

「残念ながらそれはでまかせだ、フリーダ。ほら、エリンツィアお姉様を見てみろ。私も食べるほうだが、育ったのは胸筋だ!」

「エリンツィア姉様、そういうことじゃないの!」

「そ、そうだよ男の前でそういう会話すんなよ! 信じらんない、最低――!」

だん、と拳でテーブルを叩くのはマナー違反だ。だが、そうでもしなければ皆、静まらない。

「食事中は静かにしなさい」

低く言い放ったヴィッセルに、騒いでいたきょうだいと弟の婚約者がそれぞれ目配せし合いながら一応、黙る。

まあまあ、と言い放ったのは脳天気な姉だ。

「いいじゃないか、にぎやかな食事で」

「にぎやかと下品は違います。姉上にはぜひ淑女としての手本を見せていただきたいところなのですが?」

「う。わ、私が悪かった。年頃の弟たちの前で不適切な話題だった」

「私はちゃんとしてたわよ」

「弟の皿に食べ物を移す淑女がいたとは驚きだ」

ぐっとナターリエが詰まった。ざまあみろとほくそ笑んでいるルティーヤもついでににらむ。

「ルティーヤも乱雑な言葉遣いを改めなさい。騒がしい」

「……。はーい」

最近やってきた新しい弟は早く話を終わらせることを選んだらしい。なかなか小賢しい相手だ。つい溜め息が出る。

「フリーダは周囲の真似は決してしないように。特に竜妃殿下は決して見本にするな」

「どういう意味ですか」

「安心してください、竜妃殿下。私は竜妃殿下にはまったく何も、期待していない」

素直に心からそう思っていることを口にしただけなのに、ジルがフォークとナイフを置く。とたんに横からハディスがジルに抱きついた。

「ジ、ジル、ほらそろそろデザートだよ!」

「止めないでください陛下、一発殴るだけです」

「死んじゃうから、ヴィッセル兄上が! 兄上、手伝ってデザート作り!」

「なぜ私が」

「ヴィッセル兄上がいちばん上手だもん、盛りつけ」

お願い、と最愛の弟に目を向けられると弱い。ヴィッセルはしぶしぶ立ち上がった。

料理など弟が寝込んだときにしかしないが、弟の料理を手伝うのはよくあることだ。ハディスのやり方はよくわかっているし手際もいいので、まったく苦にならない。

ふたりきりのきょうだいだった頃からの、慣れた作業である。

両腕の袖をまくり、ハディスが用意している材料をざっと見て確認する。

「クレープか」

「うん」

「それで、ご注文は?」

一応尋ねてみると、現金なもので、さっきまでこちらを殴ろうとしていたジル、反抗的だった弟や妹たちが飛びつくようにやってきた。

「わたし、いちごのミルフィーユ風でお願いします!」

「僕はチョコバナナ、生クリームたっぷりで」

「わ、私は、ええと、カスタードの、フルーツ、いっぱい……」

「ねえハディス兄様、こないだのサラダのやつはないの? 私、それがいい」

「できるよ。食事で余ってるの持っておいで、それで作るよ」

「お、なら私もそれがいいな! チキン入りのを頼む」

まだ胸筋を育てる気かと心の内で毒づくだけにしておいた。ハディスが温めた鉄板で焼きあげるクレープ生地に、手際よく材料を乗せ、くるくると生地を巻きつけていく。

おお、と目を輝かせる弟と妹の姿にも無表情で黙々と作業を続けた。こういう作業は嫌いではない。

「リステアード兄上がいないと、面白いクレープが作れなくてちょっとさみしいね。マカロン入りとか斬新なの注文してくるんだもん」

「いちばん好きなのは果物のジャムをつけただけのシンプルなもののくせに、なぜ妙なものに挑戦したがるのかさっぱり私にはわからない」

「ヴィッセル兄上はマロンクリームのだよね。少し待ってて」

いつの間にやらクレープ生地を人数分焼き終えたハディスが、ヴィッセルの分を作り始めていた。

「ハディス、お前は?」

「いつものやつがいい」

ハディスがヴィッセルにいつもねだるのは、生地にはちみつとバターを塗り砂糖を振りかけただけの、単純なものだ。盛りつけも何もない。

だがいつも弟は嬉しそうにヴィッセルからクレープを受け取る。

いつの間にか何人分ものクレープを一緒に作るようになってきたけれど、そこは変わらない。

「楽しいか」

ちょうどクレープにかじりついたところだったハディスが、目だけを向けて、それからこくりと頷いた。行儀が悪いと眉をひそめたが、他のきょうだいも立ったまま食べたりしている。

最近の食事会は毎回こうだ。

そしてヴィッセルは、こんな光景こそが弟が望むものだったともう知っている。だから注意せずに、自分のクレープに目を落とした。

「そうか」

「ロジャー兄上? ルドガー兄上だっけ。何が好きか、いつか聞けるかなあ」

「あれは皇位継承権を返上したから他人でいい。――辛党だった記憶があるが」

「へー、そうなんだ」

――マイナードはどうだっただろう。アルノルトは。

ふっと胸底から疑問がわいたが、すぐに弾けて消えた。いなくなった者を気にしてもしかたがない。

「大人数のほうが楽しそうだから、また増えたらいいね」

減ってしまう確率を決して捨てていないくせに、弟は無邪気に笑ってみせる。そういうところが、ヴィッセルにはたまらない。

たまらなくていっそ諦めさせてやりたかったけれど、今はそういう手段も望めなくなった。

「そうだな」

らしくなく感傷的になっている。最近耳に入ってくる情報が不穏なものばかりだからだと、ヴィッセルは結論づけた。

頭をなでてやると、ハディスが嬉しそうに笑う。そして自分も立ったまま、クレープにかじりつくことを選んだ。あっとハディスが声をあげる。

「ヴィッセル兄上の婚約者はやっぱりマグロがいいのかな? 合うかなあ、クレープ」

「あの女の話はするんじゃない、わかったねハディス」

片づけはいつも早く終わる。皆が手伝うからだ。残り物は下げ渡されることもあるが、パンと残り物を挟んだ簡単な夜食になることも多い。だが、その夜食を作るのはハディスではない。基本、夜に仕事をすることがない弟と妹たちだ。

目に疲れを感じて一息ついたヴィッセルは、日付けがもう変わりかけていることに気づいた。人払いしていたせいで、いつの間にか暖炉の火も消えている。

外は吹雪いているようだった。どうりで寒いと思った。

いったん休憩を入れるかと、紙に包まれた夜食を開いたヴィッセルはつぶやく。

「今回はルティーヤだな」

野菜と肉を適当に挟んだだけの、食べやすそうなサンドだ。あの子はなんでも、ちょうどいいものを用意する。時間をかけて丁寧なものを作るフリーダとも、ほんの少し趣向をこらしたものを作るナターリエとも違う。

毒が入ってなければいい。いつもそう思いながら、ヴィッセルはきょうだいの作った夜食を口にする。

そして今夜も毒が入っていないことを確かめて、きょうだいを少しだけ信じるのだ。

(――信じられなくなったら、詰みかねないが)

ハディスの周囲は一見落ち着いてきているが、それは薄氷一枚分の足場だ。ライカの一件もそうだった。どこかにひびが入れば、すぐさま割れて広がってしまう。

ふせぐためにも、打てる手は打とう。そう思い、伸びをして執務机に向かう。

どさり、と妙に重い音がバルコニーから聞こえた。

雪が落ちたのかと思ったが、降り始めてそんなに時間はたっていないはずだ。カーテンの閉められたバルコニーをじっと見て、眉をひそめる。警備のため焚かれたかがり火に照らされて、影が動いた。

何か、いる。

「――誰だ」

声はバルコニーまで届いたかどうか。ただ強風を叩きつけられたように、窓がびりびり震えた。カーテンの向こうで、ざっと羽ばたいた影は――ひょっとして竜か。

急いでカーテンを引き、バルコニーの戸を開く。雪の降る闇夜に飛んでいく、竜の姿を見つけた。

闇に呑まれず、月によく似た鱗が光って見える。

「黄竜……」

つぶやいて雪の降るバルコニーの床に目を落とすと、マグロが一匹、落ちていた。

「…………」

冷凍マグロだ。かちこちに凍っている。

「……………………」

きっとさっきの大きな音は、マグロが落ちた――いや、落とされた音だったのだ。

「………………………………」

そういえば口にしたくもない婚約者殿は、黄竜に乗ってマグロ釣りをしているとかいないとか。

「………………………………………………」

海面ギリギリで竜を飛ばしながら泳ぐマグロを銛で突くには竜を操る巧みな手腕と体を支える体幹にマグロに負けない腕力と動体視力が必要で以下省略。

「だからなぜマグロ!」

体が雪に打たれて凍る前に、声が出た。

「なんなんだ……! ここまできてなぜ顔を見せない、ならなぜ自分で持ってきた! わけがわからん、人が忙しいこんなときに――!」

叫びながら、ふとマグロに突き立てられた短剣に気づく。雪か氷だと思っていたそれは、紙だった。

雪にかまわず、足を踏み出す。そして短剣を引き抜き、紙を取った。

書かれたことを読み、立ち上がる。そのまま部屋に逆戻りし、部屋を出た。肩や髪についた雪を振り払う手間も惜しんで、ハディスの部屋に向かう。

――フェイリス王女が、春に女王即位。年明けには正式に告知される。

ベイルブルグにいるリステアードからも、病弱な王女フェイリスが王太子ジェラルドの穴を埋めるように社交界に顔を出すようになったという情報が届いていた。穴を埋めるだけにしては厳しい情報統制に、ひょっとしてと疑う反面、まさかと思っていた。

(王太子を差し置いてどういうつもりだ!)

南国王と呼ばれる現クレイトス国王はどこまで承知のうえか。こちらにいるジェラルドは見捨てるつもりなのか。

愛と大地の女神が守護する国、クレイトス王国。だというのに、竜神の器が竜帝と呼ばれるラーヴェ帝国と違い、かの国で女王が存在したことはなかった。

決して姿を現さなかった女神が、表舞台に立とうとしている。

それはまるで、自ら戦う決意をしたかのような。

(ハディス)

竜帝と呼ばれ、天剣を持ち、竜神に育てられた弟。その身に竜神を宿して戦う弟が、女神相手に簡単に負けはしない。きっと竜神も弟を守り、竜帝として正しく導くだろう。

だが、その導きが弟にとって幸福であるとは限らない。

きょうだいができたと喜び笑う弟は、そうさだめられただけ。自ら竜帝になりたいと願ったことなどないと、ヴィッセルはもう知っている。