軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

軍神令嬢は留学を計画中

机いっぱいに、プラティ大陸の地図が広がっている。

椅子で足をぶらぶらさせながら、羽根ペンを持ち、ジル・サーヴェルは悩んでいた。

(方針は正しいはずなんだ、自信はある)

問題は、この作戦を現実にするための戦術だ。

敵を見据えるように、ジルは机の地図をにらむ。

プラティ大陸は、霊峰ラキア山脈を中心に蝶の羽のように広がっており、ラキア山脈を国境として大きくふたつの国が隣り合っている。西側のクレイトス王国、東側のラーヴェ帝国。愛と大地の女神クレイトスと理と空の竜神ラーヴェにそれぞれ守護され、神話時代からの因縁を持ち、何度か戦争もした、敵対国である。

だが最近、やっと和平に向けて動き出した。クレイトス王国サーヴェル辺境伯の三女ジル・サーヴェルとラーヴェ皇帝ハディス・テオス・ラーヴェの婚約が両国の承認をもって正式にまとまったのは、その第一歩だ。

クレイトス王国の王太子ジェラルド・デア・クレイトスもラーヴェ帝国への留学を希望し、帝都ラーエルムに滞在中と、滑り出しは大変いい――実際は竜神ラーヴェ直々に施した結界と鉄格子つきの賓客室でラーヴェ帝国の学者や有識者たちとお話している人質だが、建前は大事だ。

とにかく、一度目の人生と違い、今のところ開戦はふせげている。

だが、油断はできない。長年の因縁や、それぞれ背負うもの。火種はあちこちにある。ハディスと共に帰郷したジルは、クレイトスの国境を守る生家と戦うことを覚悟した。これまで竜帝を守り、愛憎の果てに女神にくだった歴代の竜妃の末路を知った。

そして改めて考えたのだ――自分はどんな竜妃になるべきか、と。

実は十六歳から十歳に逆行し、二度目の十一歳ではあるが、まだまだ経験不足だ。とりあえず形から入ろうと、ラーヴェ帝国に帰国してからは自室に『しつむしつ』なるものを作った。飴色の丈夫な机も用意し、文房具もなくさないよう、置く場所を決めた。座り仕事をするならと、ふかふかのクッションももらった。

そろそろ形だけではなく、行動に移す段階だ。ジルは両腕を組んで、天上を見あげる。

「タイミングだとは思うんだけど、それがなかなか……」

「ジル! おやつの時間だよ!」

時計の鐘とほぼ同時に扉が開いた。満面の笑顔で入ってきたのは、この戦術の最大の難関となる攻略相手だった。

ハディス・テオス・ラーヴェ――現ラーヴェ皇帝にして、竜神ラーヴェをその身に宿し天剣を持つ、竜帝。たとえエプロンを着ていても、皇帝だ。帝城で毎日欠かさずジルのおやつを手作りしていても、皇帝だ。

ハディスがワゴンを引いてやってくる。乗っているのはつやつやの赤い苺がぎっしりのせられ、白いクリームをたっぷりと塗られたホールケーキだ。

「えっそれ、どうしたんですか!?」

「ふふ。嬉しいお知らせがあるんだ。でも、ちょっと大きいかな? 食べられる?」

「食べる、食べます! 余裕です、ひとくちでいけます!」

急いでジルは地図やらペンやらを机の端によせ、ケーキを置く場所を作る。すぐに紅茶のカップと皿がふたつ並べられ、真ん中にケーキが置かれた。

「まだ駄目だよ、切り分けるからね。でもいつもよりは、大きめ。お祝いだから」

「お、お祝いだから大きめのケーキなんですね……!」

フォークを片手にそわそわ待つジルに、ハディスは大きく頷いて、胸を張った。

「いいよ。実は……僕と君の結婚式の日取りが決まりました!」

「えっ」

完全にケーキに集中していたジルは、一瞬ぽかんとする。だがハディスも浮かれているらしい。赤らめた頬に両手を当てて、言い直してくれる。

「来年、君が十二歳になったら、結婚式を挙げます!」

「来年……十二歳……」

「ほら、僕、こないだ二十歳になったでしょ? やっぱり皇帝に妃がいないのは問題だって議題になって、来年の僕の誕生日までにはなんとかしようってことになったんだよ。なら来年の僕と君の誕生日の間くらいがちょうどいいだろうって。君も十二歳ならぎりぎりいいんじゃないか、みたいな?」

政略結婚ならば、状況によっては一桁の年齢でもあり得る。ハディスとジルは政略結婚ではないが、かわりのきかない竜妃という立場を考えれば類似した状況だ。

「君が十四歳になるくらいまでは待たなきゃいけないかもって思ってたから、僕、もう嬉しくって!」

「……」

「やっとこれで名実ともに僕ら、夫婦だよ!」

そのためのケーキか。目を見開いたジルがケーキと夫に視線を行き来させている間に、ハディスがうきうきとケーキを切り始めた。いつもより少し大きめだ。

そしてひとくち、宝石みたいな苺と一緒に頬張れば、そこはもう天国だ。

「~~~~おいひい……!」

「よかった。結婚しても、こうして君にお菓子、作るからね」

ジルはつい、手を止めた。不意に、結婚という単語への実感がこみ上げてくる。

「け……結婚、するんですね。わたしと、陛下」

「そうだね。日取りも決まったからね」

なんだか恥ずかしくなってきた。ケーキも甘くて、ふわふわしている。

「わ……わたし、頑張って、いい奥さんに……立派な竜妃に、なりますね」

「君は今でも十分、立派な竜妃だよ。でも……そっかあ。来年からは僕の奥さんか。お嫁さんとはまた違った響きでいいね」

正面に椅子を持ってきたハディスも、ほわほわしたような表情で紅茶を飲み始める。

いい雰囲気だ。はっとジルは気づいた。

(……今なら、いけるかも)

どうもラーヴェはいないようだし、ふたりきりで話すいい機会なのではないか。

「……陛下。相談があります」

「ん? 結婚式の細かいスケジュールはこれからだよ。とはいえ君は儀式の流れを覚えるくらいだと思うけど……あ、でも刺繍があるか」

「うぐっ……も、もちろん刺繍、頑張ります! ただ、その前にラーデア領のことが気になっていて」

ラーデアは、竜妃の所領だ。ジルは竜妃という称号の他にラーデア大公という地位も持っている。

「ラーデアがどうかした? 復興は進んでるって報告、君にも渡したと思うけど」

「わたし、ラーデアをこれからどんな街にするか考えたんです! はい、これ」

机の端によけた地図や文具の下から、作っておいた書類を引っ張り出す。受け取ったハディスは目をまたたいた。

「……『ラーデアふっこう計画』……最近あんまり外で訓練してないと思ったら、君、こんなもの作ってたの?」

「はい! まだ粗いし、恥ずかしいんですけど……陛下に見てほしいんです」

「えーなんだか僕も緊張しちゃうな。なになに……ふふ、『料理がおいしいびしょくの街にする!』かあ。いいね、ラーデアはあまりこれといった特徴がないからね」

ハディスの同意に、ジルは身を乗り出す。

「そう、そうなんですよ! 南はレールザッツ、北はノイトラールにはさまれてるせいか、中途半端なんです! 国境に接してるのは一部ですけど、地形的にはレールザッツとノイトラールの後方支援はもちろん、最後の砦になれるはずなのに」

「竜妃の直轄領地ってなるとどうしても統率者の不在期間が長いから、三十年、四十年かけた長期的計画が立てにくいんだろうね」

「はい。だから、竜妃がいなくても今後、ラーデアが発展していくようにしたいんです!」

「ああ、それでここにつながるのか。『最強の士官学校を作る』――教育システムを作っちゃうってことだね」

「そう、そうです!」

言いたいことをわかってもらえた興奮で、何度も勢いよく頷く。うん、とハディスは顎に指を当てて少し考えこんだ。

「国境に接してる街だ。平時は軍人を育てる美食の街。有事になれば育てた軍人と蓄えた食料が使える。……いい案だと思う」

「ほんとですか!?」

「ノイトラールとレールザッツにとってもいい話だ。貿易が盛んなレールザッツから食材を売買して、旅行客も誘致する。ノイトラールとは竜騎士団のノウハウを共有しながら、育てた人材を派遣する。……ノイトラール公とレールザッツ公に先行投資と称して金と人材を吐き出させよう。姉上と兄上につなぎをとってもらおうか」

おお、とジルは目を丸くする。そこまで考えていなかった。一方で少し悔しい。

やっぱりまだまだ、ジルとハディスでは物事を見る目線の高さが違う。

「何より君の発案っていうのがいい。頑張って、もう少しちゃんとした計画書にしよう。数字も引っ張って、収支も見込みを出して……でもすごいな、君。こんなこと考えてたんだ」

「はい! わたし早く、立派な竜妃になりたいんです。陛下の隣で同じ高さで世界を見て、物事を考えられる。そんな竜妃に」

ハディスが一瞬真顔になったあと、苦笑い気味につぶやいた。

「もう少し子どものままでいてくれてもいいんだけどな」

「結婚式の日取りが決まったんですよ。急がないとだめです」

「そっかあ。そうだよね」

ハディスが自分の皿にあるケーキをひとくちぶん、フォークで切り取ってこちらへ向けた。

「はい、あーん」

「あーん!」

差し出されたケーキに飛びついたジルのご満悦な顔を見て、ハディスが頬杖を突く。

「こうしてると可愛い子どもに見えるのに」

「もう、陛下はまたそういうこと言って。誤魔化されませんよ」

「はい、あーん」

「あー……ち、違います。そう、もうひとつ相談があるんです!」

「じゃあケーキは食べない?」

「食べます! 食べてから言います!」

結局ハディスのフォークから食べる。笑ったハディスが、指を伸ばしてきた。

「口にクリーム」

「じ、自分でとります!」

「ジルが冷たい……」

「だってさっきから全然、話が進まないじゃないですか! へ、陛下はそうやって、なんか、すぐ……」

「すぐ?」

自分で口元を拭きながらにらんだが、ハディスはすました顔で紅茶を飲んでいる。咳払いをして、ジルは肝心な話を切り出した。

「陛下、ライカ大公国って知ってますよね? ラーデア領と湾を挟んで、向かい側にある島国です」

「そりゃ、うちの庇護国だからね。突然、どうしたの?」

首をかしげたハディスに、ジルはなんでもないふうを装って話を進める。

「竜のことも魔術のことも学べる教育機関が整っているって聞きました」

「ああ、あそこは東の海から流れ着いてきた連中に、海賊退治でうちが竜を貸したことから始まった国だからね。ラーヴェ帝国に忠誠を誓ったけれど、元が移民だからどうしても言語教育とか必要で、その流れで教育に力を入れてるんだよ」

「どの学校もとても水準が高いそうですね。士官学校も素晴らしいって聞きました」

ハディスが紅茶のカップをソーサーに戻した。さぐるような正面からの視線に、ジルも緊張した面持ちになる。

「留学もさかんだとか。それでですね、陛下」

「とても嫌な予感がするから聞きたくない」

完璧な愛想笑いで拒絶された。だがここでくじけてはいられない。

「聞いてください。わたし、ライカ大公国の士官学校に」

「聞かない! 結婚の日取りが決まった日に、そんな話聞きたくない」

「さっきのわたしの計画、いい案だって言いましたよね」

「もう忘れた」

「ケーキ、あーんしてわけてあげますから」

「嫌だ聞こえないーーーーーーーーーー!」

ハディスが椅子を蹴って立ち上がり、そのまま背を向けて走り出した。相変わらず、自分の嫌なことには察しがいいうえ、逃げるのも早い。だがジルもいい加減、ハディスを追いかけてつかまえるのにも慣れてきている。

一気に部屋の出口まで飛び、全力疾走で廊下を駆け、ハディスの背中を追いかけた。

「わたしがケーキわけてあげるって相当ですよ、陛下!」

「それって相当僕が嫌がることをお願いしようとしてるってことでしょ!」

「当たりです、陛下! さすがですね!」

「嬉しくない!」

「おい、何を騒いでるんだハディス!」

曲がり角から現れたハディスの兄が、ハディスの首根っこをつかまえた。素晴らしいタイミングだ。横にはジルの家庭教師のスフィアもいて眉をひそめているが、この際ハディスを足止めしてくれるならなんでもいい。

「そのまま捕まえててください、リステアード殿下! 陛下、聞いてください。三ヶ月だけでいいんです!」

「いやだーーーーーーー!」

「――もう結婚式の日取りも決まったんですよ!」

耳を塞いで叫んだハディスが、まばたいた。どうもかすかに聞こえているようだ。

「わたしは陛下が好きです!!」

突然の愛の告白に巻きこまれたリステアードとスフィアには申し訳ないが、この際壁になってもらおう。ここで仕留めなければと、拳を握ってジルは叫ぶ。

「愛してます!」

「今、愛してるって言った!?」

ハディスが耳をふさいでいた手を放す。よしいける。大きく息を吸った。

「だからわたしを、ライカ大公国に留学させてください! ラーデアに学校を作るために!」

きっちり耳に届いた言葉に、ハディスが絶望的な顔をして膝から崩れ落ちた。