軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33

「状況の説明をお願いできるかな、ジル。誤解があるならときたい」

冷静なロレンスの声色に、双子の弟たちが我に返ったようだった。

「そうだよ、何してんだよジル姉。こんなときに、国璽を取り戻すんだろ!?」

「ナターリエ皇女のこともだよ。竜帝との婚約はさておきさ」

「じゃあ、質問だロレンス。南国王の宮殿にいるお前の姉は、助けなくていいのか?」

双子の弟たちが息を呑む。ロレンスを捕縛する力をまったく緩めないまま、ジルは冷たく言った。

「場所の設定を失敗したな」

「……時と場合くらいは読むよ。今は姉を助けられるときじゃない」

「そうか? わたしの知っているお前なら、この状況でも姉を助けようと策を巡らせる。少なくとも何か頼みそうなものだ――ナターリエ殿下の救出に励むよりもな」

かつての未来で、ロレンスはルーファスとジェラルドの対立が激化した最中に、姉を助けるという私情を優先させた。今よりもっと緊迫した、姉の救出なんて余裕のない状況だった。

あのとき動いた人物が、今の状況で何も言わないなんて、あり得ない。

だとすれば考えられることはひとつ。

「ジェラルド様と南国王は今、手を組んでいるんだな」

国璽が奪われたことも、この状況も、何もかもがクレイトス王国の自演だ。

「だからお前は姉を助けようとしない。助ける必要がないからだ。簡単な推理だろう? おめでとうくらいは言っておいてやる。わたしが竜妃になったおかげだな」

悲惨な未来がひとつ減ったのだ。死因である南国王と協力体制ができたなら、両親も無事ですむかもしれない。結構なことである――狙いが、竜妃でさえなければ。

ロレンスは苦笑い気味に嘆息した。

「そういえば、君にはそういう不思議なところがあったね。まるで、僕が未来に何をするのか最初から知っているみたいな」

「ロレンス様、俺たちは南国王と手を結んだわけじゃない」

咎めるようなアンディの声に、ロレンスはおどけて笑った。

「そうだね。でも彼女にそう言い通すのは無理だろう。竜帝を倒す限りは手を組むんだから。……負け惜しみみたいだけど、僕にも違和感はあったよ。どうして君が、ナターリエ皇女を助けると強行に主張しないのか。普段の君なら、国璽なんかより人命だろう。竜帝に失恋したのがこたえて頭が回ってないのかと思ったんだけど」

「安心しろ、ものすごくこたえてる。わたしは今回、まったく陛下に、当てにされていないんだからな。ナターリエ殿下も、どうせ陛下が手を打ってる」

「へえ、なら竜帝に切り捨てられたのは本当――ぁいたっ」

腕を回すように力をこめてひねると、傷口に塩を塗り込む口が止まった。余計なことを聞いて弟たちが顔を変える。

「ならジル姉、なんでだよ。竜帝と通じてるわけじゃないなら、なんで今、こんなことするんだよ。俺達、ジル姉に不利になるようには動いてないだろ!?」

「もし、ジル姉が竜帝とまだ結婚するとしても、国璽がいるよね。なら今、対立する必要はないはずだけど」

「……お前たちは、わたしより察しもいいし頭がいい。だから、わかってるんだろう?」

自嘲こめて、ジルは笑う。

「本当はわたしと陛下の結婚に、クレイトスの許可も、まして国璽なんて、必要ないんだ」

そう――わかっていないのは、自分だけだった。

「でもわたしがそう望むから、陛下はぎりぎりまで妥協してくれた。お遊びの範囲ですむことに付き合ってくれた。……お前たちは、それを知って、わたしを餌に陛下に仕掛けた。南国王を攻めさせるのに陛下を使おうとした」

ラーヴェ帝国がクレイトス王国の内紛に力を注いでも、下手をすれば侵略行為と見做される。そして国外に力を注いでいる間に、ラーヴェ内部から荒らされればどうなるか。そのことにロレンスもジェラルドも、気づかないわけがない。

もちろん、ハディスも気づいていた。だから、そちらがそのつもりならナターリエを理由にきっちり侵略戦争をすると、やり返したのだ。

「陛下は、わたしへの気持ちをお前たちに利用されたんだ」

なのに、ジルはそれに気づかずに、ジェラルドやロレンスが企んだとおり、ハディスに疑いを向けた。

「……呆れられて、見捨てられて、当然だった」

うつむいたジルに、弟たちまで傷ついた顔をする。演技ではない。演技だったなら、どんなによかっただろう。

「家のことだってそうだ。楽観的に考えすぎていた。うちがクレイトスの加護なしにはやっていけない領地だったなんて、知らずに」

サーヴェル家の領地は広大だ。だが餓えた話など聞いたことがない。それは女神の愛があるからで、竜神の理ではまかないきれないだろう。でも、困っているアンディも言葉を選んでいるらしいリックも、両親も、家のために従えとは言わなかった。

だから、ジルは線の引き方を見誤った。

小さく、確かめるようにアンディが言う。

「……それは、ジル姉が悪いわけじゃないよ」

「そうだ、わたしだけが悪いわけじゃない」

きっぱり断言したジルに、弟たちがまばたきを返した。

「きっと陛下は今、こう思ってる。――ほらみろこうなった、って」

だからジルに、最初から何も教えなかったのだ。

どうせ、ジルは家族の情に負けて裏切る。あの男は実家に挨拶に行く準備をしながら、彼氏だとなんだとうきうきしながら、腹の底では決してその疑いを捨てなかった。

「君もその程度だったって、笑ってる。――舐めすぎだろう、あの馬鹿夫!」

あー、となんとも言えない声をあげるロレンスの首に回す腕に、力を込めた。

「今になって、わたしをそんじょそこらの有象無象と同じ扱い! これはもう、ものすごく怒っていい案件だ。わたしは絶対、陛下の思い通りになんかならない!」

「だ、だったらジル姉、俺らと対立しなくても」

「お前らもだ!」

怒鳴られた弟たちが、ひっとそろって姿勢を正した。

「わたしを陛下に騙されてる可哀想な女にしようとしただろう。ふざけるなよ。なってたまるか、そんなものに。わたしは陛下と結婚する」

「それはやけくそって言わないかな……ジル姉」

「俺もアンディ君に賛成だな。あの竜帝じゃ、幸せになれそうにないよ」

「わかったふうな口をきくな。陛下は……陛下だけが、わたしを利用しなかった」

ジェラルドたちのようにジルを騙そうとも誤魔化そうともせず、あっさり切り捨てたのはハディスだけだ。

ロレンスの腕を左手でつかんだまま、ジルは口角をあげる。

「最高だ。強くないとできない。最高に、かっこいい男だ。惚れ直した。――最高に、腹が立つだけで!」

さようならのひとことだけで、一歩も動けなくなる自分を知った。一方で、さようならを告げるハディスの強さを知った。

だって、大好きな相手を傷つけることも、失うことも、嫌われることも覚悟のうえで、さようならと自ら言えるだろうか。

(馬鹿だ、陛下は)

何か誤魔化すか、言い訳をすればいいのに、いつもそれをしない。

「……わかった、君の心情は把握した。でも、この状況はわからない。僕を人質にとって何か意味がある?」

「わたしを甘く見るな、と言っただろう。――あの結界には何が仕掛けてある。お前たちは、わたしをどうする気だったんだ」

おそらくロレンスはラーデアでの争いを静観したときから、家族の情と竜帝の非道を訴えジルを取りこむことを考えていた。うまくいけば、兵を動かさず竜妃の神器ごと竜妃の力を手に入れられる。だがこの場合、うまくいかずとも竜帝から竜妃という戦力を削げるようにしておかねばならない。でなければ、危険すぎる。

ジェラルドやロレンスも優秀だ。ジルがハディスを選ぶ可能性を決して捨てないはず。

だからたとえジルがハディスを選ばずとも、竜妃としてのジルを無効化するくらいの策があるはずなのだ――絶対に。

(おそらく陛下だって気づいてる。でも、中身がわかってない)

だから、ジルを無理に連れて行こうとしなかったのだろう――そう思うことにしている。

「答えろ。どうせ、神話の何か面倒なやつだろう。あの結界に仕掛けがあるのか」

「……。どうしてだろうね。俺は決して、君も竜帝も見くびってるわけじゃないんだけれど、いつも予想外なことになってしまう」

「時間がないんだ、ロレンス。わたしは陛下が開戦する前に、止めなきゃいけない」

「今の竜帝が君の話なんて聞いてくれるかな」

「逆だ。聞かせられるから、竜妃なんだ。お前たちだって今、開戦するのは困るんだろう」

でなければとっくにナターリエの死体があがっているはずだ。

開戦するなら竜妃の力を手に入れてからか、削いでから。そう考えているから中途半端に待ちの体勢になっている。

不意に、ロレンスが小さく笑う気配がした。

「ひとつ、先に誤解を解いておこう。俺はね、好きじゃないんだよ。愛だとか理だとか、神だとか、そういう摩訶不思議なものに頼って策を練ることは。魔力が少ない逆恨みかな。でも、こうなったらしかたない。君のことは、歴代の竜妃とやらにまかせよう」

「は? どういう――」

双子が静かに動く。はっとジルがそちらに意識を取られたその瞬間、背後から影に覆われた。

上空を振り仰いだジルは、ロレンスを突き飛ばし、うしろに飛びさがる。

そして姿勢を低く構えたまま、自分を見おろす影に笑った。

「……やっぱり、お母様は気づいてましたね」

「そうねえ。だって私の娘だもの。お願いを叶えてくれなかったなんて理由で、すねたりしないでしょう。お願いを叶えてくれないなら、叶えさせればいいものね」

穏やかな口調も柔らかい笑みも、いつも通りだ。

「それに、願いは叶えてあげるほうが好きでしょう? 私と一緒で」

だがいつも辺境伯夫人らしくゆるく結っている髪を、今は頭のてっぺんでひとつに縛り、ドレスを脱ぎ捨てた母親が、尖塔の先につま先だけで上品に立っていた。

「お父様は、やっぱり陛下との結婚に反対なんですね」

「そりゃあねえ。将来戦うことになったらどうしよう、でも反対すればジルが悲しむって、板挟みになってるのを頑張って隠してらしたのよ。あとは根本のところで相性が悪いんじゃないかしら、ハディス君とあのひと」

「ああ、お父様は根がいい人が好きですもんね」

表面は冷たそうでも、基本真面目なジェラルドのことは気に入っていた。表面の当たりがいいだけで根がひねくれているうえ得体の知れないハディスとは、気が合わないだろう。

「今頃、ぼこぼこにされてないといいわねえ、ハディス君」

ちらと流し目でこちらをうかがわれ、ジルは身構えて不敵に笑う。

「陛下のほうが強いので心配してません。お母様こそ、お父様を助けにいったほうがいいですよ」

「ふふ、そうね。あなたを片づけてからそうするわ」

「お母様でも容赦しませんよ、竜妃の神器だってあります」

「まあ怖い。だが覚えておけ、竜妃よ」

シャーロットが口端をあげ、両手に持った二本の鞭をしならせる。

「サーヴェル家は、竜も竜帝も竜妃もおそれない」