軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19

我慢できたのは、ハディスの客室に戻るまでだった。

「どういうことですか、陛下!」

「何が?」

本当にナターリエをジェラルドにまかせたハディスは、室内靴を脱ぎ捨てる。

「ナターリエ皇女とジェラルド様の婚約は、和平が成立したあとの話だって話でしたよね。なんで今、ナターリエ殿下をクレイトスに!」

ジークに問いただすと、ハディスの指示でジルたちよりあとに、内密で入国したのだという。

入国を隠すため護衛も最小限だったと聞いて、頭を抱えそうになった。それではかつて、ゲオルグの一存だけでナターリエが送りこまれたときと同じだ。

以前、ナターリエが行方不明になったのはサーヴェル領を出てからだから、状況は違う。だがあのとき、誰がなんのためにナターリエを狙ったのかは、わからないのだ。今回だって同じことが起こらないとどうして言えるだろう。

ハディスは知らぬことだとわかっていても、口調が強くなってしまう。

「手順が滅茶苦茶です! うちだって寝耳に水ですよ、準備だってできてません! どうしてこんな反感買う真似をわざわざするんですか」

「うち、ね」

小さく反駁して、ハディスは気怠げに寝台に腰かけた。

「和平が成立するなら、早かろうが遅かろうが変わらない。それに正式な打診じゃない、顔見せだよ」

「でも、何かあったらどうするんですか!?」

「何かって、何? 僕と君が、ジェラルド王子やご実家に反対されて婚約できないとか?」

「こ、ここまできてそれはないと思いますけど……」

「ならいいでしょ、問題ない。ナターリエに何かあったらそれこそ開戦だ」

一笑するハディスに、ジルはぐっと拳を握った。

ジークはナターリエについていくよう指示したので、ここにはいない。カミラはまだ戻ってきていない。だからふたりきりだ。

落ち着いて、と言い聞かせる。

「……わたし、聞いていませんでした。ナターリエ殿下がくるなんて」

「どうなるかわからなかったからね」

「嘘です、わざと教えなかったんでしょう! ヴィッセル殿下も、リステアード殿下も、エリンツィア殿下だって知ってたはずです!」

だがのらりくらりかわすようなハディスの答えに、苛立ちのほうが勝ってしまう。

「説明してください。どうしてわたしに何も言わなかったんですか」

「逆に聞きたい。どうしてそんなに反対するのか」

冷静に質問を返されて、ジルは口ごもった。実はこれからナターリエ皇女は誘拐されるかもしれませんなんて、それこそ和平がかかっている今、言えるわけがない。

それをどう思ったのか、ハディスが口端をあげた。

「そんなにジェラルド王子が結婚するのが嫌?」

「はあ!? なんでそうなるんですか。何を誤解して――」

「まあ、複雑にもなるよね。初恋の相手なら」

返答に詰まってしまった。だがハディスに鼻で笑われると、かちんとくる。

「今はそんな話、してないでしょう!?」

「じゃあジェラルド王子とどんな話をしてたの?」

「ちょっと、三百年前の話とか、聞いただけです!」

言ってしまってから、まずいのではないかと気づいた。だがもう遅い。

ハディスがぞっとするほど冷たい目をして、吐き捨てる。

「さすが、油断も隙もない」

「……わっわたしは、そんなふうにならないようにって、だから」

「だから初恋の王子様と仲良く散歩するわけだ」

「――ッなんなんですか、その可愛くない嫉妬!」

「別に可愛い男になんかなった覚えないよ。僕は大人だ。ちゃんと受け止めてる」

はっと嘲る様が、大変生意気で可愛くない。今すぐ、腹に一撃叩き込んで寝台に沈めてやりたい。頬をひくつかせながら、精一杯、静かに告げる。

「陛下が自分から大人だなんて主張する日がくるなんて、意外です」

「僕も成長してるってことじゃないかな」

「だとしたらずいぶん嫌な方向に育ちましたね!」

「何? 捨てないでくれって泣きすがると思った? 浮気されかけてるのに、なんで僕が?」

「浮気なんてしてません! わたしがなんのために色々、気を遣ってると」

「頼んでない」

素っ気なく言い捨てて、ハディスは寝台に潜り込んだ。

「僕がいない夕食会、せいぜい楽しんできたら?」

自分の血管はよくもったほうだろう。

「そうしますよ、陛下のばか! そこでいじけてろ!」

後ろ手で力一杯扉を叩き閉めると、みしみし音がした。だが怒りはおさまらない。

(陛下はいっつもそうだ! いつも、わたしをためすみたいにして……!)

こういうときは肉だ。肉を食いちぎるに限る。

ハディスのいない夕食会は、とても楽しめそうだった。