軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結婚を認めてもらう試練の道の最後にあるのは、鐘だと聞いていた。その意味がわからなかったのだが、辿り着いてジルはその光景を見る。

荘厳な鐘の音が、斜面の草原に響き渡った。結婚式で鳴る鐘と同じ音色だ。出口の門は、教会の出口を見立てているような造りになっていた。

ちょうど日がいちばん高く昇った時刻。サーヴェル家の本邸も、牧草地も、水路も、風車もすべて見下ろせる位置から、鐘が鳴る。

なんだかんだ迷ったり罠にはまったり、想定より時間がかかってしまった。

だが、入り口からここまでまだ四日目だ。つまりこれは。

「最短記録更新! やりました陛下!」

煤けた頬をしたハディスに飛びつく。よろけたものの受け止めたハディスは、力なく笑った。

「そ、そう……よかった……もう何がなんだか最後わからなかったけど……」

「天剣で吹き飛ばしてやろうかと俺も思った」

「やったーこれで結婚ですよ陛下!」

「ほ、ほんとかなあ……そんな簡単にいく……?」

「おんやまあ、ジル姫様じゃないですかい!」

ハディスの首に両腕でぶらさがっていると、声がかかった。

鐘の音を聞いて集まってきた領民たちだ。農作業服だったり、見回りの警備服だったり、普段着だったり、格好はそれぞれだが、どれも見知った顔ばかりだ。

ジルは笑顔になってハディスから離れる。

「はい! お久しぶりです。皆さん、元気でしたか!?」

「元気だべさあ。しばらくぶりだな、姫様。ラーヴェ帝国へ単身攻め込みにいったって聞いたけど、首尾はどうだったい」

「え、そうなんか? おらぁ竜の肉を求めるグルメ旅に出たって聞いたぞ」

「いやいや、ラーデアのすげえ武器を奪ってくるって話だったじゃろが」

「てっきりノイトラール竜騎士団を壊滅させにいったんじゃとばかり」

「やるなら先にレールザッツじゃろ。あそこ襲撃しておびきよせるんじゃ。そしたらノイトラールが手薄になるでな」

「それならフェアラートの軍船かっぱらってくるのが先だべや」

ハディスが聞いているのになんてことを言うのだ。真っ赤になったジルは大声で怒鳴る。

「どれも違います! もう! この鐘が鳴ってるんですよ! それで、わたしと一緒に男のひとがいるんですよ! わかるでしょう!?」

びしっと後方のハディスを指さす。皆がぽかんとしたのは、ハディスの見目に奪われているからだろう。本邸近くに住む領民は最前線から退いた高齢者が多いが、魔力の高い手練ればかりだ。そうでなければラキア山脈中腹で生活などできない。つまり、ハディスの強さも一目で見抜く。

「おんやまあ、えらいええ男でないかい!」

案の定、ひとりが感心したように叫んだ。ジルは両腕を組んでふんぞり返る。

「でしょう。わたし、このひとと結婚――」

「どうしたんだお前さん、ジル姫様に脅されたんかい。可哀想に、ほれ水だ」

「試練の道、通ってきたんか。こげにぼろぼろになって……元はどこからきたんね」

「え、あの、ラーヴェ帝国から僕……」

「姫様、まさかラーヴェ帝国から誘拐してきたべか!?」

えっとハディスが固まった。ジルは慌てて叫ぶ。

「そうじゃなくて、わたしの――」

「強い男がいいゆうてたからなあ……これが肉食女子か、おっかねえ」

「姫様に目ェつけられちゃ逃げられねぇべな。見かけはちっちぇえが怪獣だし」

「三日間、竜を追い回したこともあるもんなあ」

「おーい、大変だ、ジル姫様が男を誘拐してきおったぞ! えっれえべっぴんなの!」

「そら大変でねえか! お館様に知らせねば」

「奥様には知らせるでねえぞ、帰れなくなるかもしれん、あの体と魔力」

ジルが訂正する間もなく伝言ゲームでどんどん話が広がっていく。

「な、なん……なんで、わたしが陛下を連れてきた、だけで……」

ぶるぶる拳を震わせて立ち尽くすジルに、ハディスが妙に明るい声をかける。

「き、気さくで明るい人たちだね。ジルの故郷の皆さん!」

「……」

「……。あ、あの、ジル。ぼ、僕は、その、気にしてないから……」

「……すみません、陛下。わたしとしたことが、ラーヴェ帝国でお世話になっている間に色々なまったみたいです」

六年後から巻き戻ったところから考えると結構な時間、故郷から離れていた。

ばきばき拳を鳴らしたジルに、ハディスがおののく。だがかまわず、ジルはそばにあった巨大な岩を片手で持ち上げる。

ここはサーヴェル家。

力がすべての、ジルの生家である。

「ひとの話を聞け、結婚したんだって言ってるだろうがーーーーーーー!!」

「ジ、ジル! 落ち着いてジル! あの、皆さんも逃げて――」

「ジル姫様がキレたぞー今日の隊長どいつだべや」

「第三部隊、防衛線構築ー」

「目標、ジル姫様だ、撃ち落としたれやぁ!」

「お、応戦しちゃうの!? 姫様じゃないの!?」

ハディスの突っこみを爆発がかき消す。ジルが投げた岩が魔力の弾で撃ち落とされた。爆音と爆風が巻きおこり、ジルは唇の端を持ち上げる。

さすがサーヴェル家本邸にいる者達だ。この手練れたちに、ジルは鍛えられて育った。

上空にあがったジルはばちばち全身に魔力を奔らせて威圧する。

「いい度胸だ。わたしがどれだけ強くなったか思い知らせてやる」

「ジ、ジル落ち着いて僕、展開についていけな――」

おろおろ地上からジルを見あげていたハディスが、気配を殺して近づいた老婆に背後をつかれて、あっという間に魔力の縄で上半身を拘束された。そのまま半円を描いて敵陣に放りこまれてしまう。

「陛下! 人質のつもりか、卑怯な!」

「ほっほっほ、自分の男を自分で守れぬなど、サーヴェル家の姫の名折れですよ」

「姫様を上空から叩き落とせ!」

「やめないか、騒がしい!!」

魔力の振動をこめた一喝に、空気がびりびり震えた。上空に展開された魔法陣がかき消える。

ジルはその一瞬の隙にハディスのそばに辿り着いた。

「大丈夫ですか、陛下。変なことされてませんか」

「う、うん……変なことって何……?」

「油断しないでください、ここは戦場です」

「僕ほんとにどこに何しにつれてこられたの!? でも今、誰か止めに……」

「なんなんだい、みんなして。ゆっくり筋トレもできないじゃないか」

屋敷のほうからふくよかな体の紳士が出てくる。ただし、上半身は裸だ。皆の隙間からその姿を見て、ジルは叫んだ。

「お父様!」

肩にタオルをかけて目を丸くしたのは父親――ビリー・サーヴェル。現サーヴェル伯爵家当主に、皆が道をあける。

「ジルじゃないか! どうしたんだ、帰宅はまだ先じゃなかったか? しかも、麓の屋敷で出迎えって聞いたはずだが……はて? 違ったかな?」

「いえ、違いません。そっちはそっちで着きます、それとは別ルートで」

「まさかさっきの鐘は、お前なのかい? なら――まさか、お前。そちら様は!?」

父親に目を向けられたハディスがびしっと背筋を伸ばした。

「あ、は、はい! あの、僕、えっとっ」

おろおろしているハディスにジルも手に汗をかいてしまう。ここまできたのだ、かっこよく決めてほしい。

「へ、陛下陛下、頑張って」

「う、ううう、うん! あの、はじ、初めまして! 僕はジルの――か、彼氏です!!」

顔を真っ赤にしたハディスがそのまま両手で顔を覆って悶える。

皆の間に冷たい風がぴゅうっと吹く。どうかハディスが気づきませんように、とジルは心の底から祈った。