軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「ラーヴェ国内はずいぶん落ち着いてきたわ。なら次は国外よね。そして和平には、王族同士の結びつきがいちばんよ」

「それは、そうだけど、でも……」

「だったら、私がジェラルド王子に嫁ぐのが手っ取り早いじゃない。ハディス兄様はジルと結婚するんだから」

思わずジルは声をあげた。

「あの、そんな、わたしと陛下のために」

「勘違いしないで。私は私のためにやるのよ。考えたの。エリンツィア姉様みたいに軍を率いれるわけじゃない。フリーダみたいに後ろ盾がはっきりしていて、国内で貴族の結束を固めるための結婚ができるわけでもない。そんな私が役に立つ方法。――クレイトスの王太子妃なんて、すごくない?」

ふふんとナターリエが笑って、髪をうしろに払った。

「何よりそこの嫌みなヴィッセル兄様だって黙らせられるのよ。最高でしょ」

「大した理想だ。万が一にもそんなことになれば、なんでも願いをひとつ叶えて差し上げることにしよう」

「あら、約束よヴィッセル兄様」

強気に笑っているが、不安がないわけではないだろう。ナターリエはジルよりもよほど自分の行動の影響や、情勢が考えられる皇女なのだ。因縁の仮想敵国に嫁ぐ、その危険性をわかっていないはずがない。

だが静かな目には、強い意志が宿っていた。

「私はラーヴェ皇女なのよ。使いどころは、今のはず。間違えないで」

本当にナターリエを止めたいなら、どんな手を使ってでも阻止するであろうヴィッセルや反対し続けるであろうリステアードが、沈黙し続ける。それこそが答えでもあった。

国防の要であるエリンツィアを嫁がせるわけにはいかないし、フリーダは幼いうえに三公と呼ばれるラーヴェ皇族と姻戚関係にある有力貴族との関係がややこしい。

年齢的にも立場的にも、ナターリエが最適なのだ。おそらくジルとハディスのことがなくても、和平のための確実な一手なのだろう。

(でも……大丈夫なのか。また前と同じようにクレイトス国内でナターリエ殿下が誘拐されて殺されたら、それこそ和平も何も……)

救いは、かつてのジルの経験と今の状況が違うことだ。あのときナターリエをクレイトスに送りこんできたのはハディスと争っていた叔父のゲオルグで、紛争中の独断だった。今はナターリエの意思で、ラーヴェ帝国の外交だ。以前はナターリエの死をラーヴェ帝国が深く追求してくることはなかったが、今回はナターリエに何かあればラーヴェ帝国が調査に乗り出す。それだけでクレイトス国内の対応も変わるはずだ。それにクレイトス国内も、少なくともジルがジェラルドの婚約者でないという点で違うことがあるだろう。

「私はナターリエならできると思うぞ」

それぞれの複雑な沈黙を、エリンツィアが明るい声で破った。

「こんなに賢くて可愛い私の妹なんだ。きっとジェラルド王子だって気に入るさ。フェイリス王女とだって仲良くやれる。それに、まだ提案の段階だ。相手と顔合わせもしていない状況でああだこうだ言ってもしかたないだろう? クレイトスの出方もわからない。駄目だったら駄目でなかった話にすればいい」

「単細胞め、誰が尻拭いをすると思ってる」

「何か言ったか、ヴィッセル」

「いいえ姉上、なんでもありません。言っていることはわかりますよ。打診だけでも、和平交渉にどれだけ真剣に応じる気があるのか、クレイトスの出方を見る試験紙にはなる」

ナターリエとの婚約話を受けるのか、断るとしたらどんな理由になるのか。クレイトスの反応は、情報のひとつになる。頷いて、エリンツィアが皆をぐるりと見回した。

「だったら、ナターリエを信じてまかせてみよう」

「こんな凡庸皇女のどこに信じられる要素が?」

「なんですって」

「ヴィッセル。お前はどうしてそう、素直に妹が心配だと言えないんだ」

「は? やめてよエリンツィア姉様、気持ち悪い」

「まったくだ」

同意し合ったヴィッセルとナターリエに、エリンツィアが呆れた顔をする。

「仲がいいんだか悪いんだか……」

「――慎重にならざるを得ないんですよ、姉上。もしナターリエに何かあればクレイトスの関係だけではなく、ハディスの失策になって国内に響く。やはりハディスはラーヴェ皇族など認める気がないのではないか、とね」

両膝に肘を突いた前屈みの姿勢で、リステアードが唸るように続ける。

「だが……僕もナターリエに賭けたいとは、思う。ラーヴェ皇女だからこそできる策だ。同じラーヴェ皇族として、妹に先をこされるのは悔しいがね。大したものだ、よく腹をくくった」

「な、何よいきなり、リステアード兄様……」

「事実だ。ジル嬢がジェラルド王子の婚約者候補だったことへの埋め合わせにもなるし、三公も承知のうえでナターリエを送り出せば、安全は最大限確保できる。最善の外交手段だ」

リステアードがまっすぐヴィッセルを見た。

「レールザッツ公の説得は僕がする。ノイトラール公はこういったことには口出しはしてこないはずだ。フェアラート公はあなたが押さえられるだろう、ヴィッセル兄上」

片眉をあげたヴィッセルが、大きく嘆息し、ハディスを見た。

「お前はどうなのかな、ハディス。反対か、賛成か」

決断をするのが皇帝のハディスの仕事だ。ジルもちょっと緊張してしまう。皆に注視される中、ハディスが真顔で言った。

「僕がジルのご両親にちゃんとご挨拶するのが先だと思う」

しんと沈黙が落ちた。リステアードが顔を覆って唸る。

「それは、そう、かもしれない……がっ……この雰囲気でもう少し何かないのか、こう!」

「そんなこと言われても……みんな先走って考えすぎだよ。ジルも」

「えっ」

「さっきから自分のせいかもって心配してるでしょ。でもナターリエの話は、僕と君の結婚がちゃんとご両親に認められるかどうかによるんだよ。まだ打診もしてないし」

「そ、そうですけど……ジェラルド様がナターリエ殿下に何をするかと思うと」

どうしても不安が拭えないでいると、ハディスがにっこり笑った。

「ジル、そもそも和平交渉ってどういうことかわかる?」

「……ええと、戦争をしないように、約束します。書面を交わして、握手するとか! 裏では互いをつねり合ってるかもしれませんけど、表面上はそうします」

「うん、それは和平の結果だよね。その前はこんな感じ」

ハディスが左手を、握手するように差し出した。つい左手を出そうとして、ジルは止まる。

左手を差し出す一方、ハディスは笑顔で右手を拳にしていた。要は殴りかかる体勢だ。

「わかった?」

「……えっ?」

「……せいぜい有利に働けるようにしておけ、リステアード」

「僕は穏便にいきたいがね。まあ確かに和平となると、そこからか」

「えっ? えっ?」

ジルが呑みこめないうちに、ヴィッセルとリステアードが話を進めてしまう。ナターリエが不満そうな顔になった。

「ちょっと、何。どういうことなのよ。和平交渉するのよね? エリンツィア姉様」

「そうだと思うが、わかるようなわからないような……最前線に立つと交渉には疎くて。でも大丈夫だ、最終的に何があっても私が迎えにいってやるから」

「それ戦争起こってない!?」

「ナ、ナターリエ、おねえ、さまは……決めた、んだよね」

小さなフリーダの声に、皆が静まった。ぎゅうっとドレスのスカート部分をつかんでうつむく妹の前に、ナターリエが膝をつく。

「大丈夫よ。まだ先の話」

一度唇をへの字にしたあと、フリーダは頷いた。

「わかっ……おね……さまが、決めたなら……応援、する」

ところどころ声が途切れるのは、泣き出すのを我慢しているからだろう。だがそれはナターリエに伝染したようで、やだ、とナターリエのほうが洟をすする。

「もう、そんな顔しないのフリーダ……」

「そうだ、おめでたいことなんだぞ。おめでたいことに、しなきゃいけないんだ」

妹ふたりの肩をまとめて抱えたエリンツィアは、正しい。ヴィッセルが冷ややかに言った。

「誰がその根回しをすると?」

「さあ、面倒なことは弟たちに全部任せて、わたしたちはおいしいものでも食べて元気を出そう! スフィア嬢、おすすめのお茶とお菓子を用意してくれないか、わたしたちに」

そこで初めて、ジルは扉をふさぐカミラとジークのうしろに、ローを抱いたスフィアがいることに気づいた。