軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ナターリエ皇女誘拐事件(6)

南国王の後宮といえば汚職と賄賂、この世の堕落を詰め込んだ空間だと聞いていたが、案内されてみれば普通の宮殿と変わらなかった。あえて特徴をあげるなら、調度品もそこかしこにある飾りも金が多くて、華美なことくらいだろうか。要は派手だ。見目麗しいルーファスの顔を思い浮かべると、なんとなく納得する。

湯浴みで泥を落とし身支度を整えさせられたナターリエは、ルーファスの私室だという部屋に案内された。部屋の真ん中にでかでかとした円形の豪奢な寝台が鎮座していて居心地が悪いことこの上ないが、使用人たちは平然とナターリエをソファに腰かけさせ、紅茶やら菓子を並べ、給仕している。

気にしたら負けだと、ナターリエは背筋を伸ばした。

「やあ待たせてすまないね、久しぶりの正装に手間取ってしまった」

十分とたたないうちに、大股歩きでルーファスが部屋にやってきた。時間よりも空間を気にしないのかと思いつつ、ナターリエは立ちあがって一礼する。

「ああ、ああ、堅苦しいのはやめにしよう。息子の婚約者に会うなんて初めてだから僕もわくわくしてるんだ」

「えっ……?」

「ひどいだろう。あの子ときたら僕には全然相談してくれなかったんだ。フェイリスのことばかりと思ってたけど、成長してるんだなあ」

ぎこちなく、ナターリエは頷くだけにしておいた。

(……サーヴェル家の姫との婚約について、知らないの? ひょっとしてジェラルド王子が隠してる……?)

何も確信が持てない以上、聞き流しておいたほうが無難だろう。

「さあ、何から話そうか。時間もないし、さくさくいかないと」

「何かご予定が?」

「そりゃあ、息子が君を取り返しにくるだろうからね。さながら姫を助ける王子のごとく」

ルーファスが正面のソファに腰をおろしたのに合わせて座り直そうとしていたナターリエは、中腰のまま一瞬止まってしまった。長い脚を組んでルーファスが楽しそうに言う。

「だって僕がただで君を帰すわけがないからね。いつまで無事でいられるかは君次第だよ」

やたら自己主張の激しい寝台は、ナターリエの斜め後ろにある。にやりとルーファスが笑った。

「息子は真面目だからね。何も起こらないうちに君を奪い返さないと、ラーヴェ帝国との国際問題になる。それをさけたがってるんだ」

「……その、国王陛下が私を王都に送ってくだされば、何も問題にならないのでは」

「なぜそんなつまらないことを僕がするんだい?」

不思議そうに言われて、頬が引きつった。

「それよりも話をしようじゃあないか。君は竜帝を知っているね?」

「え? は……はい」

「どんな奴だい?」

国王とはいえ隣国の皇帝を奴と呼ぶのは如何なものか。などと考えるだけ無駄だろう。

それよりも不可解な質問に、ナターリエは眉をひそめる。

「どんな……と言われましても」

「なんでもいいよ。一人称は何?」

本当にどうでもいい質問に、ナターリエはまごつく。まごついて気づく。

あの異母兄は、どんなふうに話していただろう。ほとんど話すこともなくすれ違うだけで終わった、近づくのが恐ろしいほど美しい兄。

「……確か……僕?」

なんとか思い出したナターリエの回答に、ルーファスが目を輝かせた。

「僕! 僕か、よかった正解だ!」

「せ、正解……ですか?」

「そうだよ! じゃあ服装はどうかな? 見目は?」

この会話はなんなのだ。だんだん不可解さより不気味さが上回り始める。

なぜ、クレイトスの国王が竜帝をこんなに気にする。ラーヴェ帝国では辺境で育ち、呪われた皇帝だ、今は偽物だと糾弾されているあの兄を。

(知らないわよ、だって――だって?)

ひょっとして、自分はものすごく間違ったことをしてきたのではないか。

上等なドレスの下の肌が粟立つのを感じながら、ナターリエは答えた。

「その……皇帝陛下は、黒髪に、金の目、なので。服装にしても、国王陛下と似合う色味がそもそも違うかと思いますが……」

「そりゃあそうだろう、竜帝だからね。そればっかりはなあ、逆にしかなれない」

金の前髪をつまみあげて、ルーファスが残念そうに言う。それでふと気づいた。

この男もジェラルドも、金髪に黒の瞳。黒髪に金の瞳をしたハディスと逆だ。

(……だから、何。なんだって言うの)

別に珍しい色合いでもない。そもそも、黒髪に金の瞳は竜帝の生まれ変わりの色とは言われているが、それはラーヴェ帝国での話だ。クレイトスには何の関係もないはずだろう。

「この間、息子の誕生日に王都にきてたらしいんだが、僕はそれを教えてもらえなくてね」

黙っているナターリエのことなど放置して、ルーファスが勝手に話を進める。

「本当にひどい息子だよ。自分だけは本物に会うなんて、ずるいじゃあないか」

「……ずるいのですか」

「ずるいよ。僕が猿真似だって言われてしまう。まあ竜妃がいない竜帝なんてつまらないからいいんだけれどね――そうそう、ラーヴェ帝国では竜妃の候補とかいないのかい?」

「りゅ、竜妃、ですか。いえ、まだ聞いたことは……兄――皇帝陛下は、即位したばかりですし色々ごたごたしていて、婚約の話もまだ……」

「そういえば今、内乱が起きているんだっけ。暇だねえ」

どうでもいいことのように言って、ルーファスは皿の上にあるクッキーをつまんだ。

「でも、本物に挑む勇気は称賛に値するかな。……ああ、ひょっとして息子がこの間持っていったのはそのためなのか。あの子も真面目だなあ。もう少し楽しめばいいものを」

これは国政にかかわる扱いの難しい話題だ。慎重にナターリエは言葉を選ぶ。叔父の顔を思い浮かべながら。

「ラーヴェ皇族にとっては楽しめることではありません。叔父と異母兄、どちらが皇帝にふさわしいかという問題ですから」

「皇帝にふさわしい?」

きょとんと聞き返したあとで、ルーファスが突然腹を抱えて笑い出した。あっけにとられたあとで、ナターリエの内側から怒りがわいてくる。

「な、なんですか!? 笑うだなんて」

「ああなるほど、てっきり腹をくくって開き直ったのだと思っていたが、ただ知らないだけか! 知らないまま君は送りこまれてきたわけだ……まさか慈悲なのかな。なるほどなるほど、ゲオルグだかなんだか知らないが偽者も、なかなか残酷なことをする!」

「に、偽者って。何がそんなにおかしい――」

「僕はね、今は小さな子どもを弄ぶのが楽しい」

突然また何の話だ。怒鳴り返そうとしたが、ルーファスから投げられた昏い笑みに震え上がった。

「なぜかわかるかな?」

ゆっくりと真綿で首を絞めるような、ねっとりとした問いかけに、どうにか首を横に振る。喉を鳴らしてルーファスが笑った。

「何も知らないからだ。この世の中は優しくて綺麗で、正しいことがあって、助けてもらえると思ってる。自分は生きていける、そういう世の理を信じている。あの無垢な目が絶望に染まっていくのが、それはもう楽しくてしかたない!」

「……っ」

「親に差し出され、助けを振り払われ、泣きわめいても無視され、生まれたことが間違いだったと知るときのあの絶望だけが、僕を慰めてくれる。愛なき理など、無力だとね」

悪趣味。最低。様々な言葉が胸を飛び交うが、唇を三日月にして笑う男の瞳が怖くて、唇は凍り付いたように動かなかった。

「君との遊び方を決めたよ」

下からのぞきこむように、ルーファスが昏い目を輝かせる。

「皇女だと胸を張りながら、どこの輩とも知れぬ連中にその身を代わる代わる穢される。そんな定番の展開じゃ物足りないと思っていたんだ。息子にもいい試練になるだろう」

息子。ジェラルドのことだ。無事に帰してくれると言った。今はそれだけを握りしめておこう。自分はここで死ぬことだけはできない。

この男に屈することだけは、だめだ。それだけはわかる。

この男の思考に、話術に、のってはならない。呑まれては――

「君はね、ラーヴェ皇族なんかじゃないんだよ。竜神の血を継いでいないんだ」