軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

軍神令嬢は竜帝陛下を夜這い中

ラーデアの人々はたくましく、そして親切だった。

ハディスが倒れたと知るや否や、城の中でいちばんいい部屋を掃除し整えて、湯浴みから食事まで準備してくれたのだ。半分がハディスをパン屋と勘違いしたままである。途中で皇帝だと知られて混乱も起きたが、今はそれも静まり、静かな夜だ。とても今朝まで戦場だったとは思えない。

ハディスに用意された寝室のバルコニーにそっと足をおろし、ジルは出入り口に手をかける。おりている内側の錠は、気づかれないよう魔力で持ちあげてはずした。

そうっと、音を立てないよう部屋の中に入りこむ。

室内は誰もいない。警備の甘さにいつもなら眉をひそめるが、人手も足りていないだろうし皆の疲労を考えれば、致し方ない。

ただ思うことはある。

(だから陛下と一緒の部屋でいいって言ったのに、あの小舅め)

たとえ認めたと言っても、結婚前。間違いがあったらどうするとヴィッセルは主張し、周囲もそれに同調して、寝室をわけられてしまったのだ。決定権を持つハディスは意識を失っていたので、ジルの反対は見事黙殺された。

「わたしが陛下と一緒でいいって言ってるのにおかしいだろう」

ろくに動けなくなっているハディスをひとりにするほうが大問題だ。不満をつぶやきながらジルはそうっと寝台に近づく。

ハディスは眠っていた。

ラーヴェの姿が見えないから、中で一緒に休んでいるのだろう。呼吸は安定していて、顔色も悪くなさそうだ。でもそっと指先でふれた頬が冷たい。

寝間着できて正解だった。

ハディスを起こさないように、シーツを端から持ちあげて中に入りこみ、もぞもぞ這って枕があるあたりでぷはっと顔を出す。

よしと体を起こしてハディスにずれた毛布をかけ直そうとすると、金色の目と目があった。

「……何してるの、ジル」

「陛下!? お、起こしちゃいましたか。すみません……」

「いいよ、昼間ずっと寝てたから……それよりどうしたの。今、夜だよね?」

「陛下をあっためにきました! 久しぶりに一緒に寝ましょう」

ハディスが固まったと思ったが、ごろりと背中を向けて両手で顔を覆う。

「そ、そんな、心の準備が……っ」

「……何言ってるんですか、今更。ずっと一緒に寝てたのに」

「そうだけど! そうだけど、その、こな、こないだからは……初めてだしっ」

こないだ。

はてと思ったが、すぐに思い出した。ヴィッセルがくる前夜、恥ずかしくて互いに背中を向けて寝た日だ。シーツ越しににらまれて、ジルの顔の温度も知らず上がる。

「も、もうずいぶん前じゃないですか! それにあのときだって、一緒には寝たし……!」

「じゃあひっついて寝るの!?」

「そ、そりゃあ、その、あっためにきたので……」

ひっつかないと意味がない。もごもごするジルの前でハディスがまた顔を両手で覆った。

「むり」

「そ、そんなこと言ってたらいつまでも一緒に寝られないじゃないですか!」

「……ぼ、僕と一緒に寝たいの? そんなに?」

シーツで半分顔を隠してハディスが期待した目を向ける。

この、とジルは再度、羞恥と怒りで顔を赤くした。

「一緒に寝たいのは陛下のほうでしょう!?」

「僕はそんなこと言ってないよ!」

「ローが! 散々他の人に可愛がってもらったあと、わたしにべったりひっついて一緒の布団で寝ようとしました!」

「あの馬鹿竜……!」

ちなみに熟睡しているローは、ちゃんと籠に入れて毛布をかけておいた。続きの部屋にカミラとジークがいるし、問題ないはずだ。

「だからわたしは陛下がさみしいんだなって思ってきたんですけど!? ……それとも」

急に不安になって唇がうまく動かなくなった。膝の上の服をつかんで、うつむく。

「あ、会いたかったのは……そばに、いたいのは、わたし、だけですか」

なんとも言えない沈黙が落ちた。

言うんじゃなかったと思ったとき、むくりとハディスが起き上がってびっくりする。

「陛下、寝てないとだめです」

「うん。でも、君に会ったら言おうって思ってたことを言い忘れてたから」

なんだろう。見あげたジルの肩に、ハディスが額を当てる。

「ただいま」

じんとお腹の底をとろかすような甘い声だった。大きな溜め息を吐きながら、こてんとハディスが首筋に頭を傾ける。

「ほんと、今回は疲れた。もう何回、君のところに帰ろうかなって思ったか」

「……自分で出てったくせに……」

「うん。だから頑張った」

そこは否定しようがないので、ジルはハディスの頭を抱きしめる。

「おかえりなさい、陛下」

「うん」

「でも、わたしに黙って出て行くのはこれっきりですよ」

「気をつけ――いひゃひ」

「気をつけるじゃだめです。絶対です。……陛下だって言ってたじゃないですか。わたしが女神から守ってくれるんだって」

ジルに引っ張られた頬をなでながら、ハディスが体を起こす。ジルはその胸に人差し指を向けて宣言した。

「なら、陛下はわたしに守られてなきゃだめです」

一拍あけたのち、ハディスがふらっとそのまま仰向けに倒れた。と思ったらシーツをつかんでごろごろ転がり出す。

「ぼ、僕のお嫁さんがかっこいい……無理!」

「はい陛下、もう寝ますよ。まだ熱さがってないんでしょう」

「なんでいきなり冷たくなるの!?」

「陛下がいつも通りかっこ悪くて安心したので」

「ひどい! そういうこと言うなら、僕にだって考えが――」

うるさい口を手でふさいで、その上から唇を重ねた。先制攻撃だ。

心臓は飛び出しそうだけれど、まん丸のお月様みたいになった金色の目が愛しくて小気味いい。

「文句、ありますか?」

手を離すとぐいっとシーツの中に引っ張られて、ハディスの腕の中に閉じこめられた。

「あるよ。僕が死んだらどうするの」

笑ってジルは両腕をその背中に回す。心なしか、ハディスの体が温かくなってきている気がした。同じくらいどきどきしているのかもしれない。

(だったらいいな)

ちゃんと恋をしてる感じがする。

話したいこと、聞きたいことはたくさんある。フリーダが待っていること。ナターリエが頑張ったこと。ここにきてハディスが何をしていたか。帝国軍のこと、パン屋のこと。特に、ジルの知らないハディスの新作のパンがあるってどういうことだ。

解決していないことも山積みだ。

クレイトスがジルを親切で竜妃と認めたとは思えない。竜妃の神器を手に入れたときに見たものも気になる。クレイトスの南国王は厄介そうだし、あの胡散臭いヴィッセルを信じて和平とか本当に大丈夫なのだろうか。

そうだ、あとは誕生日プレゼント。空飛ぶ馬にしようか、それとも竜妃の神器のためにありとあらゆる武器をかき集めてもらおうか。

でも今は、同じ速度で刻まれる鼓動のほうを大事にしたい。

何より。

「死んだらだめですよ。帝都に戻ったら婚約のお披露目をするんですからね」

「そ、そうだよね! こ、婚約……いよいよ婚約かぁ……そ、それで次は結婚式……ど、どうしよう。それまでにいったん、寝室わけるべきじゃないかな……?」

「え、なんでですか」

「な、なんでって、その……ヴィッセル兄上もいい顔しないし……」

「わたし、ぜーったいあの小舅の言うことなんか聞きませんからね。それよりも、結婚式までに刺繍できるようにならないと……」

真剣な悩みに噴き出すこのひとの笑顔が大事だ。

「笑いごとじゃないです」

「心配しなくても、いざとなったら僕が縫うよ」

「だめですよ。わたしは陛下の妻です」

逃げてたまるか。夫の腕の中で決意を新たにするジルを、ハディスが少しだけ強く抱き締める。

逃がしてたまるか。その声を聞いたのは、もう夢の中。

だからまた明日。あなたと一緒に、この恋の続きを考えればいいのだ。