軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

どうもジルが飛びこんだ池は、ナターリエ皇女殿下――正確にはナターリエ皇女が住む離宮の近くにあったらしい。

ジルをつれて戻ったナターリエは、濡れ鼠の皇女に慌てる女官たちにてきぱき指示をし、先にジルに湯浴みをさせたうえ、服まで貸してくれた。

「私はいいけどあなたみたいな子に宮殿を汚されるのは迷惑なのよ、さっさと先にあったまって着替えなさい。風邪をひかれたらうつるじゃない」

つんと顔を背けて言うナターリエに、ジルはぱちぱちとまばたく。

(いいひとだ、うん。ちょっとつんつんしてるけど)

確か今の年齢は十六だったはずだ。かつての記憶から彼女の経歴を思い出そうとしていたジルは、黒のワンピースを頭からかぶってから、自分の格好に気づいた。

ふっくらした袖と、きゅっと腰で絞る形になっているリボン。ふんわり広がったスカートの裾からのぞくレース。一緒に置いてあるのは、白のエプロンだ。

「あの、この服……ひょっとして侍女のお仕着せ、ですか?」

「何? 文句があるの? あなたくらいの女の子の服なんて使用人の服しかないの。それとも私の小さな頃のドレスでも貸せって言うわけ?」

続きの応接間にいるナターリエにじろりとにらまれて、ジルはぶんぶんと首を横に振る。

「いえ、そういうことではありません。ただ、わたしくらいの年齢の子がもうこの宮殿で働いているのかと……」

「何言ってるの。あなた、十四歳未満だからって城に集められた子でしょ?」

聞き覚えのある年齢制限に無理矢理口をつぐんだせいで、頬が引きつった。それをどう思ったのか、つり上がっていたナターリエの眉尻が少しさがる。

「……まぁ、死にたくもなるわよね。わからないでもないわよ。働きにきたのに、実際は幼女趣味皇帝の慰み者候補なんて」

どういうことだ、と叫ぶのはどうにかこらえた。

「三公そろってロクデナシよね。後宮の侍女を募集する体をとってるけれど、実際は皇帝への献上物なんでしょ。元々幼女趣味の噂はあったけど、こないだの演説で堂々と十一歳との結婚を公言したせいであちこちから女の子が集められてて――どうしたの」

「いえ……言葉もなくて……」

あれだけリステアードが財政難を嘆いているのだ。侍女や使用人の募集なんて、ハディスたちが許すはずがない。だが後宮にいる皇妃に対する実家からの援助は別だ。だからそれにかこつけて、十四歳未満の侍女を帝城に送りこんでいるのだろう。

(そうか、今まで十四歳未満の条件でさがしてたところに本当にわたしが竜妃としてやってきたから、本物の幼女趣味だと思われたわけか……)

そもそもジルがいる以上、十四歳未満の花嫁をさがす理由がハディスにはないとか、突っこみたいことは山ほどある。だが、ただでさえエプロンの罠があるのに、幼女趣味というとどめが刺さってしまった。皇帝の威厳などもはや皆無だろう。

どっと疲れた顔になったジルに、ナターリエが同情したのか椅子を持ってきてくれる。

「まあ、座りなさいよ。お茶淹れてあげるわ。お菓子も用意させたから」

「ほんとですか! 有り難うございます!」

「あなたたち、もういいからさがってちょうだい」

お菓子やお茶の用意を終えた侍女を追い払い、ジルのすぐ近くの席に腰をおろしたナターリエが小さく尋ねる。

「どうしてもっていうなら、私が助けてあげてもいいわよ」

つい、つられてジルの声も小さくなった。

「助ける、ですか?」

「だって寝覚めが悪いじゃない。せっかく助けたのよ? ここで働かせてあげてもいいわ。ひとりくらいなら、なんとかなるでしょ。私、皇女だもの。後宮にも出入りできるし」

つんと顎をあげるナターリエに、はあ、と返してしまってから、まだ名前を名乗っていないことに気づいた。

ナターリエの中で、ジルは『後宮に働きにきたのに幼女趣味の皇帝に差し出されると知って、入水自殺を目論んだ子』になっているのだ。

「あ、あの、ナターリエ皇女殿下。実はわたし――」

「ナターリエ、おねえさま……いい?」

小鳥が鳴くような声に、ついジルは口をつぐんで振り向いてしまった。

わずかに開いた扉から、小さな女の子がこちらをのぞきこんでいた。ふわふわした金の髪にぱっちりとした紫紺の瞳。まなじりをさげて、腕に大きなぬいぐるみを抱いている――尻尾の長い白虎のぬいぐるみだ。

「フリーダ、どうしたの。入ってきなさいよ」

リステアードが時折出す名前に、ジルはまばたく。

確かまだ八歳の第三皇女だ。ハディスを怖がって出てこないという、リステアードの実の妹である。

ナターリエに手招きされたフリーダは、ぶるぶる首を振って、小さく答えた。

「しらないひと……」

「あ、わたしですか?」

ジルが尋ね返すと、それだけでぴゃっと扉の向こうにフリーダが隠れてしまった。人見知りが激しいというリステアードの評価は本当らしい。

「大丈夫よ、フリーダ。この子は今度からうちで働く子だから」

「……そう……なの……?」

おずおず見上げられると、違いますとはっきり言いづらい。

「ええと……ひとまずお話を聞いている最中です、はい」

「お菓子もあるわよ。いらっしゃい。おどおどしないの、皇女なんだから」

異母姉のナターリエに手招きまでされてやっと、フリーダは小動物のようにおそるおそる部屋に入ってきた。