軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

竜はまず鱗の色によって階級が決まる。ローが竜神の次、実存する中で最上位の竜だとわかってしまうのは、金目である以上に黒い鱗を持っているせいだ。だから目立つ。

逆に言えば、黒い鱗に見えなくなればいい。それなら人目にさらしても問題ないはずだ。

「ほらロー、あれが訓練場だ。広いだろう。帝国軍が訓練してる場所だぞ」

「うっぎゅ」

黄や緑や茶の絵の具で水玉模様の背中にしてもらったローがご機嫌で答える。うしろからついてきているカミラが乾いた笑いを浮かべた。

「な、なんとかペンキはさけたけど……い、いいのかしら竜の王に水玉模様を着色……」

「どうせ水で落ちるんだしいいんじゃねえか。本人も喜んでるみたいだし。あとやったのお前だ」

「あんたとジルちゃんにまかせたらゴミみたいになるからよ!」

「よかったな、ロー。おしゃれできて、外にも出られる」

「うっきゅー」

ジルの両腕の中でローがご機嫌で尻尾を振る。嫌がるかと思ったが、ローは最初から絵の具に興味津々で、自ら前脚を突っこんで喜んでいた。顔に塗ろうとするのを止めたくらいだ。

最後は鏡を見て自らの背中をチェックしていたので、どうも絵の具で自分の体を彩るのを気に入ったらしい。さすがハディスの心である。

「しかし、逆に新種に見えて目立ってるんじゃないか? 頭とか手脚は黒のままだろ」

「大丈夫ですよ。みんなびっくりしてるけど何も言わないじゃないですか」

「それ関わりたくないだけよ、ジルちゃん。竜に絵の具着色なんて暴挙を誰も信じないだけよ」

「世界は広いんです! きっとこういう斑竜だっています!」

「おい、聞いたか。またごっそり減ったらしいぞ、帝国軍。みんなやめたって」

ふっと漏れ聞こえた会話に、ジルは足を止めた。

「またかよ。でもしかたないか……逃げてった奴のほうが多いくらいだし……」

「俺もやめよっかなあ。ラーヴェ皇族は皇族じゃないし、かといって竜帝はあれだしな」

「軍議にも参加させてもらえないってな。竜帝だかなんだか知らないが、何やってんだか」

「ロー、聞かなくて……」

下を向いたジルは、ローの目に口を閉ざした。

「でも、俺たちをクビにしないって決めたのも、竜帝なんだろ」

「らしいな。それにエリンツィア殿下はいい指揮官だよ。帝都を頼むってさ」

「何より、俺たちはもう行くところないだろうが。ここでやってくしかないんだよ」

ローはまっすぐ静かな目で、ぴんと耳を立ててちゃんと聞いていた。悲しんでいる様子はない。きちんと冷静だ。

だから、言葉を変えた。

「……みんな色々あるんだ。でも大丈夫。いいひとはいるし、何よりわたしがいる」

「うっきゅ」

ローはしっかりと応じてくれる。その姿にほっとした。

(でも……陛下、やっぱり、色々言われてるんだな)

ハディスはジルの朝ご飯を作って昼ご飯の用意もして、リステアードに怒られながら執務に向かい、夕方に戻ってきて夜ご飯を作ってくれる。そのためジルの脳裏に浮かぶハディスはほぼエプロン姿なのだが、見えないところでたくさん嫌な思いをしているのは想像がついた。

それでもハディスはいつもにこにこ笑って、ジルにおいしいご飯を作ってくれる。

そのたびに、ジルは思うのだ。このひとは優しくて繊細で、強いひとだ、と。

それが周囲になかなか伝わないのが、もどかしい。

「……お前、早く飛べるようになるんだぞ。すごく強くてかっこいいんだからな、わたしの陛下は」

「うぎゅ!?」

ローが仰天したあと、うろたえたように視線を泳がせて、顔を隠してしまった。どうやら照れているらしい。ジークが呆れた顔をする。

「こっちも介護が必要なやつかよ」

「陛下の心だもんねえ。ほら、しっかり。ローちゃんも水いる?」

ぶるぶるっと首を振ったローは、突然ぴょんとジルの腕から飛び降りた。自分で歩くつもりらしい。

おお、とジルは感動する。

「えらいぞ、ロー。ちゃんと自分で歩けるもんな」

「うっきゅん」

「ひょっとして屋根から投げたら飛べるんじゃないか!?」

「うぎゅぎゅーーーー!」

びゅんとローが一目散に駆け出してしまった。嫌らしい。あっという間に見えなくなった小さな背中に、ジルは唸る。

「飛べないくせに逃げ足は速いなんて……さすが、陛下の心……!」

「感心してる場合じゃないでしょジルちゃん、追いかけないと!」

そうだった。カミラに言われたジルは我に返って駆け出す。

「別れてさがしましょう。カミラとジークは別方向から、わたしはまっすぐ追いかけます」

「おう、わかった!」

ローが駆け出した方向へ向かってジルも走り出す。途中までは足跡があったが、庭のしげみに飛びこんだあたりで見えなくなった。

「ロー? ロー」

呼んでみたが返事はない。人気のない木々の生える庭をジルはまっすぐ進む。

(裏庭かな? ここ、どの辺だろう)

とにかく帝城は広いのだ。早く把握したいのだが、それもまた今は部外者だからと許されなかった。また少し落ち込みそうになった心を、ぶるぶると振り払う。

今はローのことが先だ。

「あぶないものには近づかないと思うんだけど……でもどんくさいから」

「うっぎゅーーーーーー!」

わかりやすく悲鳴が聞こえた。慌てて声の方向にジルは駆け出す。茂みを抜けるといきなり視界が開けた。広い池とそれを取り囲む木々。首をめぐらせると、ローはすぐに見つかった。

「うきゅーーー!」

どこをどうして登ったのか、大きな木に登っておりられなくなったらしい。池に向かって垂れ下がった枝先に必死にしがみついている。今にも折れそうだ。

駆けよりながらジルは叫ぶ。

「今なら飛べないか!? 頑張ってみろ!」

「うきゅうきゅ!」

ぶんぶんローが首を横に振る。その衝撃のせいか、ばきっと枝先が折れた。

「あ」

「うっきょおぉぉーーーーー!」

変な悲鳴をあげながらローが池に音を立てて落ちた。舌打ちしたジルは、そのまま池に飛びこむ。ローは水面をばしゃばしゃ叩いて暴れていた。このままでは沈んでしまう。

案の定、ジルの手が届く前に、ローはぶくぶく沈んでいった。大きく息を吸って池に潜ったジルは必死に追いかけて、その体をしっかり抱きこむ。

急いで水面に顔を出して、柔らかい鼻先を叩いた。

「おい、ロー! 大丈夫か、ロー!?」

「うっきゅう……」

答えが返ってきてほっとする。水も飲んでいないようだ。安心した瞬間、どっと全身が重たくなった。服を着て飛びこんだのだから当然だ。魔力はまだ半分も戻っていないし、ぐずぐずしていたら体力も体温も失ってしまう。春先の池の水はまだ冷たい。

ローも早く乾かしてやってあたためてやらないと、病気になるかもしれない。

(陛下がまかせてくれたのに、もしこの子に何かあったら、わたしは……!)

わきあがった悪い考えをぶるぶる振り払い、ジルは岸にあがるなりそのまま駆け出した。