軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

偽帝騒乱(終)

リステアードの妹が誘拐されたのはハディスが帝城に戻って翌月のことだった。

特に要求もなく、犯人に興味がなかったので、ハディスは何もしなかった。リステアードのほうもハディスに喰ってかかった直後だ。自業自得と笑われたからか、ハディスの仕業だとでも思ったのか、彼も何も訴え出てこなかった。

さらにそのあと、彼は自らの竜騎士団を率いて突然、蜂起した。

妹の誘拐が関わっているのは明らかだった。ハディスが妹を見捨てたと逆恨みしたのか、妹を人質にいいように利用されたか。

どちらでも興味はなかった。裏切ったという結果は変わらない。

ヴィッセルがまかせてくれと言うのでまかせてみたが、鍛え抜かれたリステアードの竜騎士団は強かった。しかも彼が乗っているのは赤竜だ。自ら前線の空を翔る姿は、さぞ神秘的に見えたのだろう。士気は高く、決着はなかなかつかなかった。それどころか、彼の言葉に惹かれて離反する者さえ現れた。

「ハディス・テオス・ラーヴェのやり方が正しいと思うのか」

「我々は竜帝に刃向かうつもりはない。彼の耳をふさぎ、目をふさぎ、甘言で惑わす者から竜帝を取り戻すだけだ」

何を言っているのかさっぱりわからなかったが、真摯な彼の言葉に胸をうたれる馬鹿は多いらしく、規模が大きくなっていった。

ハディスに刃向かうとどうなるか、反逆者ゲオルグの結末とともに見ただろうに、本当に人というのは都合良く物事を忘れるらしい。

だがレールザッツ公爵家は既に彼と絶縁していたし、どの貴族からの支援も受けられず、圧倒的な物量差に徐々に追い詰められていった。結局は半年とたたず決着がつき、彼の処刑が決まった。

「エリンツィア殿下が減刑の嘆願書を出しているけれど」

「必要ない」

今更、何を言い出すのか。相変わらずお優しく、何もできない姉上だ。切り捨てたハディスにヴィッセルが満足そうに頷く。

「お前に刃向かった以上、彼はもう皇族でもなんでもない。下手な慈悲は不要だ。また真似をする馬鹿が出てきても困る」

「叔父上の一件で懲りるかと思ったけれど」

「人はお前が思っているよりずっと愚かなんだよ、ハディス」

「負けるとわかっている戦をしたり?」

ハディスの言葉に、ヴィッセルが少し困った顔をして、話を変える。

「すぐに終わるから、お前はバルコニーから見ているだけでいい。本当は見る必要もないんだが」

「言い訳があるなら聞くくらいはしてもいい」

「お前が間違っていると言うだけだ。それが彼の主張だからね」

だが、彼の赤竜が処刑台の横から離れない。それをラーヴェが気にかけているし、赤竜の動きを気にして「皇帝はリステアードの処刑を止めるのでは」と期待している輩まで出てきている。

「見届けるよ。それも皇帝の仕事だ」

「……そうか。まあ、彼のおかげで何かとうるさかったレールザッツ公爵家も静かになった。お前のために用意した私の手勢も削られてしまったのは痛かったが……」

うしろからついてくる兄のつぶやきにふと顔をあげる。

(そうだな。ずいぶんやりやすくなった)

――彼が反逆者になることでレールザッツ公爵家は求心力を落とした。逆に発言力が増すはずだったフェアラート公爵家は、リステアードを討とうとして初手で見事に撤退に追い込まれ、自慢の軍事施設も破壊された。彼を甘く見て戦力の逐次投入などしたために、フェアラートの後ろ盾を得ているヴィッセルの手駒も、ずいぶん減ってしまった。

ハディスに刃向かう者が勝手に潰し合ってくれたのだ。

(これで少しは静かになるか)

薄暗かった廊下から明るいバルコニーに出たせいで、一瞬目がくらんだ。

ざあっと風の吹いたバルコニーから見えた空は真っ青だ。まだ寒さが残る季節だというのに、雲一つない、晴天が広がっている。処刑の日にふさわしくない。処刑は鐘が鳴るのと同時にという話だったが、こんな日では祝いの鐘だと勘違いしそうだ。

バルコニー下の広場にある処刑台も、まるで現実味がなかった。その横にじっとしている赤竜も、しんとしている観衆も、一枚の絵を切り取ったように固唾を呑んで、処刑台を見ている。

静かだ。

吐く息も白い。

その静けさにのまれたのか、自然と目は裏切った異母兄へと向く。

彼はまっすぐ背を伸ばし、処刑台に登ったところだった。粗末な囚人服を着ている。なのに、手縄さえつけられていなかった。遅れてそのことに気づいたヴィッセルが何か指示を出す前に、ハディスはバルコニーを跳び越えて、処刑台に首をはめられた彼の前に降り立った。

それでもまだ静かだった。いや実際には何か騒いでいる。なぜ処刑されようとしている彼に、手縄すらないのか。逃げないのか。

だがハディスの目にも耳にも、届いていない。

自ら膝を突き、首を差し出す異母兄の姿だけだ。

ちょうど正面におりたハディスの影に気づいた、異母兄がまばたいた。それから顔をしかめられる。

「やっと僕の文句を聞きにきたのか、馬鹿が。遅い」

「……」

何かを言いかけてやめた。でも耳を塞ごうとは思わなかった。できなかった。

これから死ぬ彼があんまりにも、優しい目をしていて。

「聞こえたか。お前を助けようとする声が」

一度まばたいたハディスの表情だけで、リステアードは返事を読み取ったようだった。

「うまく使え。それでいいんだ。僕は結局、フリーダもお前も選べなかったんだから」

しかたなさそうに、でも満足げに、彼は目を閉じる。

「だが、フリーダの遺体は丁重に扱え。賢い子だ。自ら毒をあおって死んだと聞いている。僕の足を引っ張らないようにしたんだ。ラーヴェ皇族の責務を立派に果たした。お前の足を引っ張らないように死んだのと、同じことなのだから」

「……それが、文句か」

「当然の要求だ。文句は別にある」

今から処刑される反逆者のくせに、不敵にリステアードは笑う。

やりきったように。

「言っておくが、僕のほうが二ヶ月年上だ」

まさか、それが文句なのか。

問い返す前に、首が落ちて転がった。処刑台の刃が合図もなく落ちてきたのだ。悲鳴なのか歓声なのかわからない声がやっとハディスの耳に届く。血が滴って靴先まで届く。

何もかもを見届けたように、赤竜が翼を広げて空へとあがった。

なのに呆然とハディスは突っ立っていた。意味がわからなかった。いや違う。わかっている。

(僕のためなのか)

答えはどこからも聞こえない。胸の内からでさえ。

(本気で、僕のためを思って、言っていたのか)

愛を解さない理の竜神でさえ、答えは持っていない。

「リステアード!」

悲鳴をあげたエリンツィアが走ってきて、異母弟の首を抱いた。血に濡れるのも構わず、しゃがみ込んで泣いている。

どうしてだかそれを羨ましいと思った。

「リステアード、どうして……っまだ、まだ時間はあったはずだ! なぜ!」

「……棺の」

だが自分にできるとしたら、こんなことしかない。

「棺の準備を、姉上。……葬儀を」

「……ハディス?」

「リステアード・テオス・ラーヴェの葬儀の準備だ。フリーダ・テオス・ラーヴェも一緒に」

両眼を見開いたエリンツィアに自分がどう映っているのかはわからない。亡骸を処理するために近づいた兵達も困惑している。

だがエリンツィアがいる以上、うまくやってくれるだろう。マントを翻したハディスは、軽く地面を蹴ってバルコニーに戻る。

そこにはヴィッセルがいた。

「ハディス。何を話し――」

「今すぐ葬儀の準備を」

「は? 何を……まさかリステアードを埋葬するのか? 彼は反逆者だ、しかも処刑しておいて」

「なぜ時間より早く刃が落ちてきた、兄上」

ヴィッセルが黙った。鐘はまだ鳴っていない。彼はまだ、生きているはずだった。

どうしてと今ここで渦巻く疑問の答えを、聞く時間があるはずだった。

「それは……おそらく、手違いか、器具の点検が甘かったか」

「そうか。ならやはり処刑されたんじゃない。事故で死んだんだ。それで何か不満が?」

「……」

「リステアード兄上を埋葬する。彼の妹と一緒に。これは勅命だ」

まっすぐに兄を見据えた。

手向けだ、と思った。

命をかけて文句を言いにきた、もうひとりの兄への。

「僕が何も知らないと思ったら大間違いだ、ヴィッセル兄上」

リステアードの妹がなぜ誘拐されたのか。妹は何に使われたのか。どうして彼が蜂起したのか。

知っている。知っていた。妹を人質に、ハディスを裏切れと命じられたこと。そして彼がそのとおりにしたこと。妹はそんな兄の足を引っ張るまいと、毒をあおって死んだこと。

すべて知っていた。

どんな理由であれ、彼はハディスを裏切った。それは間違いない。ラーヴェだって否定はすまい。だからなんだっていいと思っていた。

裏切った、それがすべてだと。

でも、彼はなんと訴えていた?

「思い上がるな。殺すぞ」

鼻先まで顔を突きつけると、ヴィッセルが唇を引き結んだ。ハディスは冷たく一瞥し、ヴィッセルの横を通り過ぎる。

少し廊下を歩くと、塔と塔をつなぐ高い橋へと出た。広い青空に、遠く飛ぶ竜の姿がひとつ。リステアードの竜だ。ラーヴェが姿を現して、つぶやく。

「最後までついてたな」

「そうだな」

「……あいつの竜騎士団から、竜の離脱はなかったそうだ」

「お前も僕も、特に何も命じなかったからな」

竜は竜神ラーヴェの神使。それぞれ意思もあるが、竜神、あるいは竜帝が命じれば最終的には従う。リステアードの竜騎士団を壊滅するなど、本当はハディスの命令ひとつで終わることだった。

竜は竜神と竜帝に本当に仇なす者には決して従わないのだから。

「人間は大概だよな。お前を思って裏切るなんて、理屈に合わない真似をする」

「だが僕は信じない。裏切り者のことなんて、何も」

竜も、そばにいてくれもしない兄も、何も。

「……お嫁さんを早くさがそう、ラーヴェ」

ふっとそんな気持ちが浮上した。ラーヴェが目をまたたいて、微笑む。

「久しぶりに聞いたな、それ」

「そうだっけ?」

「お前最近ずーっと難しい顔してばっかだったからな。料理だって全然してねーし」

「叔父上の一件から忙しかったから。忘れてた」

「忘れるなよ。大事なことなんだから」

「そうだよね。大事なことだ。僕が――」

どうかどうか、笑えているうちに早く。

泣き出す前に、早く。

吐く息が白い。春はまだ、先だ。