軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

暑いと世界も設定もバグる・後編

「で、ラーヴェ様に岸まで転移させてもらったら帝都に帰る魔力がたりなくなるかもしれなかったんですよ。ということで、わたしが陛下をかついだまま泳いで戻りました!」

「何が、ということで、なんだ」

「つっこみどころしかないわね」

事情を聞いたふたりの部下が、片づけを始めている休憩所でそろって嘆息する。雑魚寝ができるようになっている木の床では、うんうん唸りながらハディスが寝転がっていた。気の利くカミラがタオルをかけてやりながら、顔を覗きこむ。

「陛下、無事ー? 水飲んでない? 意識ある?」

「な……なんとか……ジルのほうが心配……僕、ずっと肩に担がれてただけだし……」

「わたしは大丈夫ですよ、鍛えてますから。陛下もなんだかんだ意識保って浮いててくれたし」

「そ、それくらいは……しないと……ともかく、無事でよかっ……」

がくっとわかりやすくハディスが気絶した。

「まあ、少し休んで帰ったほうがいいだろうな。帰りは竜神様がなんとかしてくれるっつっても、少し陛下の体力回復してからのほうがいいだろ」

ジークがもっともなことを言った。

ハディスが作った大行列のおかげで売上げがよかったとご機嫌な店主が、余り物で鉄板料理を作ってくれた。ありがたくジルはそれを頬張り、体力の回復に努める。そのあとは水で海水を洗い流し、着替えをした。

がしがしと髪の毛をタオルで拭いていると、すっかり日が傾き始めていた。

ひとり、洗い場から戻るところだったジルは砂浜でふと足を止めて、波が届かない場所に座る。

もう半分以上沈んでいる夕日と水平線の色がまざって、海と空が鏡合わせの夕焼けみたいになっていた。

「海竜、もっとちゃんと見たかったなぁ」

遊ぶつもりだったようなことをハディスが言っていたが、おくれをとってしまった。

やっぱり魔力がないと色々不便だ。なんだかんだ、ハディスに助けてもらうことになってしまう。ハディスだって今、魔力が半分もないのに、無理をさせてしまった。

(今年はもう、海にこれないだろうな)

帝都に戻って、ちゃんと休んだほうがいい。ハディスは明日も休ませたほうがいいだろう。ただでさえ城を抜け出されて怒っているだろうリステアードの監視だって、きっと厳しくなる。

ざあん、とよる波が、暗くなっていく。一日が終わるのだ。

「……」

三角座りでそれを眺めていたジルの斜め上から、影がかかった。

「ジル。もうそろそろ帰ろうって、カミラたちが」

「陛下。もう平気なんですか」

顔をあげたジルの横に、ハディスも腰をおろした。

「とりあえずは。ごめんね、迷惑かけて。……リステアード兄上、こんな時間になって怒ってるだろうなぁ……」

「ほんとは夕方までには戻る予定でしたしね……」

「まあ、せっかくきたんだから目一杯楽しんだと思えばいいんじゃないかな」

「……陛下、楽しかったですか? 海で溺れかけてただけじゃ……」

おずおずうかがったジルに、ハディスは笑った。

「露店用の料理は作ったことなかったから、勉強になったよ。なかなか楽しかった。鉄板っていいね、常備しようかな」

「え、じゃあ陛下の鉄板料理が毎日食べられる……!?」

「君はどう? 海、楽しかった?」

「楽しかったです! 綺麗だし、いっぱい動けましたし。海竜に会えたし! でも……」

ん、とハディスがまばたく。少しだけ言いよどんで、ジルは砂浜に視線を落とした。

「……陛下と一緒に、海で遊びたかったです」

しばしの沈黙のあと、ハディスが胸をおさえて倒れた。

「陛下!? まだ具合が悪いんじゃないですか!?」

「だ、大丈夫……っ油断、してた、だけで……! 魔力があんまりない今は、まだ大丈夫だと……!」

「陛下は具合悪いんですから今日も明日も無茶しちゃだめですよ。……大丈夫です、わたしわかってましたから。一緒に海に行っても、陛下とはあまり泳ぎ回ったり潜水したり魚や海竜を獲ったりはできないだろうなって」

「海で遊ぶじゃなくて無人島暮らしになってない?」

「いいですね! わたしが獲物をとって陛下が料理!」

目を輝かせたジルの横で、起き上がったハディスが目をそらす。

「ものすごく自然に想像できて怖い……」

「こないだの辺境暮らしはそんな感じでしたね。でもあのときは遊びじゃなかったですし」

やっぱり一緒に遊びたかった。だがもう日は沈んでしまった。澄んだ青い海は、何もかも飲みこまんとする深い闇に近づいている。

「……そんなに僕と海で遊びたかった?」

「平気です。来年だって再来年だってありますし」

言ってから気づいた。

(そうか、わたし、陛下と思い出作りたかったんだな)

ふたりですごした思い出などほとんどない、前の婚約者とは違う、夏の思い出を。

納得するとすっきりした。気分を切り替えて、はねるように立ちあがる。

「それに、海竜に会って陛下をかついで泳いだって、忘れられない思い出ができました!」

「そんな思い出、僕は嫌だよ!?」

「帰りましょう。みんなを心配させちゃいます」

ジルの横でのろのろとハディスも立ちあがる。と思ったら、ぽいぽいと靴を脱ぎ始めた。

「陛下?」

「……そりゃ、僕だって砂浜で君とおっかけっことか、きゃっきゃうふふしたかったよ。でも、魔力が回復してない状態じゃ君に気を遣わせるだけだろうなーと思って」

すたすた海へ歩いて行き、波をすくったハディスがばっと振り向いてそれをジルにかけた。

反応できず、正面から水をかけられたジルの前髪から、ぽたりと海水が落ちる。

「来年、再来年があるって言っても、今の君も僕も今しかいないんだし。これくらいはしてもいいよね」

ふふんと笑うハディスに、ぽかんとしていたジルの胸にじわじわこみ上げてくる高揚感があった。そのままえいっと靴を脱ぎ捨てる。

「やりましたね陛下!」

「え、僕は病み上がりなのに」

「だめです、手加減しません! ていっ!」

波を蹴り上げると、ばしゃっと派手にハディスの体にかかる。やったな、とハディスが両手でざばざば反撃してきたらそこからは泥仕合だ。

ずぶ濡れになるまで水をかけあったら、もう全身が武器だ。

「えいっ」

「うわ、わわわっ!」

かけ声と一緒に飛びついたジルにハディスが姿勢を崩して、そこへやってきた大きめの波にふたりして呑まれた。

ジルの胸元まである海面で、ハディスが立ちあがり、ジルに手を伸ばす。

「あーもう、服のまま海に入っちゃったじゃないか。風邪ひくよ」

「看病してあげますよ」

「僕がじゃない、君がだよ。それに君、看病って果物の皮もむけないじゃないか」

むっとしたジルはもう一度ハディスに飛びつこうとしたが、その前に抱きあげられた。

「ほら、ジル。空」

すっかり暗くなった夜空は、雲一つなく、星がまばたきはじめていた。それがきらきらする海面と水平線でまじりあって広がっている。まるで夜空に浮いているみたいだ。

「綺麗だね」

「はい……」

「星座が見えるの、わかる?」

「どれですか」

「あの一番、大きな光。その横にほら、小さな光もあるだろう?」

ハディスが指さした先に目をこらしながら、形を教えてもらう。辺境で竜神に育てられたハディスは、自然に詳しい。

「陛下、くわしいですねえ星座」

「夜空だって空だからね。竜帝が空にくわしくないと、格好つかないだろう?」

穏やかに微笑むハディスの金色の目も、星みたいだ。理の空の竜神。その片鱗を彩るみたいに。

「流れ星でも見えれば完璧なんだけどなあ、僕らの思い出」

そのつぶやきにつかれた胸をぎゅっとつかんで、ジルはハディスに首に抱きつく。

「……十分、完璧ですよ」

「僕をかついで岸まで泳いだ思い出ばっかりになってない?」

「はい。陛下と水のかけあいっこして、ずぶ濡れになって、一緒に星を見て、星座を教えてもらいました」

いっぱいすぎて溢れてしまいそうだ。

そう、と相づちを返したハディスが、ざぶざぶ音を立てながら岸に戻る。そこへ様子を見に来たのだろう、カミラとジークが走ってきた。

「ちょっ何してるの!? なんでふたりともずぶ濡れ!?」

「乾かすタオルとかもうないぞ。それにもう戻らないとまずいだろう、いくらなんでも」

「じゃあこのまま戻ろう。リステアード兄上に怒られるのもまあ、思い出だ。嬉しくないけど」

今から面倒そうなハディスに、ジルはくすくすと笑う。

「来年はリステアード殿下も巻きこんで、思い出ふやしましょう」

「それだと君との時間がへりそう」

「何言ってるんですか。今年できなかったことを来年はたくさんするんだから、もっと時間がふえますよ」

ジルを抱え直したハディスがラーヴェを呼ぶ。カミラとジークが荷物の点検を終えるのを待ちながら、ハディスが笑った。

「そうだな。来年は僕だって魔力が戻ってるから、もうちょっと安全に、色々できる」

「はい。体調も万全できましょう」

「――君だってもう少し大人になってるだろうし?」

意味深なささやきに、ジルは両の拳を握って答えた。

「まかせてください! まず来年は、全力で浜辺でおっかけっこです!」

「うん、それは僕が想定してる思い出と違うね」