軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

97 悪魔の所業

再び移動を開始した一行。

本当は、最初の休憩の時に色々と事情を聞くつもりであったのだが、皆の息が整うまで待ち、マイルが戻るのを待ち、武器選びを待ち、そしてあの騒ぎで時間が経ち、結局碌に状況を確認できないままとなってしまった。

あまり時間を無駄にはできないし、どうせ何度も休憩を取るのであるから、話を聞くのは次の休憩の時にしたのである。夜の森を一列縦隊で歩きながら重要な話をするのは、普通の人間には不可能であった。

小休止からかなり歩いた頃、マイルは探知魔法のおかしな反応に気が付いた。

(……茶色?)

敵意の無い者は青、敵意がある者は赤、どちらでもない者は黄、そしてそれらの中間の者はそれぞれの間の色で表示されるのに、少し前方にあるその表示は茶色。いや、茶色と言うか、黄土色と言うか……。しかも、表示されたのはかなり接近してからである。

進行方向の脇で静止している、その茶色っぽいマーキングまで、あと僅か。間もなく視界に……。

……大型の魔物か動物の 糞(ふん) であった。

踏む、というか、足を突っ込んでしまわないようにと注意喚起のマーキングが出されたようである。無駄に便利で、……助かった。

(あ、そうだ!)

何やら閃いたらしいマイルが、立ち止まって後方の列に対して指示を出した。

「ここ、大きな糞があるから、注意して下さいね! で、この先で小休止します!」

後続の者達は、糞に気を付けながら通過し、その先で適当な場所を見つけて休憩を取った。

そして、マイルは少し引き返した。先程の場所へと……。

「え~と、土で厚みが薄くて 脆(もろ) い容器を作って、魔力で外側をコーティングして強度を持たせて、糞を入れて、と……」

勿論、糞を容器の中に入れるのは、直接触らずに魔法を使っている。

そしてマイルは、何やら怪しいことをやっていた。

「おならの臭いのうち、特に酷い臭いの元となるのは、蛋白質系だっけ……。アンモニア、硫化水素、インドール、スカトール、揮発性アミン等のガスが 云々(うんぬん) 、って書いてあったっけ……」

容器の中にアイテムボックスから取り出したものを何やら色々と入れ、魔法で変質させ、混ぜ合わせる。そして最後に怪しい小石をぽとりと落とすマイル。

それは、マイル謹製、「長時間に渡り発熱を続ける、魔法の小石」であった。

『24時間、もしくはこの容器が壊れるまで、発熱を続けてね』というマイルの指示に従うしかない、小石に張り付いたナノマシン達は、ぽとり、と容器の中に落とされた瞬間、自分達の運命を悟った。

(((((ぎゃああああああぁ~~!!)))))

容器に蓋をしたマイルは、改めて容器全体に魔力によるコーティングを掛け直し、それを慎重に木の枝の付け根に固定した。そして、ポケットから出した白いハンカチをその枝に結びつける。

それとない目印であるが、とても目立つ。マイルの匂いも付いており、獣人達が見逃す確率はかなり低い。

「お待たせしました! じゃ、出発しますね!」

皆が休憩している場所に戻ったマイルは、何事も無かったかのような顔でそう言うと、再び一行の先導を始めるのであった……。

翌朝、日の出の頃。

夜番との交代のため捕虜を押し込めてある小屋へと向かった朝番の見張り員は、戸を開けた瞬間、自分達の眼に映った光景に愕然とした。

鋭い切り口で切断された木製の格子、散乱する足枷の破片、椅子からずり落ちるような恰好で意識を失っている夜番の見張り員、そして入り口の反対側の壁に開けられた、半円状の大きな穴……。

「だ、脱走だぁ~!!」

見張り員の大きな声が響いた。

「くそ、だからもっとちゃんとした収容施設を作れと言っていたんだ!」

急遽編成された、脱走者捕獲隊。その指揮を任された男が、走りながら愚痴っていた。

それでも、「さっさと殺しておけば」等の言葉が出ないところは、その男が善人である証であろうか。

しかし、いくら善人であっても、兵士として戦場に出た者は、何の躊躇いもなく人を殺す。それが正しく善いことだと信じて。善悪とは、あくまでも相対的なものであり、その判断基準は生物の数だけ存在した。

……いや、もしかすると、もっと多いのかも知れない。機械知性とか、あるいは生物の域を超えた存在とかにも……。

捕獲隊の人数は、20名。

調べたところ、没収した武器等を取り戻された様子もなく、森の中で素手の人間相手の戦いで不覚を取る者がいるはずもない。10名でも充分過ぎると強く主張したが、救出に来た者がいるかも知れず、その者達の人数も素性も分からないからと安全重視で2倍の人数にされたのであった。

日中に撃退した女性ハンター達の仕業ではないかという意見も出たが、迎撃隊に蹴散らされた年若い女達にそんな真似ができるとは思えない。

簡単に追い払ったと言っていた迎撃隊の者達が、なぜかかなりの負傷をしていたこと、そして彼女達を捕らえずに追い返したこと等を少し疑問に思ったが、大きな問題ではない。別に発掘現場を見られたわけでも、その場所を知られたわけでもないのだ。森の中で獣人に出会い、驚いて逃げ帰った。ただそれだけのことであり、別に相手に危害を加えたわけでもないのであれば、特に問題はない。不必要な捕虜を大勢抱えるということは、互いにとって何の利点もない。

そう考えるリーダーであった。

大きな問題が起きたのでなければ、人間達は獣人に余計なちょっかいは出さないであろう。

あまり関係が良好ではないとは言え、一応は平和的な関係を保っているのである。下手なことをして戦いの原因となることは互いに避けたいはずであった。

もし人間と獣人の関係が更に悪化したならば、その原因となった者達が他の人間達から責任を問われるのは必定であり、そうそう軽はずみなことをするとは思えなかった。

……あの現場のことさえ知られなければ。

なので、逃げ出した人間達は絶対に捕らえなければならない。

情報が漏れても、人間たちがすぐに動くとは思えない。まだしばらくは時間があるとは思われるが、できれば何事もなく撤収できるだけの時間を確実に確保したい。あと10日もあれば何とかなるであろうから……。

夜のうちは、夜目が利かない人間達に大した距離を進めたとは思えない。

疲労の蓄積と精神力を削られるだけの、効率の悪い行動だと分かってはいても、少しでも早く距離を取りたいと思い無理をした挙げ句、明るくなった頃には怪我や疲労でほとんど動けなくなっているだろう。実に馬鹿なことだ……。

色々と考えながら、嗅覚と夜間視力、そして判断力を評価して先導役に抜擢した若者の後に続いていたリーダーであるが、その先導役の若者が急に停止したため、危うくぶつかりそうになりながらも何とか自分も立ち止まった。後に続く者達も止まり、集まってきた。

「どうした?」

「はい、あれを……」

若者が指す方を見れば、木の枝に結ばれた何かの目印らしき白い布と、その枝の付け根の部分に置かれた、壺のような容器が見えた。

「……何だ?」

「さぁ……」

考えていても始まらない。今は時間が大事である。ここでぼーっと立ち止まっていれば、それだけ奴らとの距離が開く。

かと言って、このあからさまに怪しいものをそのまま放置するわけには行かなかった。

「……これを持って逃げ切るのは難しいと考えて、後で取りに来るつもりで目印を付けたか?

我々がこれ程正確に跡を辿れるとは思わず、見つかるまいと思ったのか、それとも……」

罠か。

そう思いはしても、放置して先に進むのは 躊躇(ためら) われた。

それに、あのような重そうで運びにくそうなものをわざわざ持ってきた理由が分からない。

獣人の存在など知らず、調査か行方不明になった者の捜索に来ただけの者が、一体何を持っていたのか。

「……もしかして、発掘現場付近で見つけた物か? それを持ち帰ろうとした?

まさか、我々が探している……」

そう思うと、最早結論はひとつであった。

「確認する! 気を付けて、そっと降ろせ!」

リーダーの指示を受け、若い者が数名、白布でマーキングされた木の根元に集まった。

そして、地上から160センチくらいの高さの木の枝に載せてある容器に皆でそっと触れた瞬間、容器の魔力コーティングが消滅した。

ぱぁん!

炸裂音と共に容器が弾け、中身が周囲に飛び散った。

容器自体は土を固めて作られただけのごく薄いものであり、自壊しなかったのは魔力コーティングにより外側から支えられていたからに過ぎない。そうでなければ、熱せられ内圧が増した状態になる前に、内容物の重さだけで壊れていたであろう。

なので、薄く脆い容器の破片が獣人達に大きな危害を加えることはなかった。

しかし。

ばたり

ばたばた……

20名のうち、数名の者が声も無く卒倒した。

白目を剥いて、泡を吹き痙攣している者。失禁して股間を濡らしている者。そして、口にするのも 憚(はばか) られる状態の者……。

げえぇ!

ぎゃあああああ!

胃の中のものをぶちまける者。鼻と口を押さえ、だらだらと液体を垂れ流しながら意識が朦朧としている者……。

「……て、撤退ぃ! 倒れている奴を引き 摺(ず) って行けぇ! 置いて行ったら死ぬぞォ!!」

たっぷり十数秒間吐き続け、胃液まで吐いた後、ようやくのことで声を絞り出したリーダーの指示に、一刻も早く逃げ出したい男達は渾身の自制心を振り絞って仲間の許へと駆け寄り、その衣服を掴んで引き摺った。

だが、謎の粘液を浴びた仲間の身体は臭かった。それは、とても、鋭敏な獣人の嗅覚が耐えられるようなレベルのものではなかった。運ぶ方もげぇげぇと 嘔吐(えず) き続け、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃ、意識を保つのに精一杯であった。中には、耐えきれず自分も倒れる者が出始めた。

「服を脱がせろ! 呼吸は口でするんだ、意識を保て!」

液体が染み込んだ衣服を脱がせれば、少しはマシになる。あとは、一刻も早く現場から離れなければ……。

最早、追跡や捕獲どころではない。

嗅覚? 全員、数日間は使い物になるものか。

戦闘? 吐きまくり体力を消耗し尽くして、まともに立ってもいられないような状態で?

「このまま真っ直ぐ水場へ向かう。発掘現場に戻るのは、その後だ……」

リーダーが、行き先の変更を指示した。

当たり前である。このまま戻れば、発掘現場に残っているみんなも壊滅状態になってしまう。

それ程酷い臭いであった。

リーダーは、苦悶の表情で呟いた。

「悪魔の所業だ……」

そしてその頃、破裂した容器から飛び出した『眼には見えない、多数の小さなものたち』が、泣き叫びながら全速力で水場を目指して飛んでいた。