軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

698 空を飛ぶ 2

「テレスううぅ〜〜!!」

古竜ザルムが王宮の中庭に静かに舞い降り、バルコニーへと伸ばされたその腕の上を、テレス王女をリアルお姫様だっこをしたメーヴィスが歩く。

そして、バルコニーで呆然と空を見上げていた国王が、無事に戻った王女に向かって、半泣きで叫んでいた。

……その気持ちは、察するに余りある……。

そして、バルコニーに降りたメーヴィスが、テレス王女を降ろし……。

「……お父様。私、女神様の視点で世界を見下ろしました……」

「え?」

「己の矮小さ。そして王族としての責務。しかと、この目と魂に刻み込みました!」

「えええ? こ、この僅かな時間に、お前にいったい何が……」

ごく短時間、古竜の背に乗って空を飛んだだけ。

……いや、それは到底『だけ』で済ませられるようなものではない、神話かお伽噺にしか出て来ないような、驚天動地の大事件ではあるが、出来事としては、ただ『ひとりの子供が、空を飛んだ』というだけのことである。

それが、どうして『女神の視点』だとか、『王族としての責務』とかに繋がるのか。

ワケが分からない。

……分からないが、しかし……。

娘の目が。

末っ子で、まだまだ幼い世間知らずの甘えん坊であるはずの、娘の目が。

強い意思を持って、輝いている。

国王は、理解した。

娘が、成長したのだな、と。

この、僅かな時間で……。

そして、じっとこちらを見ている古竜に向かって、黙って頭を下げた。

深々と、感謝を込めて……。

『その幼生体に、我の加護を与えよう。

困った時には、……いや、特に困っておらずとも、たまに我を呼ぶがよい。

我が名はザルム。心正しき幼生体を庇護する者ぞ!』

古竜からの、突然の、そしてとんでもない言葉に、皆が凍り付いた。

バルコニーにいた者達だけでなく、その大きな声が聞こえた者達……つまり、王宮全域と、王宮外のかなり広範囲に亘る場所にいた者達……、全てが。

そして、平然とした態度であるものの、その心の中では悶えまくっている、ザルム。

(あああ、人間の幼生体、 健気(けなげ) で良い子で、可愛いいいぃ〜〜!!

面倒を見て、育ててやりたいいいィ〜〜!!)

自分の背中での会話を、風除けシールドのおかげか魔法を使ったのか、全て聞いていたらしいザルム。

そして自分から見れば生まれたてと言ってもおかしくない人間の幼生体の、 真摯(しんし) で健気な言葉。

小動物の相手をするのが趣味であるザルムにとって、 ツボ(・・) であった。

あの 狼の統率者(シルバ) も、幼く可愛いから頻繁に会いに行っているのであるが、シルバよりずっと儚く、可憐である、この人間の雌の幼生体。

……ザルムの庇護欲のツボ突きまくりの、どストライクであった……。

女神の存在を疑う者はいないが、その姿を見た者はいない。

しかし、古竜の姿を見た者は大勢いるし、その怒りを買って滅びた国や領地の、伝説ではなく 実話(・・) は、いくらでもある。

……それで、古竜のお気に入りの人間に手出しする者など、いるはずがない。

つまり今、この国は、他国に対する最強の盾を手に入れたのである。

そしてまた、王家に対するクーデター等が起きる確率が、ほぼゼロとなった瞬間でもある。

古竜相手に戦いたい者など、ひとりもいないであろうから……。

しかし、その代わり、この国や周辺国では、他の戦いが 勃発(ぼっぱつ) することになるであろう。

……そう、第四王女に対する、嫁取り合戦である。

女神の愛し子、第三王女。

そして、古竜の加護を受けし、第四王女。

王国無双の時代の、幕開けである。

そして、あの竜巫女王女とその母国に対し、対等の立場を得た。

しかし、皆が気付き、だが決して口にしない、 良くないこと(・・・・・・) もあった。

……下の王女ふたりの大進撃に、第一王女と第二王女の立場がない……。

女神の愛し子と古竜のお気に入りを他国へ嫁がせる馬鹿はいないであろう。

そうなると、必然的に、外交用の他国へ嫁ぐ要員は、第一・第二王女となる。

それも、この国の王女としての価値よりも、『エストリーナ王女とテレス王女の姉』としての価値を重視されて……。

姉妹仲は良好なのであるが、女として、それはちょっと辛い……。

それらの考えが一瞬の内に脳裏を走り、姉王女達を少し不憫に思った国王であるが、今はそれどころではない。

「はは〜〜っ! 勿体なきお言葉、感謝いたしまする……。

我が娘テレスへのお心遣い、我が国の全国民を代表しまして、お礼申し上げます……」

そう。古竜の機嫌を損ねては、一大事である。とにかく、なぜかテレス王女を気に入ってくれた古竜を怒らせないよう、汗をダラダラと流しながら、必死の国王。

しかし、実はそう心配することはなかった。

ザルムはお気に入りの者の家族や周囲の者達を傷付けるようなことはないし、先程の言葉は、テレス王女にではなく、その親であると判断した国王に向かって掛けられたものである。

……しかも、 あの(・・) 古竜が、人間如きに自らの名を告げたのである。

これは、余程相手を気に入った場合にしかないことであった。

なので、今、古竜ザルムは非常に機嫌が良いということである。

少々のことで機嫌を損ねるような状況ではない。

まあ、ここにはそんなことが分かる人間はいないため、皆、知る 由(よし) もないが……。

(よし、やった!

テレスちゃんは大喜び、ザルムさんも機嫌がいいみたいだし、王様も、ザルムさん相手で緊張しているみたいだけど、テレスちゃんが古竜と仲良くなれたことは嬉しいはずだ。

テレスちゃん以外の女性陣とは殆ど会話せずに済んだし、わざわざ遙か彼方の大陸からやって来たということになっているから、これで当分はエストリーナ王女も、マルセラちゃんに私を呼ぶよう無理な要求はできないだろう……)

あとは、目立たないように、上手くこっそりと退出するのみ。

……そう考えているメーヴィスであるが、メーヴィスの『目立たないように』とか『こっそりと』とかいう言葉は、辞職願を置いて、温泉旅行に行っていた……。

とにかく、こうして、第四王女テレス姫の誕生パーティーは、無事、終了したのであった。

そしてその数日後、マルセラが王女達から渡されたメモを持ち帰ってきた。

第一王女、第二王女、第三王女の誕生日が記された、メモ用紙を……。

そして勿論、それに続いて、王宮経由で国中の貴族家息女達から、自分の誕生日を記した手紙がマルセラに届けられるのであった……。

「そんなの、受け取らないで突っ返しなさいよ!」

「……それが、担当の方が、『受け取ってもらえなければ、自分の命が危ない……』とか考えておられそうな、涙を浮かべたウルウル目で渡して来られましたの……。

あの泣きそうな顔で差し出されて、突き返せる女性はいないと思いますわ……」

「「「「「…………」」」」」

「あれ? メーヴィスさんは?」

キョロキョロと周りを見回しながらそう呟いたマイル。

そして、それに対するレーナの答えは……。

「自室で、寝込んでるわよ……」