軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

661 帰 省 11

少女を見捨てずに降伏すれば、自分も、荷馬車に積まれた違法奴隷の子供達も、皆が悲惨な未来を迎えることになる。

しかし、だからといって、ひとりの少女の命を失わさせることもできない。

もし自分が余計なことをしなければ、いくら違法奴隷とはいえ、死ぬことはなかったかもしれないのである。

どうすれば、と悩むレーナであるが、あまり長時間考える必要はなかった。

動きが止まり、視線が荷馬車の方を向いているレーナに向かって、剣やナイフを抜いた男達が一斉に向かってきたからである。

……どうやら、いくら役に立ちそうだとはいえ、詠唱を省略して攻撃魔法が放てるような危険な魔術師は、排除することにしたらしい。

魔術師は、武装解除ができず、 常に武器を持ったまま(・・・・・・・・・・) に等しいのである。そして、手足を縛っても、意味がない。

なので、犯罪者として捕らえられた時に、そう重くない罪であれば他の者は縛られるだけであっても、魔術師はその場ですぐに殺される場合が多い。

これが、『犯罪者にならなくても、ある程度の魔法が使えれば、そこそこ稼げる』というのに並ぶ、魔術師の犯罪者が少ない2大理由のひとつである。

それと同じで、犯罪者側が捕虜や奴隷として捕らえた者の中に魔術師がいた場合も、水が出せるだけの子供とかいう場合を除き、真っ先に殺されるのが普通であった。

周りに浮かべていたファイアー・ボールは、既に消えている。

こんな近距離で、刃物を持った男達に全周から一斉に攻撃されては、避けることも、魔法を放つこともできない。

詠唱時間が一番短い攻撃魔法でも、防御魔法でも、こんな短時間ではとても間に合わない。

マイルや『ワンダースリー』のような、詠唱を全く必要としない、真の無詠唱魔法でもない限り……。

(駄目だ間に合わない詠唱死ぬせめて子供達だけでもごめん父さん赤き稲妻夢がメーヴィスポーリンマイル……)

一瞬の内に、とてつもない速さで頭の中に流れる思考。

しかしそれはあくまでも脳内の働きであって、身体がその速度で動くわけでも、そして魔法の詠唱ができるわけでもなかった。

マイルや『ワンダースリー』が使う、詠唱を全く必要としない完全な無詠唱魔法とは違い、レーナとポーリンが使う『なんちゃって無詠唱魔法』は、ただ詠唱を口に出すことなく頭の中で唱えているだけである。

なので、口頭で詠唱するよりはずっと速く唱えられるが、それなりの時間は掛かる。

火の攻撃魔法であれば、発熱させ、熱塊を生成し、形を整え、目標に向けて射出する、という工程を、呪文に合わせてイメージするためには、数秒は掛かる。

それは、マイルに教わった防御魔法にしても同じことである。

……しかし今、そんな時間はない。

コンマ数秒先に迫る、死。

自分だけであれば、構わない。

もう、人生の目標は果たし終えた。

父親や『赤き稲妻』のみんなに会っても、胸を張れる。

……しかし、子供達を救えず、その未来を閉ざすわけにはいかない。

救国の大魔導師レーナ、……いや、『赤のレーナ』の矜持に懸けて!!

近付く、男達。

振りかぶられた剣。突き出されるナイフ。

(何か。何か、せめて最後の足掻きを……)

しかし、暗器を振るうにも、魔法を使うにも、あまりにも時間が足りなすぎた。

(時間がかからず、詠唱も必要としない、今、自分にできること……)

何の意味もなく、何の成果をもたらすこともない、自分の人生における最後の行動を。

ただ、何も口にせず、一瞬、頭の中で思い浮かべるだけ。

それは、魔法の天才を自認する自分が果たせず、悔しい思いをし、最後の心残りとなった、 アレ(・・) であった。

そしてレーナは、複雑な工程を必要とせず、自分がコンマ数秒以内に発動することができる唯一の魔法を詠唱した。

今まで、失敗続きであった、あの魔法。

魔法の天才であるはずの自分が果たせなかった、あの魔法。

自分の人生最後の魔法が、不発の失敗魔法だというのも、また一興。

ただの一工程。

ただ単に、扉を開けるだけの、ワンワードの単純な魔法……。

そして、その呪文であり発動のための魔法名でもある、その 言葉(ワンワード) を、頭の中で唱えた。

ぎらつく眼、轟々と燃え盛る心、……そして光り輝く魂の、全ての力を込めて……。

(……収納!!)

「「「「「「…………え?」」」」」」

レーナに向かって剣やナイフを突き立てようとしていた男達も。

荷馬車の荷台で、少女の首にナイフを当てている男も。

レーナへの攻撃には加わらず、ただ眺めていた男達も。

皆が、ポカンと口をあけていた。

「……消え……、た……?」

そう。

消えた。

レーナに向かって突き立てようとしていた剣やナイフが。着けていた防具が。……全て。

音もなく、一瞬で。

動きを止め、呆然と立ち竦む、男達。

「……え?」

そして、ワケが分からない、というような顔をしている、レーナ。

誰も、ひと言も喋らず、永遠のような十数秒が過ぎ……。

「……あは」

「あはははは!」

「あぁ〜〜っはっはっはァ!!」

瞳を輝かせて哄笑する、レーナ。

今までの訓練の時とは違う、確かな手応え。

維持に、殆ど精神力を必要としない。おそらく、気を抜いても、眠っても維持できる。

なぜか、それが理解できた。

容量がかなり大きいことも、自然と分かる。

……そう。遂に、収納魔法を会得したのである。

いつか必ず、と夢に見て。

マイルは普通に使っているだけであるが、もし自分が収納魔法を手に入れれば、こんな使い方をしてみたい。あんな使い方もできるかも。

そう思い、日々考え続けた、収納魔法の活用法。

……勝った。

レーナは、そう思った。

……誰に?

自分に!!

本人には決して聞かされることのない、レーナの『陰の二つ名』。

それが今、顕在化する。

……人呼んで、『ティルス王国の赤い悪魔』……。

「あはははははは!!」

「……てっ、テメェ、いったい何者だっ!」

慌てて飛び 退(すさ) ってレーナから距離を取り、恐怖に顔を引き 攣(つ) らせた悪党からの 振り(・・) に、満面の笑みを浮かべる、レーナ。

そう。あの台詞が言える。

マイルから聞かされた数々の決め台詞のうちのひとつである、あの台詞が……。

「……私は、赤のレーナだ。大魔導師をやっておる……」

……何の不思議もありはしない。

生命の危機において、真の力が覚醒する。

マイルの『にほんフカシ話』では、ごく普通の、よくあることであった。

……そしてレーナは、既に一度、それを体験している。

あの、『赤き稲妻』のみんなの仇を 討(う) った、あの時に……。

そしてあの時は、権限レベル1であったが、今は……。

「収納!」

荷台の男が手にしていたナイフが、……消えた。

その瞬間、抱き抱えられていた少女が身を振りほどき、驚愕に固まっていた男を体当たりで荷台から突き落とした。

これで、落とされた男が再び荷台に上がろうとすれば両手を使って身体を持ち上げるしかなく、そうすると、無防備に突き出される頭部への荷台上からの攻撃を防ぐ 術(すべ) はない。

そして既に、少女が男を突き落としたのを見た他の 積荷(・・) 達が荷台から顔を覗かせていた。

……その手に、棒切れらしきものを握って……。

「はは……。あはははは……。

今夜はみんなで、パーリナイッ!

ウルトラホット・ブリザ〜〜ドッッ!!」

「「「「「「ぎゃあああああああ〜〜っっ!!」」」」」」

危険を感じたらしき荷台の子供達は、大慌てで捲られていた幌を下ろして閉じた。

さすが子供達。危険には敏感なようであった。