作品タイトル不明
572 塩漬けの依頼 5
「……もしかすると、『送り狼』かな?」
「え? それって、女の子を毒牙に掛ける……」
マイルの呟きに、驚いて反応するポーリン。
そう、ポーリンは身体的特徴から、男に声を掛けられることが多い。そのため、こういう話題には敏感なのである。
そして……。
「じゃ、さっさと殺しましょ!」
ビクッ!
人間の言葉が分かるというわけでもなさそうなのに、そう言ったレーナの雰囲気や口調、そして剣呑な視線から、何やら身の危険を感じたらしく、怯えた様子の狼。
「いやいや、人間が後付けで勝手に加えた、狼にとっての風評被害の方じゃないです。元々の、本来の意味の方ですよ!
狼の中には、自分の縄張りに入ってきた人間を監視して、縄張りから出るまで跡をつけてくるという習性を持つものがいるんですよ。
そして、人間が縄張りを出れば、戻って行くんです。
それが、あたかも森で迷った人間を守り、送り届けてくれたみたいに見えるんですよ。
しかも、狼が付いているから、他の野獣や魔物が近付かないんです。
狼が、狩りの最中に獲物を横取りされた時にどれだけ怒り狂うかは、他の野獣や魔物達も知っていますからね。
しかも、狼は群れで狩りをしますから、他にも仲間が潜んでいて獲物を追い詰めている最中かもしれないのに、そんなのに手出しするような森の住人はいやしませんよ。つまり……」
「跡をつけられた人間にとっては、本当に感謝すべき守り神、ってことか……。
しかも、それが迷子の子供だったりすれば、両親からの感謝はすごいものになるだろうね……」
メーヴィスの言葉に、こくりと頷くマイル。
「狼も、いいトコがあるのね……」
そして、感心するレーナであるが……。
「でも、まぁ、つまずいて転んだりして、急に大きな動作をしたり大声を上げたりすれば、反射的に襲い掛かって殺されちゃうんですけどね。『送り狼』の悪い方の意味や、『山犬』、『送り犬』の伝承の元となった習性ですけど……。
それに、お腹が空いていれば、最初から襲われて食べられちゃうでしょうけどね。
……あ、『山犬』とか『送り犬』とかいうのは、狼のことですよ。 山犬(ヤマイヌ) は狼、 家犬(イエイヌ) が多分レーナさんがイメージされている『犬』ですからね、間違えちゃ駄目ですよ!」
「どうしてそんなに詳しいのよ!」
「マイル、まだこの大陸に来たばかりだろう……」
「マイルちゃん……」
吠えるレーナと、呆れた様子のメーヴィスとポーリン。
「あ、いえ、今のは私の地元の方での話で……。まぁ、このあたりでも狼の習性は同じようなものだと思いますからね、あはは……」
「「「…………」」」
まあ、マイルが変なことを色々と知っているのは、今更である。
そして、どうやら自分の危機は去ったらしいと悟ったのか、涙目ながらも安心した様子の狼であった……。
* *
「よし、これで行きましょう!」
以前、チェーン屋(『チェーン店』ではない)の話が出た時に、レーナが悪ふざけで買ってきてマイルに押し付けた、 鋼(スチール) 製のチェーン。
マイルのアイテムボックスに入っていたそれと、いつ、どんな大きさのもふもふ……猫、犬、虎、フェンリル、その他何でも……に出会ってもいいようにと、あらゆるサイズのものをマイルが自作し用意しておいた、首輪やハーネスの数々。
それを、捕らえた狼に装着するマイル。
……ちなみに、いつずぶ濡れの幼女に出会っても助けられるようにと、アイテムボックスの中には、あらゆるサイズの下着や衣服も用意してある。
但し、大人用はない。
大人は自己責任であり、マイルの担当外なのであった……。
「念の為、ちょっと友好的な態度を示しておきましょう」
そして、アイテムボックスから取り出した肉を狼に与えるマイル。
野生動物は人間とは味覚が違うし、あまり焼き過ぎた肉は口に合わないかもしれない。
なので、こういう場合に備えて用意してある、ブルーレアのオーガ 肉(にっく) ……有機農産物とは関係ない……である。
ちなみに、ブルーレアというのはレアより生に近く、レアが中心部はピンク色ではあるもののちゃんと中まで熱が通っているのに対し、表面を数十秒焼いただけで、中身は殆ど生である。
その先には、表面を数秒焼いただけであり中はほぼ生のブルー……ラーメンで言うところの、『粉落とし』や『湯気通し』に相当……があるが、そんなの、もう生肉と変わらない。
たまに、レアを頼むと中が冷たくて生のが出てくる場合があるが、それはもう少し焼くようにお願いすべきである。
狼は、外側が少し焼けていい臭いがするけれど中は殆ど生、というブルーレアのオーガ 肉(にっく) が余程気に入ったのか、勝手に装着されたハーネスやチェーンのことはあまり気にせず、尻尾をブンブンと振りながら肉に食らいついていた。
(ブルーレア……。そんな名前の宇宙空母があったような気が……)
そして、相変わらず、よく分からないことを考えているマイル。
「……でも、この森、狼が集団で狩りをする対象となりそうな魔物や動物が結構多いわよね。
わざわざ遠くの村へ行って、毎回1~2頭の家畜を狩る必要なんて、あるのかしら?」
「そうですよねぇ。群れ全体で山羊や羊を1~2頭なんて、1回分の食事にすら足りないんじゃないですかねぇ……。
私が狼の群れのボスなら、その場で群れ全体で4~5頭を食い散らし、あと4~5頭を殺して、引きずって持ち帰りますね。それを年に数回やって、それ以上は襲いません。
そして人間達にはそれを『計算に織り込み済みの、損耗分』として諦めさせ、そういうものだと納得させて、長い、良き付き合いをする。そういうのが、こういうところでうまく暮らしていくコツなんですよね……」
レーナの疑問に、そう答えたポーリンであるが……。
「いや、そりゃ人間側が一方的に搾取されているだけじゃないか。
そんなの、狼を殲滅したくなるに決まってるだろう……」
メーヴィスが、真っ向からそれを否定した。
「「「そりゃそうだ……」」」
そして、肉を食べ終えた狼に先導されて、先へと進む『赤き誓い』。
どうやらこの狼は、マイルが首輪ではなくハーネスを装着したせいか、自分が捕らえられて鎖に繋がれている、とは思っておらず、自分が4人の人間達を確保して仲間のところへ連れ帰っている、と認識しているようであった。そのため、堂々とした態度である。
「「「「…………」」」」
「あ、前方、狼らしき 反応(エコー) あり! 数、1!」
「戦闘態勢!」
* *
……そして、鎖を持つマイルを引っ張りながら皆を先導する、 2頭の狼(・・・・) 。
勿論、増えた方には、既にブルーレアを食べさせてある。
既に仲間が意気揚々と人間達を 引っ張って(・・・・・) 、 連れ帰っていた(・・・・・・・) ことから何の疑問も抱いておらず、そして自分に 旨い肉(ブルーレア) を献上した感心な下僕として、この 人間達(れんちゅう) を群れに連れ帰ることを 是(ぜ) としたようである。
「前方、狼らしき 反応(エコー) あり! 数、1!」
「戦闘態勢!」
* *
……そして、鎖を持つマイルを引っ張りながら皆を先導する、 6頭の狼(・・・・) 。
「あれ、何て言ったかしらね。戦いに行く途中で、お供の動物がどんどん増えてゆくヤツ……」
レーナのそんな呟きに、メーヴィスが答えた。
「あの、キラービーの蜂蜜で作ったお団子を食べさせてやる代わりに家来になれ、ってやつかい?」
「そうそう! 『キラービー団子』で味方にするヤツよ!」
それを聞いて、ポーリンがぼそりと呟いた。
「『勇者ピーチのオーガ退治』……」
「「それだっっ!!」」
そして、ポンポンと肉球で肩を叩けばいくらでも無限に美味しい肉が出てくる、不思議で便利な 良い物(・・・) を見つけ、それを群れへと持ち帰ることができると、尻尾をぶんぶんと振りながら大はしゃぎの、6頭の狼達であった……。