作品タイトル不明
568 塩漬けの依頼 1
「ここが、依頼主の村ね……」
依頼を受けた翌日、早速仕事に取り掛かった『赤き誓い』。
朝早くに出発したため、昼前には目的の村に到着した。
「ああ。依頼は村の名で出されているし、依頼料は村の予算から出るだろうから、村人全員が依頼主だと考えていいだろうね。……勿論、代表者は村長だろうけど……」
「……しかし、港町まで徒歩5~6時間なら、行商人に頼んだりせずに、村人が直接依頼に行けばよかったのではないのですか? 依頼書だけならばともかく、預託するための依頼料、金貨3枚も預けたのでしょう、その行商人に……。
小さな農村にとって、金貨3枚は結構な金額ですよね?」
今の『赤き誓い』にとっては、金貨3枚、日本での30万円相当は、大した金額ではない。
しかし、食料や消耗品の大半は自給自足である農村にとっては、それだけの現金は決して少ない額ではないだろう。それを、簡単に余所者の手に 委(ゆだ) ねるということは、商人の娘……というか、自身が既に一人前の商人であるポーリンにとっては、奇異に思えるらしい。
それに、村にとってかなり重要な依頼を、他人任せにするものであろうか。
ポーリンが疑問に思うのも無理はなかった。
だが、同じく商人……行商人……の娘であるレーナが、それを否定した。
「片道5~6時間ということは、往復で10~12時間。食事や休憩の時間を考えると、安全のためには無理をせず、街で1泊すべきよね。
そうなると、大人ひとりの2日分の労働力の損失と、1泊分の宿賃、食費、その他諸々のお金が必要になるわよね。それに、信用して金貨3枚を預けるとなると、信用のある行商人なんでしょ、何年も通い続けてくれている真面目な行商人だとか、その村出身の者だとか……。
別に、不思議でも何でもないわよ」
「そういうものですか……」
ポーリンは、実家にいた時には、別に自分が商売に関わっていたわけではない。
それに対して、レーナは父親とふたりで行商の旅をしており、父親が商談をする時には常にその場におり、色々なことを見聞きしていた。なのでそれを知っているポーリンは、こういう話においてはレーナが言うことを否定したりはせず、レーナの知識や判断を素直に受け入れるのである。
(ん~……)
しかし、レーナの説明に納得しているらしきポーリンとメーヴィスとは違い、マイルは何やら考え込んでいた。
(港町から、徒歩5~6時間。これくらいの距離なら、今までにも何度か依頼を出したことがあると思うんだよねぇ……。村が始まって以来、これが初めての依頼ってわけじゃないだろうし。
……数年に1回くらい、依頼を出しているんじゃないかなぁ。
そして、大切な村の予算を使うのだから、村長とかは港町へ行った時にギルドに寄って、依頼の仕方だとか依頼料の相場だとか、色々と調べていると思うんだけどなぁ。
大して遠くないのだから、村長なら港町へはたまに行くだろうから。年貢の小麦の輸送だとか、領主様への陳情だとかで……)
何か腑に落ちない、という感じはするが、かといって、何らかの確証があるわけではない。
表面的には、あくまでも害獣に悩まされている農村からの依頼に過ぎず、意図的な悪意によるものでないならば、新米のCランクハンターにとってはごく普通の仕事である。
なので、マイルもまた、レーナの説明に反論することはなかった。
* *
「…………ようこそ、お越しくださいました……」
村長の家で、村の首脳陣と話をしている『赤き誓い』であるが……。
テンションが低く、あからさまに失望の色を隠そうともしない村長。
同席している、村の役職者達も皆、同じような様子である。
まぁ、それも無理はないであろう。
なけなしの村の予算から何とか捻り出した、依頼料の金貨3枚。
その結果、やって来たのが自分達の孫娘と大して変わらない小娘4人とあっては、落胆するのも仕方ない。
しかし、依頼書には年齢制限も、『男性パーティに限る』という条件も付けていなかったため、ギルドが『このパーティであれば問題ない』として受注させた以上、今更文句を言えるはずがなかった。
これが護衛依頼とかであれば、受注条件に『受注の可否は、面接の結果による』とか記載されていたりするのであるが……。
さすがに商人達も、魔物に襲われたら依頼主を見捨ててすぐに逃げ出しそうな者とか、『いや、オマエ、絶対に盗賊団の潜入スパイだろ!!』というような悪党面の者を雇いたいとは思わないだろうから……。
「……いや、お気持ちは分かりますが、これでも、 歴(れっき) としたCランクパーティですので、ご心配なく。
それに、もし万一私達が依頼事項の遂行に失敗した場合は、『依頼事項未達成』として私達への支払いはなし、次の受注者に依頼が回されることになりますから……」
メーヴィスの説明を聞いて、ホッとした様子の村長達。
初見の相手に見た目で侮られることには慣れているため、皆、別に腹を立てたりはしない。
「……で、御依頼の詳細を確認したいのですが……」
ギルドで確認した依頼内容は、あまりにも大雑把であった。
そう、『赤き誓い』以外の者は受注するはずがない、というくらい……。
そして、村長達の説明によると……。
『この村には、少し離れたところに『 入(い) らずの森』がある。
そこには魔物が住んでおり、村の者達は、その森には入らない。
しかし、最近そこから魔物が村まで来るようになり、家畜が襲われ始めた。
それだけでも大問題であるが、このままでは、いつ人間が襲われるか分からない。
なので、魔物を討伐し、村の安全を図りたい。
対象からは、角ウサギとオークを除く。狼系のものは、確実に全滅させてもらいたい』
ということであった。
角ウサギとオークを除外するのは、肉や素材目当ての獲物として村に必要だからであろう。
オークは少し危険ではあるが、オーガや狼系の魔物ほどではない。たまに一頭狩れれば、村の食事情に大きく貢献する。
……そしておそらく、オークはこの村まで来るようなことはないのであろう。
「「「「あ~……」」」」
心配していた事態である。
しかし、『そういう場合もあり得ないわけではない』というだけであり、まさか本当にその 類(たぐ) いの依頼であったとは、驚きである。
これが悪質な個人からの依頼であり、ハンターを騙してただ働きをさせようとか、契約違反を盾に無茶なことをさせようとかいうならば、まだ分からなくもない。
しかし、村としての正式な依頼で、これはない……。
「……それって、森の魔物を全て退治してくれ、ってことですか? 金貨3枚で?」
「世の中を舐めているのですか?」
「領主様に頼みなさいよ!」
辛辣(しんらつ) な、マイルとポーリン、そしてレーナの言葉。
そして……。
「何年かかるのかな、あはは……」
苦笑する、メーヴィスであった……。
* *
「いや、ちゃんと依頼を受けて来たからには、やってもらわないと! 契約違反じゃ!」
「いやいや、詳細説明があまりにも常軌を逸した内容であった場合は、仕事をせずにそのまま戻るように、ってギルドから指示されていますので……」
いくらお人好しのメーヴィスであっても、こんな話は受けられない。
酷い目に遭うのが自分達だけであっても駄目なのに、『馬鹿なハンターは、うまく騙せばただ働きさせられる』という噂が流れたり、『前に依頼したハンターは、この条件で受けてくれた!』とか言われると、他のハンター達に迷惑が掛かる。ここは、絶対に妥協してはいけないところである。
「……じゃ、帰るわよ!」
「「「おお!」」」
そして、レーナの指示でみんなが席を立つと……。
「……仕方ない。それでは、条件を少し引き下げよう」
村長がそんなことを言い出したが、皆、その言葉を完全にスルーして、部屋から出ていった。
「……え? いや、待て! 条件を引き下げると言っておろうが!!」
しかし『赤き誓い』は止まるつもりはないようであった。
「待て、は、話を……」
そこで、レーナが足を止めて、振り返った。無表情で。
「相手が妥当な条件を求めているのに、その10倍の条件を突き付けておいて、相手がそれを飲まないとなると『ならば、互いの条件の真ん中を取ろう。そうすれば、公平だろう』とか言って5.5倍の条件を強要するとかいう悪党の言うことを聞く程の馬鹿じゃないわよ。
金貨3枚の報酬で私達がどういう依頼を指示されたかは、ギルドとハンター達にしっかりと伝えておくから、安心しなさい。次からは、この村が何を求めているかを理解したハンターしか来ないわよ。
……もし、そんな馬鹿かお人好しのハンターが存在するとしたら、の話だけどね。
私達が受けたのですら、長い間誰も受けずに塩漬けになっていたのを気の毒に思っての、ただのボランティアのつもりだったんだからね。次にそういうハンターが現れるのは、いつになるかしらねぇ……」
「「「「…………」」」」
そして、青い顔で震える、村長達であった……。