軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

519 スロー・ウォーカー 2

勝手に前方へと進んだマイルに、慌てて後を追うレーナ達。

そして……。

「ハロー、旧友」

装置の前で立ち止まったマイルは、右手を軽く挙げて挨拶した。

どうせスカベンジャーから現在の言語に関するデータは受け取っているであろうし、悠久の 刻(とき) を生きてきた不死の存在に会った時の挨拶は、これでいいはずであった。

……マイルの、ドイツ製大河スペースオペラの知識によると……。

そして、遙かな時を隔てての、造物主の子孫である自分との出会いなのであるから、『旧友』と呼んでもそうおかしくはないであろう、と……。

『……』

『…………』

『………………』

自分から呼び付けたのであるから、音声による会話のためのデバイスくらいは当然用意してあるはず。

そう思って挨拶したのに、返事がない。

しかしマイルの鋭敏な聴覚は、完全な静寂ではなく、音声を発生させるためのデバイスが作動しているかのような、空気の振動のようなものを感じていた。

おそらく、『スロー・ウォーカー』が音声を発するのを 躊躇(ためら) ってでもいるのであろう。

……もしくは、マイルの挨拶に戸惑い、返事に窮しているか……。

『……ハ、ハロー、旧友……、管理者様……』

そして、ようやく『スロー・ウォーカー』が返事した。

「よし、滑らかに言葉が喋れる。予期せぬ事態にも対応可能。かなり高性能ですね。予想通り……」

さすが、それなりの体積を持つコンピュータである。メカ小鳥とは違い、ちゃんと人間並みに喋れるようであった。

……先程つっかえたのは、性能不足のせいではなく、マイルの発言の意味がよく分からなかったせいであろうから、ノーカウントである。

「では、あなたという存在についての説明と、私達を招いた理由を教えてください」

初っ端から直球を投げるマイル。

まあ、それが分からないと話ができないので、仕方ない。相手もそれくらいは分かっているはずである。

「今まで、スカベンジャー達からはあなたに関する報告も説明もなかった。

でも、おそらくあなた達の中で最も能力が高いと思われるあなたのことを私に教えないということも、あなたが私に接触してこなかったことも、普通に考えればあり得ない。

……ということは、その時点では、スカベンジャー達はあなたのことを知らず、あなたもまたスカベンジャー達から情報を得られる状態ではなかったということですよね?」

『肯定。私は正常に作動していたが、フィールド外の補助装置、ケーブル、アンテナ等が全損しており、また外部へのルートは全て崩落により大部分が埋まっていたため、外部の情報は一切入手できず、また私から指示を出すことも不可能でした。

このような事態に陥った主な理由は、待機時間……フィールド外の時間経過が想定を遥かに越えたものとなったこと、管理者からの指示が途絶えたこと、そして奉仕者が全てほぼ同時に全損したことです』

奉仕者というのは、おそらくマイル達が言うところのスカベンジャーのことであろう。

「ほぼ同時に全損?」

『地殻変動による大規模な落盤、それを復旧しようとして集まったところに再度の落盤。通路の埋没、外へ出たユニットの未帰還』

「あ~……」

スカベンジャーは互いに修理しあったり、個体数が減れば新造したりするので世代交代しながら悠久の刻を生き続けるが、一度に全滅してはどうにもならない。

どうやら、不幸が重なったようであるが、何万年もの時間があれば、そういうこともあるだろう。

その前に、資材不足に陥っており全般的に機能が低下していた可能性もある。

『 耳目(じもく) となる外部との連絡手段も手足となる奉仕者も失い、しだいに機能を喪失してゆくタイムスケール可変装置。そして機能する装置の数もあと僅かとなった数日前に、『吉報の伝達者達』が現れた……』

「はいはい、私の配下となったスカベンジャー……奉仕者達による、過去に基地があった場所に派遣された修理チームね……」

スロー・ウォーカーは、『奉仕者』とか『吉報の伝達者』とか、どうもそういうネーミングや言い回しが好きなようである。

「で、あなたの存在目的……、任務は何?」

一応の状況を把握したマイルは、いよいよ核心に迫る質問をした。

これを確認しないと、何を言われ、何を頼まれるにせよ、対応が決められない。

レーナ達は、マイルとスロー・ウォーカーの会話を黙って聞いている。

『私の製造目的は……』

「うんうん……」

『異世界からの侵入者からこの世界を守るための情報が失われたり、その時に備えて作られた 拠点(ベース) が時の流れにより機能を喪失した場合に備え、「時を越える」ことでした』

「やっぱり……」

ほぼ、マイルが予想していた通りであった。

そして、スロー・ウォーカーが語るには……。

昔、この惑星には、一般人でも少し高いお金を出せば星系内の宇宙旅行くらいはできる程度の文明が栄えていた。

しかしある時、突如として出現した次元の裂け目から異形の生物……『魔物』達が 溢(あふ) れ出た。

文明は発達していたものの、惑星全体が統一政府により平和に治められていたため世界には強力な武器はなく、また治安維持のために必要なもの、つまり警察程度の能力を超える戦闘組織もなかった。

更に、惑星の大半の場所には人間がかなりの高密度で居住しており、魔物が出現したのもまた、そういう場所である。

そのため、魔物の出現、イコール人間の大量虐殺開始であり、被害は甚大。

また、都市部にいきなり出現したため都市機能が即座に麻痺。多くの人々が取り残されている場所に無差別攻撃……急造の化学兵器とか、大量破壊兵器とか……を用いることもできず、大被害を出した上に魔物を全滅させることもできず、魔物は世界中に拡散。

その後、裂け目は自然に消滅。

そして必死の調査研究の結果、次元の裂け目は自然現象とかではなく、作為的な、科学的手段によるものだということが判明。

いつまた再び次元の裂け目が開くか分からず、人々は僅かな者を残し、建造した多くの大型宇宙船により移民船団を組んで新天地へと……。

「いや! いやいやいや!! 待ってくださいよ! まだ見ぬ新天地への大規模恒星間移民なんて、そんな大博打を打つくらいなら、世界中に散った魔物を各個撃破で殲滅した方が、ずっと早くて簡単で安全でしょう! どうしてそんな馬鹿な真似を……」

あり得ない。

そんなもの、ネズミが出たから家を捨てて遠い他国へ移住する、と言っているのと同じである。

あり得ない……。

そう思うマイルであるが……。

『管理者達の考えは分からない』

被造物(つくられしもの) には、造物主達の考えが分からないのは仕方ないであろう。

「もしかすると、長く続いた平和のため、 優しく温厚な(腰抜けで腑抜けの) 種族だったのかなぁ……」

そんなことを考えるマイル。

「……で、科学的な方法で次元の裂け目が意図的に開かれた、ってことだけど、どうして侵入してきたのは魔物だけなの? 次元を越えることのできるシステムを開発した種族はどうして来なかったの? 何か目的があってそんなシステムを作り上げたのでしょう?

それに、そもそもなぜそんな進んだ科学力を持つ世界に、人間を襲って食べるような凶暴な生物がそんなに大量に 蔓延(まんえん) しているの? おかしいでしょう?」

そして、当然の疑問を口にしたマイルであるが……。

『いえ、来ています』

「え?」

『それらのものを開発したと思われる知的生物の末裔は、魔物達と共にこの世界へと来ています』

「えええええ! じゃあ、その知的生物というのは、いったいどこに……」

『現在、この大陸の各地に存在しています。そして現在、ヒト種の呼称では、「ゴブリン」と呼ばれています』

「「「「えええええええええ~~っっ!!」」」」

これには、マイルだけでなく、静かに聞いていたレーナ達も堪らず大声で叫んだ。

「ご、ごごご、ゴブリンが知的生物? 馬鹿で粗暴で言葉も喋れず、人間を襲う最下級の魔物である、あのゴブリンが?」

そう言いながらも、ヒト種の者達はゴブリンを狩ってもその素材を利用しようとはせず、また決してその肉を食べようとはしないことに対して、なぜか何の疑問も持たなかったことに気付いたマイル。

いや、確かに肉はそう美味しそうではない。

しかし、農作物が不作や凶作になった時には、食べてもいいだろう。いくらマズくても、飢えて死ぬよりは遥かにマシである。

……しかし、なぜかゴブリンを食べるヒト種の者はいない。他の魔物は、平気で食べるのに。

また、動物や魔物達は、ゴブリンを平気で食べる。なので、毒があるとか、死ぬ程マズい、というわけでもあるまい。

なのに、ヒト種だけがゴブリンを頑として食べようとしない。

それは、まるで人間が人肉を食べることに対して抱く、禁忌の感情のように……。

「そういえば、ゴブリンはヒト種の女性を襲う……。

食べるためじゃなくて、 玩具(オモチャ) にするために……」

マイルの呟きに、凍り付いたかのように固まり、無言で立ち尽くす『赤き誓い』であった……。