軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

408 閑話 灼熱の男 3

数の差は、残酷であった。

帝国兵は、勝利が確実である戦いで無理をして死ぬのは御免だとばかりに、自分が死なないようにとあまり積極的ではない戦い方をしていたが、それでも、圧倒的な兵力差はどうしようもなく、ランチェスターの一次法則の通り、急速に男爵領軍の兵力を削っていった。

ケルビンは、指揮官でありながら自らも前線に立ち奮闘したが、それも、もはや限界であった。

いくら幼少の頃から剣術の鍛錬をしていたとはいえ、そしていくら相手が雑兵であったとはいえ、圧倒的な人数差の前には、疲れ、致命傷ではないものの切り傷が増え、血を流し、しだいに剣を握る握力が弱まり、足がふらつき、眼がかすみ、そして……。

ぱきぃん!

決して『名剣』などとは呼べない、数打ちの剣が折れた。

そして、それと共に、ケルビンの心も……。

剣が折れて一瞬動きが止まった隙を逃さず、敵兵が放った一撃がケルビンの胴を打った。

防具のおかげで致命傷とはならなかったものの、鉄の棒で思い切り殴られたのと同じであるため、ダメージはそう軽くはない。元々限界を迎えて、いや、とっくに限界を超えていたケルビンは、その場に倒れ伏した。

しかしそれは、苦痛や無念さよりも、これで休める、これで終われる、という、甘美な香りに包まれていた。

(これまで、か……。だが、俸給分の仕事はしたし、義務は果たした。ベイリアム家の者として、恥となるようなことはあるまい……。このまま死んでも、何も……、何も……)

しかし、ケルビンは、心の片隅にトゲが刺さっていることに気が付いた。

(ああ、あいつに、謝っていないや……。もう一度、あいつに会って、ひと言……)

そして、視界の隅に、自分に向かって剣を振り上げ、そして振り下ろそうとしている敵兵の姿がぼんやりと映った。

「あ……、で……」

ぎぃん!

「うわぁ!」

…………

しばらく経っても、斬撃が行われる気配がない。

……そして、太陽の光を遮って自分の上に掛かる、何者かの影。

「……誰だ?」

かすみ、ぼやけた眼には、小柄な人物のシルエットしか分からない。

しかし、どうやらこの人物が助けてくれたらしいことだけは、間違いないようであった。

「……傭兵募集の依頼を受けた、ハンターです」

あのような条件で、負け戦が確実である戦いでの傭兵募集の依頼を受けてくれる者がいるとは、思ってもいなかった。

ただ、領主が『領地防衛のために、あらゆる手を尽くしました』と言えるようにと形式的に出しただけの依頼であり、戦闘狂や食い詰め者の傭兵ならばともかく、ハンターが受けるような内容でも、そして妥当な報酬額でもない。ハンター達に『赤い依頼』と呼ばれる、筋の悪い依頼である。

早い段階で受けて日当を稼ぎ、いよいよ危なくなってきたら『他の依頼があるので、俺達はこれで……』とか言って逃げる悪質な傭兵達ですら、今回は誰も来なかった。

その、傭兵でさえ受ける者がいなかった依頼を、この局面になって受けるような馬鹿がいるとは、ケルビンの予想の範囲外であった。

そして、その声が、まだ年端も行かぬ少女のようであることも……。

自分の記憶の中にある少女の声に似ているような気がするが、それはただ単に、死の間際における自分の幻想に過ぎないのであろう。ケルビンは、少し朦朧とする頭で、そう考えていた。

「……馬鹿達は、全部で何人来てくれた?」

勿論、こういう場合の『馬鹿』というのは、最大限の賛辞である。

「ひとりです」

「え?」

「私、ひとりですよ。馬鹿が、そうそう何人もいるもんですか!」

あまりの返事に、一瞬固まったケルビンであったが、すぐに笑い出した。

「……はは、違いない……」

自分は、ここで死ぬ。その運命は、変えられそうにない。

しかし、この、何となく懐かしい感じがする馬鹿な少女には生き延びて欲しい。

そう思い、ここからの離脱を指示しようとした時。

少女の口から、ある言葉が 溢(こぼ) れ出た。

「……今、あなたの心は燃えているの? 魂は、光り輝いているの?」

「え……」

その言葉に、呆然とするケルビン。

それは、忘れもしない、あの日、あの少女が口にした言葉……。

そして、答える言葉は、これしかなかった。

「……俺の心は、燃え続けている。そして俺の魂は、光り輝いている。ひとりの少女に心と魂を殴りつけられた、あの日から、ずっと……」

「……あなたは、誰?」

「お、俺は、俺の名は……」

「ふうん、あなたの名は、地面に這いつくばった状態で口にできるほど、安っぽいものなんだ……」

その言葉に、歯を食いしばり……。

「俺の名は、俺の名は……」

折れた剣を支えに使い、ふらふらと立ち上がるケルビン。

「ベイリアム男爵家五男、ケルビン・フォン・ベイリアム……、いや!」

頭を振って、今、口にした言葉を払い飛ばす。

「俺の名は、ケルビン! 灼熱(しゃくねつ) の男、ケルビンだあああぁっっ!!」

どっしりと仁王立ちしたケルビンは、折れた剣を天にかざして絶叫した。

そして何事かと、動きを止めてこちらを見る、敵味方の兵士達。

「あなたに、3つのものをお貸ししましょう。ひとつは、これ、疲労回復薬です」

そう言って、アイテムボックスから1本の小瓶を取り出したマイル。

その瓶の中身は、『ミクロス』のような、ただナノマシンが詰まっているだけの液体ではなく、栄養分がたっぷりと入れてある。そして中のナノマシンには、前もって体内の疲労物質の分解と肉体強化の役割を指示してある。

「疲労がポンと飛ぶ薬、ヒロポ……、いやいやいやいや、『疲労がポンと飛ぶ薬』です!」

「……そのまんまじゃないか……」

しかし、ケルビンの言葉をスルーして……。

「次に、これをお貸ししましょう。但し、後で返してもらいますからね、私の愛剣なんですから!」

そう言って、鞘から剣を抜き、ケルビンに渡すマイル。鞘を渡さないのは、絶対返してもらう、という意志を強調する意味もある。

そしてその剣を、真剣な表情で、黙って受け取るケルビン。

普通、剣士が自分の愛剣を他者に託すなど、余程のことがなければ行われることはない。

マイルは、そんなことは全く考えてはいなかったが。……剣士ではなく、魔術師なので。

「……そして最後にお貸しするのは、勿論、……私の力です」

そう言って、いきなり簡易詠唱を始めるマイル。

「打ち上げ花火、下から爆発するか? 横から爆発するか? 連続発射!!」

ちゅど~ん、ちゅど~ん、ちゅど~ん!

高度ゼロ、つまり地上で次々と爆発する、花火を模した炸裂魔法。

派手に火花を散らして炸裂する割には、殺傷力は低い。しかし、脅しの効果は抜群であった。

悲鳴を上げて逃げ 惑(まど) い、連係も人の壁もばらばらに崩れ、大混乱に陥った敵兵達。そしてそこに、敵の本陣へと続く一本の道が開いた。

そしてマイルから渡された疲労回復薬を一気飲みし、はっきりと見えるようになった眼でマイルの顔をじっと見詰めたあと……。

「灼熱のケルビン、参る!」

単騎で敵陣へと突っ込むケルビンと、それに追従するマイル。そして更にそれに続く味方の兵士達。

……英雄の誕生であった。

そしてそれを領都の建物の陰から見ていた『迎撃を辞退した腰抜け達』が、奮起したのか、一斉に建物の陰から飛び出して突進してきた。その中には、剣を手にしているものの、既に防具を外して普通の平民の服に着替えていた者もいる。

……それを見て、『普通の平民が、武器を手にして戦いに参加した』と思った街の人々が、自分達もと、手近にあった刃物や工具、農具、その他様々なものを手にして、それに加わった。

様々なものを消費するだけで物資もカネも生み出さない兵士など、平時であれば領民の人数のほんの1~2パーセント、緊急事態であっても、せいぜい5~10パーセントが限界であり、10パーセントなどというのはほんの一時的なもの、そしてそれですら、戦後に国の発展に大きな問題を生ずるような数字である。

自領の守りを空にするわけにもいかず、無茶な徴兵をすることなく侵略に充てられる兵数など、人口比率から見れば、大したものではない。帝国全体が動いたならばともかく、辺境の貧乏伯爵家が領地の拡大目当てに出せる兵数など、たかがしれている。

そこに、馬鹿げた規模の攻撃魔法が連発で叩き込まれ、敵側に英雄が現れ、そして自軍の数十倍の敵が殺到してくる。

人間、死ぬ気になれば、その力には思った程の差はでないものである。

いくら鍛えた兵士と言えど、竹槍や丸太、鍬やハンマー、包丁等を振りかざした数十人の平民に取り囲まれて、勝てるわけがない。

敗走。

別に戦いに勝とうが負けようが自分達の境遇には殆ど関係のない下級兵士達が選択するのは、それしかなかった。

負け戦ではあっても、生きて家族の許に帰るか。それとも、異国で平民達になぶり殺しにされるか。

どちらを選ぶかなど、考えるまでもない。

斯くして、勝敗は決した……。