軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

240 アスカム子爵領 9

「な、何だと!」

ブランデル王国軍を率いる、王太子アダルバート殿下は、驚愕に眼を見開いた。

「はい、今申し上げました通り、顕現なさいました女神様にお護り戴きました。当アスカム家のお嬢様が、領民のために、死した後もなお……、ううう……」

涙を流しながら報告する、アスカム領軍指揮官、ジュノー。

帝国軍の追撃は王都軍と他領の領軍に任せ、アスカム領軍は自領の防衛と被害の復旧、村や畑を荒らされた領民の支援等のため領内に残り、各村々に派遣されている。そしてそれらの指揮は部下に任せ、ジュノーは王太子殿下への報告を行っていた。

アダルバートは、帝国軍の追撃を部下の将軍に任せ、アスカム領の領都に留まっていた。

この軍をアダルバートが率いることとなったのには、様々な理由がある。

王太子が軍を率いての即時反撃という、王国の本気度を帝国に見せつけるために。そして、各領主軍の指揮権を完全に掌握するために。下手をすると、どこかの侯爵家あたりがしゃしゃり出る可能性があったが、さすがにアダルバートが指揮官を務めるとあらば、余計な口を出したり主導権を握ろうとしたりはしないであろう。

そして、本格侵攻までの意図はないであろう帝国軍を数倍の兵力で叩き潰す、簡単なお仕事。しかも、侵略された辺境領を救い国土を護るための戦いである。大義名分も、地方領主達からの支持も得られる、実戦経験のないアダルバートの箔付けにはもってこいの役目であった。

なので、こんな任務で怪我でもされては大変と、追撃の先頭に立たせては貰えず、『守り抜いたアスカム領の領都から指揮を執る』ということになったのであるが、そこで聞かされた、とんでもない話。

いや、全く考慮していなかったわけではない。

もしこれが他の貴族領であったなら、帝国側が予測していた通り、大急ぎで戦力を掻き集めての準備不足な状態での緊急派兵など行わず、もっとじっくりと準備を整えて、各国に帝国の侵略行為をたっぷりとアピールして共同戦線を張る根回しを行って、という手順を踏んだはずである。

それが、帝国の侵略の報を聞いた時には、驚きはしたもののまだ余裕を見せていた国王が、侵略場所を聞いた途端に酷く動転し、取り乱したのであった。

そして、会議も開かずその場で緊急派兵を即断。それも、他の者の意見を聞くこともなく……。

通常であれば、たとえ国王であろうとそのような独断には苦言を呈するはずの宰相や大臣、上級貴族達が、なぜか誰ひとり反対することなく一斉に頷き、即座に出された王都軍、つまり国王直轄の国軍の緊急出動命令と、各領主軍に対する出撃の王命。

王国の危機というならばともかく、領地の切り取り程度のことであれば、当事者、つまりその領地の者や、そこに隣接している領主達以外の者には、そう切羽詰まった状況ではない。

勿論、放置していてはじわじわと侵略されるため、反撃して追い返し、できれば逆に相手の領地を切り取りたいところであるが、それはそう急ぐわけでもないし、遠く離れた場所の領主達にとっては、なるべく無駄な出費は抑え、許容限度ぎりぎりの、必要最低限の兵力の派出にとどめたいところである。

遠方であれば、せいぜい後で褒賞金が貰える程度であり、別に領地が広がるわけでも、功績による昇爵の可能性が期待できるわけでもない。なので、王命に対する反応は鈍く、色々と理由をつけて渋る……はずが、なぜか有力貴族達が、電光石火、常備軍を率いて次々と緊急出撃を始めたのである。

それを知り、いつものように反応が鈍かった他の貴族達も、慌てて後に続いた。理由は分からないものの、ここで兵を出さなければ、何かまずいことになる。それくらいのことが察知できないようでは、貴族はやっていられないのである。

そして、アダルバートも、勿論事情は知っていた。いくら女神様が口止めしたとはいえ、あれだけ大勢の目撃者がいては、それは喋る者も現れるであろう。お金に困っている者や、上官への忠誠心が高い者、そして温厚そうな女神様の神罰は大したことがないであろうと甘く考えた者、等々……。

勿論、アダルバートが事情を知っているということも、彼が軍の指揮を任された理由のひとつである。距離があったために、先程のマイルの姿もよく見えず、空気振動により増幅されたその声も届いてはいなかったが、『女神』という言葉に、アダルバートは大きく反応した。

(女神、そしてアスカム家の娘! 見つけたぞ、女神の御寵愛を受けし 依代(よりしろ) 、巫女アデル!!)

領軍の指揮官は、アデルが死んだものと思っているらしいが、勿論アダルバートはそうは思っていない。女神を体内に宿した娘が、そう簡単に死ぬわけがなかった。

(これで、我が国は巫女アデルを介して女神の加護を得て……)

「メーベルお嬢様は、確かに女神となられるにふさわしい純真なお方でしたが、まさかそこまで私達のことを思って下さっていたとは……」

「え? アスカム家の娘の名は、アデルなのではないのか?」

「え? それは、行方不明となられた、メーベルお嬢様の御息女のお名前です。女神として顕現なさいましたのは、亡くなりましたそのお母上、メーベルお嬢様です」

「え……。あ、ああ、姿はアデルのままで、その身体を、女神となったメーベルというその母親が憑依して動かしていたわけか……」

そう考え、納得したアダルバート。しかし。

「いえ、お姿もメーベル様のままでしたが……」

「え? では、その娘、アデルは?」

「アデル様は、1年半前に王都の学園から姿をお隠しになられ、そのまま……」

「え…………」

その後、女神の目撃者のうち、4年半前まで長年に亘りアスカム家で働いていた者達に聞き取り調査を行ったところ、皆が口を揃えて『あれは、間違いなくメーベルお嬢様でした。お嬢様が一番お可愛らしかった頃のお姿、そのままでした。そして、私共の常識を超越しました、あの言動。あのようなお方が、メーベルお嬢様以外におられるはずがございません!』と証言した。

そう、8歳までのアデルは、家族以外は乳母と子守メイドくらいとしか接触がなく、母親と祖父を亡くしたあとは、乳母も子守メイドも解雇されて別の者が雇われ、それらの者が世話するのは『アスカム家の娘である、プリシー』であり、アデルとの接触は皆無であった。

以後、アスカム家の娘として対外的に紹介されるのはプリシーであり、アデルのことは皆の記憶から薄れていった。プリシーが正統後継者ではないと知っている者達ですら、何年も前に遠目に数回見ただけの少女の顔など、ろくに覚えてはいなかったのである。

そして解雇された乳母は領都を離れ、子守メイドも他の町に嫁いだため、聞き取り調査の対象には含まれていなかった。

しかし、メーベルは違った。

『年中お花畑のメーベルお嬢様』、『見ているだけで幸せになれる少女』、『お 転婆(てんば) メーベル』、『突拍子もないことを考える子』、『たんぽぽ娘』等の二つ名、いや、いくつもの異名を持つメーベルは、多くの領民達に、あまりにも強烈な印象を残していた。特に、12~13歳頃の『メーベルお嬢様の、領内放浪期』と呼ばれた時代の、その容姿と言動は。

そしてマイルは、8歳頃まではそうでもなかったが、その後、メーベルに非常に似通った容姿となっていた。勿論、アスカム家の女性にしばしば発現する、その見事な銀髪を含めて……。

そして、父親と義母が焼却したため、アデルの姿絵は残されていない。代わりに飾られているのは、駆け出しの若手画家に急いで何枚も描かせた、義妹プリシーの姿絵ばかりである。

……つまり、今のマイル、つまりアデルの姿を見て、アスカム領の人々が思い浮かべる人物は、『アスカム家令嬢、メーベル・フォン・アスカム』ただひとりなのであった。

成人した? 結婚した? そんなことは、関係ない。

アスカム領の人々にとって、メーベルは、何歳になっても『メーベルお嬢様』なのであった。

そして今は、『女神、メーベルお嬢様』。

アスカム領を護るために顕現した女神がメーベルお嬢様であることを疑う者など、ひとりとしていなかった。至近距離で目撃した者達を含めて。

そして、せっかく女神の依代たる『アデル・フォン・アスカム』の所在を確認したと思っていたアダルバートは、混乱していた。

(え? ここに現れたのは、アデルとは違うのか? アデルを依代として宿っているのは、メーベルとかいう母親か? それとも、女神となった母親に娘の守護を頼まれた、他の女神?

分からん! どう判断すれば……)

「ところで、メーヴィスさん。領都に迫っていたブランデル王国軍の旗の中に、王族の旗があったというのは……」

「ああ。騎士を目指す者として、さすがに、いくら他国とはいえ、王族の旗は見間違えないよ。

陛下自らが軍を率いられる、いわゆる『親征』だとは思わないけれど、王子とか王弟とか、それなりの人物が王都軍を率い、そして全軍の指揮官を務めているはずだ」

マイルの質問に、メーヴィスが自信たっぷりに答えた。

「ど、どうしてそんなことに……」

「分からない。私もポーリンも、それは絶対にあり得ない、と言いたいのだが……。

しかし、間違いはない。あれは確かに、王家の紋章だった。このメーヴィス、自らの名に懸けて断言する!」

「え……」

メーヴィスの言葉に、絶句するマイル。

いや、メーヴィスが言ったことを信じていないわけではない。マイルの頭の中では、別のことが渦巻いていたのである。

(お、王家の紋章……。メ、メンヴィス様……)