軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

173 オーラ家 5

元々宿を出たのが結構遅い時間だったため、昼食までそんなに時間はかからなかった。

メイドに食事の準備ができた旨を知らされた『赤き誓い』一同は、一緒に話していたバンダインの案内で食堂へと向かった。

お代わりまでしたお菓子はとっくに消化されているのか、皆、お腹はペコペコのようである。

案内された食堂には、男爵夫妻、17~18歳くらいの男女、そして15~16歳くらいの少女が席に着いていた。オーラ男爵家、勢揃い……、いや、3人の子供達は皆元気そうであり、病人らしき少女の姿がない。

「本日は、お招き、ありがとうございます」

食堂にはいると、メーヴィスが貴族の礼をとった。ズボン姿なので、貴族女性としての礼ではなく、男性の礼である。まだ騎士というわけではないので、騎士の礼をとるわけにはいかない。

それに続いて、マイルがカーテシー。本当は、身体を低く沈めるのが目的であり、スカートを摘まむのはロングスカートが地面に触れるのを防ぐための付随動作に過ぎず、ロングスカートではないマイルにはその必要がないのであるが、アデルの時の癖で、ついスカートを摘まんでしまったのである。……その方が可愛く見えるので、問題はない。あまり脚を見せ過ぎさえしなければ。

レーナとポーリンは、平民らしく、普通に頭を下げるだけであった。

それを見た男爵家の面々は、かなり驚いた様子であった。

平民が貴族に対して、貴族の真似をした礼などするはずがない。それは、貴族に対する非礼行為である。なので、レーナやポーリンのように、平民としての礼をするのが当然であった。それを、貴族の礼、しかも慣れた様子で、ごく自然に行ったふたりと、それを止める様子もない、平民としての礼をする他のふたり。

それが何を意味しているかというと……。

そう、ハンターの中には、元貴族であった者、そして貴族のままで、親の跡を継ぐまでの間、短い自由を満喫するため、あるいは自分を鍛えるために一時的にハンターとなる者も決して少なくはない。

また、次男以下の、跡取りではない者においては、官吏や騎士等のお堅い仕事が性に合わない者がハンターになることもないわけではない。……それが女性というのは、さすがに少し珍しいが。

ただ、驚き、気にはなっても、ハンターの経歴を詮索するのは御法度だということくらい男爵も承知しているため、それを尋ねられることはない。

「あ、ああ、歓迎する。我が娘、リートリアのために尽力してくれ、そしてオーラ家が商人如きに舐められて恥を掻かされるのを防いでくれたこと、感謝する。さ、席に着いて、ゆっくりと楽しんでくれ」

驚きを押し隠し、そう言ってマイル達に着席を促すオーラ男爵。

そして驚いたことに、夫人と子供達が、座ったままとはいえ軽く頭を下げた。

いくら下級貴族である男爵家とはいえ、そして使用人以外の者の目がないとはいえ、その家人が平民に頭を下げるなど、普通はあり得ない。それは、そのリートリアという少女が余程家族に愛されているということなのであろう。

……メーヴィスとマイルが貴族の出では、と思ったのも、その一因ではあるだろうが。

料理は、美味しかった。

いくら貴族とは言っても、男爵家程度では、そう毎日が食べきれない程の御馳走尽くし、というわけではない。王族や上級貴族ではないのだから。それに、美食、飽食の限りを尽くしていれば、ぶくぶく太ってしまい戦時に兵を率いることができなくなるし、長生きできない。

しかし今日は、新たに食材を購入する時間はなかったであろうが、食材庫の中の物を惜しげもなく使ったらしく、中々の料理が並んでいた。それを、何とかお上品に振る舞うよう意識しながらもがっつく、レーナとポーリン。

マイルは、前世でのマナーと、今世での母親が亡くなるまでに身に付けたマナーとで、粛々と食事を進めていた。異常なまでの速さで。

「はは……」

そして、唯一、普通の貴族らしいマナーと速度でオーラ家の人々と会話をしつつ食事をするメーヴィス。

「ほほう、では、メーヴィス殿には3人の兄上がおられ、姉妹はおられない、と?」

「あ、はい、その通りです」

そして男爵は、他の3人が食事に夢中である間に、一番攻めやすいメーヴィスから情報を収集していた。

いや、マイルも、食べ物を次々と平らげながらもそれには気付いていたが、あえて放置していたのである。別に隠す必要もないし、出身国も家名も名乗らなければ、メーヴィスやマイルが貴族の子女であることが知られても、どうということはない。

これが他のハンターとかごろつきとかが相手ならばそんな情報は漏らさないが、貴族で、しかも恩義を感じてくれている相手ならば、他国の貴族相手に馬鹿な真似はすまい。そもそも、知られたくないなら、最初から貴族の礼などしていない。

そして、マイルがメーヴィスと共に貴族であるという素性を隠さなかったのは、理由があった。

そう、病に伏せっているリートリアという少女の容態を確認し、場合によっては手を出そうとしているマイルには、男爵に自分達を信用させる必要があったのである。

でないと、どこの貴族家当主が、初対面の若き平民の少女に大事な娘の身体を任せてくれるというのか。

ある程度食べて、ようやく人心地がついたメーヴィス以外の3人は、やっと男爵達との会話に参加した。

他国からやってきたこと等、大まかなことは既にメーヴィスが話していたので、新米ハンターとしてのエピソードのうち、貴族の子女に受けそうなネタを脚色して話した後、食事のお礼にと、マイル達は例の古竜達の動向について男爵に話した。どうせすぐにギルドや王宮から広まる話である。勿論、当事者としてではなく、伝聞として話している。

話の合間に、マイルもしっかりと男爵の誘導により、ひとり娘であることを聞き出されていた。

そしていよいよ、本題である。

「あの、お薬が必要なお嬢様は……」

遂に、マイルが切り出した。

「ああ、リートリアは自室のベッドで食事を摂るのだ。

ひとりきりで食事をさせるのは可哀想なので、私達とは時間をずらして、リートリアが食事をする時には私達もリートリアの部屋で一緒にお菓子と紅茶で付き合うことにしておる。リートリアは少食だし、私達とは食べる物が違うし、さすがに全員があそこで本格的な食事をするわけにも行かないのでな……」

男爵の視線が 俯(うつむ) き気味にやや下がり、父親としての苦悩が表情に表れていた。

そして、そこにマイルの能天気な言葉が掛けられた。

「それ、私達もお邪魔していいですか?」

「「「「え?」」」」

男爵一家はきょとんとした顔をしていたが、その時、控えていた執事のバンダインがわざとらしい咳払いをした。

ベテラン執事のバンダインは、意味もなくそんなことをする男ではない。男爵がバンダインの方に目を遣ると、バンダインは大きく頷いた。

あのバンダインが、申し出を受けろ、と言っている。

そう悟った男爵は、自分の執事を信じることにした。

「よかろう。他国の者から見て、リートリアの病気について何か気付くこともあるかも知れん。是非、同席して戴こう」

そして1時間後。

オーラ家の末っ子、リートリアの部屋に集まった、家族と『赤き誓い』の合計9名。

リートリアは、13~14歳くらいの、線の細い、儚げな美少女であった。

貴族は伴侶に美男美女を選びたがるし、美しい平民を他の貴族家の養女にしてから 娶(めと) ったり、 側妻(そばめ) に産ませた子を跡取りにする場合もあったりするので、貴族家に美男美女が多いのは当たり前であった。そう、トップブリーダーの仕業である。

ベッドから身体を起こしたリートリアの前には、決して多いとは言えない食事が用意されていた。それですら、リートリアにとっては到底食べきれない量なのである。それに、今日は既に生薬をすり潰して作った薬をカップ1杯分飲んでおり、この食事の多くは食べ残される運命が確定していた。

そして他の者達の前には、焼き菓子と紅茶のカップ、そしてティーポットが置かれていた。

マイル達のことは、リートリアには事前にバンダインから伝えてある。

「この度は、私の為に、色々とありがとうございました」

そう礼を言うリートリアに、大したことじゃない、とポーリンが手と首を振った後、商会主との遣り取りを面白おかしく話して聞かせるマイル。

邸から出ることもなく、家族と使用人以外の者とは話すこともなく退屈していたリートリアの久し振りの笑い声に、男爵夫妻、そして兄や姉達も嬉しそうであった。

(バンダインの言う通りにして、良かった……)

そう思う男爵であったが、それはまだ少々尚早であった。

「男爵様、お願いがあります。今から、無礼講としては戴けませんか?」

「無礼講? 何だね、それは?」

マイルの突然の頼みに、その意味が分からず首を捻る男爵であった。

無礼講。

まるで、無礼を働いても構わない、というような字感であるが、勿論、そんなことはない。

礼講、つまり「儀礼を重んじた、出席者の序列その他により色々な細かい規則や作法に縛られた宴席」が終わった後、「今度は、みんなで身分の差や儀礼はあまり気にせず、楽しく宴会をやろう」ということで開かれたのが、無礼講である。つまり、「無礼しても構わない」のではなく、「礼講の細かいルールは無しで楽しもう」という意味である。

たまに、勘違いした新入社員がやらかして、課長に絡んだり部長の禿げ頭をぺしぺし叩いたりして大変なことになるが、それは自業自得である。

今回は宴会というわけではないので「無礼講」という言葉は少しそぐわないが、他に良い言葉が浮かばなかったので、仕方ない。

しかし、そもそも「無礼講」という言葉が男爵には、いや、この世界の者には通じなかったので、何の意味も無かったのであるが……。

結局、マイルは「失礼な言動をしても勘弁して下さい、という意味です」と、日本での本当の意味とは違う適当な説明をする羽目となったが、男爵はそれを快く了承してくれた。

そしてマイルは、行動に出た。

「ちょっと、それ、味見してもいいですか?」

そう言ってマイルが指差したのは、食べる速度が遅いためにまだ大半が残っている、リートリアの食事であった。